AZハンマー
ハヤシダノリカズ
ランタンの灯りの中で
「ヒトと犬と熊を二つのグループに分けるとしたら、どう分ける?」
ランタンの中で一つの小さな炎が灯っている。そんな薄暗い部屋の中でしわがれた声がそう言った。
「どういう事だよ、ブブ爺」
もう一つの若い声が聞き返す。
「例えばだな、毛皮を持っている犬と熊を一つのグループ、毛皮を持たないヒトをもう一つのグループという具合に、だ」
ブブ爺と呼ばれた声はそれに答える。大小の毛皮が貼り付けられたその部屋の壁はドーム型の形状をしており、その小さな空間に座している人影は二つ。一つは長い髭を蓄えた小さく丸い影。もう一つはまだまだ華奢な少年の体躯の影。間にランタンを置いて座っているその二人はゆらめく小さな炎の灯りで壁の毛皮に蠢く闇を投じている。
「ああ、そういうことか。それなら、言葉や知性を持っているヒトと、持たない犬と熊だな」
若い声は溌溂とそう言った。
「うむ。それも一つの分類だな。しかし、犬や熊に言葉がないとは言いきれない。彼らの言語を我々が理解出来ないだけという可能性もある。そして、ヒトに高い知性があるというのも疑わしい。」
ブブ爺は目尻の皺をより深くさせながらそう言う。
「ヒトは知性のある生き物だろう?」
「そうだな。人は弱さ故に工夫を凝らし生きている。工夫とは知性であろうな。だが、その工夫を生きる為の強さにのみ活かすのではなく、ヒトは愚かな所業にまで発展させてしまう。ヒトが知性ある生き物であるとは言い難いものよ」
「そんなものかな」
ブブ爺のゆったりとした穏やかな言葉に若い声はそう呟いた。
その時、外から犬の鳴き声と、人の声が聞こえて来た。
「おーい、ブブ爺。いるかー?」
その声の主は返事を待たずに入口の毛皮をめくり部屋の中に入って来た。
「おぉ、いたいた。久しぶりだな、ブブ爺。邪魔するよ」
鈍く弱い白い光が外から一瞬だけ部屋の中を照らし、その大柄な人影は身をかがめながら進み、二人の間にドカリと腰を下ろす。
ブブ爺の髭が僅かに動く。細めた目は突然の来客を喜んでいるようだ。
「よく来たな。街から歩いて来たのか?」
「いや、近くまではソリに乗せてもらったよ。ちょうど狩りに向かうっていう男がいたんでな。ベンって言ったかな」
「そうか。ベンか。今度会ったらワシからも礼を言っておこう」
「おっと、すまない。はじめまして。オレはジョージ、ブブ爺の友達だ」
挨拶を交わす二人を交互に見ている少年に気が付いて男は言う。
「僕はカイ。ブブ爺の孫だ。ようこそ、ジョージ。歓迎するよ」
カイと名乗った少年はそう言うと、光るような白い歯を見せて笑顔を作った。
「ありがとな!」
ジョージはそう言いながらカイの肩をパンと軽く叩く。
「相変わらず、ブブ爺の作るイグルーはいいな。大きさといい、カタチといい、とてもいい。美しく、機能性が高い」
ジョージはイヌイット特有の文化である切り出した雪のブロックで拵えられたイグルーの、ブブ爺によるその出来栄えを褒めた。ぐるりと室内を見回しながら。
「そうかね。ワシはただ、祖父や父から教わった通りに作っているだけさ。褒められるのは悪くないが、褒められる根拠がワシの中には薄い」
「そうかい?ま、オレは思った事をそのまま言っただけさ。そして、ブブ爺のその技術はカイに受け継がれていくんだろ? それも、なんか、いいな」
ジョージはカイの方に目をやりながら言う。
「まあ、一通りは覚えたけどね。でも、どうだろね。こういう生活は絶えていくような気もする」
と、カイはジョージにそう応える。
「そういうものなのか? 昔ながらのイヌイットの暮らしを続ける人はどんどん減っているのかい?」
「そうだね。減っているね。僕もイヌイットらしい生き方をこれからしていくのかどうかは分からない」
「そうか。でも、こうやって今ブブ爺の所にいるって事は嫌いじゃないんだろ?イヌイットらしい暮らしってヤツも」
「ブブ爺の所に来るのはブブ爺と話すのが面白いからだよ。イヌイットらしい暮らしは別に嫌いじゃないけど、町の暮らしや学校で習う世界にも興味がある」
「なるほどな。カイの【面白い】はこのイグルーの中にも、町の中にも学校の中にも同じくらいあるって事か」
「うん。あ、そうだ。ヒトと犬と熊。これらを二つのグループに分けるなら、ジョージはどう分ける?」
無邪気に、いたずらっぽく、カイはジョージに問いかけた。
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