トラとシノの戦国ものかたり外伝(備中高松城攻め前日奇譚 蕨餅好きの女幽霊と優しき男達)

野松 彦秋

第1話 美しき女武者(気がつけば幽霊)

時は、加藤虎之助とシノの祝言より1年溯さかのぼる。




1575年6月、備中の国(現在の岡山県)にて戦国大名になった一族が滅びようとしていた。




三村一族上野隆徳うえのたかのりの居城常山城つねやまじょうが落城を目の前にして、家族での最期の宴うたげが行われていた。


食事が終わると、女、子供と次々と自刃じしんする中、隆徳の正妻鶴姫つるひめだけは、自刃を潔しとせず、甲冑を纏まとい、毛利家と最期の一戦をしようとしていた。隆徳の家臣の老臣一人が、鶴姫を諫いましめる。


『女性が戦に出ては、成仏できなくなりますぞ。唯、静かに潔く自害して下され!!』


『潔く、何が潔く良くじゃ、最期の最期まで、足掻あがくのが、武士もののふぞ、お主ら男がだらしないから、我が往いくのだ。』と鶴姫が言う。


鶴姫の父、三村家親は、男女区別なく教育する父親であった為、鶴姫は幼少の頃より、武芸、馬、弓、薙刀と、厳しく教えられて育った。鶴姫の武芸は、男顔負けの実力だった。父、家親も鶴姫の武芸、又その聡明さに、もし鶴姫が男の子であったらと後悔する程であったのである。




老臣の『成仏できなくなりますぞ。』という脅しに、答える様に鶴姫は続ける。


『この戦場を、西方浄土として、修羅の苦しみも極楽浄土の営みだと思えば、何苦しい事はあろうか・・・フフッ』と笑って言い、長い髪を後ろに結んで、部屋を出ようとした。長い髪を結んだ、鶴姫の女武者のいで立ちは、凛々しくそして美しかった。




鶴姫が部屋を出ようとすると、『鶴姫様、私達も御供致します。』と侍女頭及びその他33名の侍女達が薙刀を持って付き従おうとしていた。


そんな、彼女らをみて、鶴姫は慌てて諫めた。


『死ぬのは、私一人で良い、お前たちは、此処で大人しくしておれ、いくら、毛利家と言えど、武家の侍女達にまでは手は出すまい。』


『私の為だと思い、どうか私のいう事を聞いてくれ、諫めてくれ。お前らも聞いただろ、成仏できんのだぞ』と悲痛な声で女中頭へ引くように願ったのである。


しかし、女中頭及び女中達は口を揃えて、『鶴姫様に御供致します。』と不退転の意思を告げるのであった。


そのやり取りを聞いていた、部屋近くにいた男の兵達も、『鶴姫、独りでは行かせません。』と死を覚悟で鶴姫に付き従う事を誓ったのである。




『大馬鹿どもが・・・命を粗末にしおって・・・』と、頬を涙で濡らした鶴姫は、その者達と共に毛利家に突撃したのである。




敵軍毛利軍の大将は、名将小早川隆景こばやかわ たかかげの懐刀ふところがたなと言われた乃美宗勝のみむねかつであったが、突然女性兵が混じった一隊の突撃を受け、毛利軍は動揺した。


状況を把握するまで、毛利軍も流石に女性兵には手が出せず、混乱したのである。


その中で、槍を持った女武者が美しい髪振り乱しながらを味方の兵を倒しながら、大将と一騎打ちがしたいと大きな声で提案してきたのである。


『我が名は、鶴姫、三村家親いえちかの娘である。三村家の最期の生き残りとして、最期に貴軍の大将と一戦させて頂きたい、どうか我が最期の願い、聞いて頂きたい!!』




(あれが、上野隆徳殿の正妻、鶴姫殿か、勇ましく、そして美しい見事な女武者である・・・だが・・・受ける事はできんな。勝っても負けても毛利軍の評判にキズがつく・・・。)




『鶴姫殿、我が名は乃美宗勝である、其方の願い、聞いてやりたいが、ワシは女性とは戦えん、悪いが引いてくれ、引かねば、女性と言えど、我が兵が槍を向けなければならない。・・・』




睨みあっていると、侍女の一人が、勇んで薙刀で切りかかってしまった。切りかかられた毛利兵も、自分を守るために槍を突き、気がつくと切りかかっていた侍女は、刺され床に倒れ伏したのである。彼女の死で、現場の空気が混乱に変わり、一人、又一人と、鶴姫の隊の者が倒れていく。




自分を慕い、着いて来てくれた女中達、男兵達が次々と倒れていく様を見て、鶴姫は自分の軽はずみな行動で、彼女らの運命を変えてしまったのだという罪悪感と、現実に鶴姫は打ちのめされた。




死に場所を失った鶴姫は、自分の最後の願いが叶わない事を悟り、独り一族の者が自刃した部屋へ戻り、自刃した。一足遅れて、一族の後を追おうとしたのであるが・・・。




世にいう、備中兵乱は彼女の死を持って終了したのである。




気がつくと、鶴姫は外を歩いていた。


(ここは、何処だ、私は死んだ筈では・・・・)と、咄嗟とっさに自分の身に着けているモノを見ると、着ていた甲冑は無くなり、何時も城中で着ていた着物を着ている事に気がついた。




自分の状況を理解できず彼女は彷徨っていたのである。ふと後ろが気になり、振り向くとそこには自分が住んでいた常山城から白い煙が上がっていたのである。

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