第22話:クッキー大作戦!
【スヤスヤ村】に到着した。
村にはしんしんと雪が降っており、音は雪に吸い込まれ村は静かだ。
屋根の色は柔らかいパステルな色合いで雪の白と優しいコントラストを生んでいる。
どことなく村全体のんびりしていて、スヤスヤ村はのどかな雰囲気の村だった。
「そういやお兄さんは留守番か。嬢ちゃんが来たってことは 」
「うん。置いてきた」
「ヨガとるドラゴンと火山で二人きりか。絶妙に居にくいな」
タイムは気まずさを感じないんだろうか。
「あいつのああいう無神経でとんじゃかないところ尊敬します」
「良い意味で鈍感よね兄さん。ストレス少ないだろうし対人関係にも悩みなさそう。周りの人たちのストレスは知らんけど」
言いたい放題だった。
「すみません。スカピー火山に棲むドラゴンに呪いをかけた呪い師ってご存知ですか」
道行く村の人に聞いてみる。
「呪いって、ヨガの呪い?」
「はい」
「じゃあ“バジル婆さん”だね。村一番の健康オタクの呪い師さ。あの人ならそこの占い館にひとり暮しだよ」
パステルな屋根の中に一つだけダーク色な屋根を見つけた。
「……なんの用だね」
ビロードの奥から険しい表情の老婆が出てきた。
「あなたが呪い師のバジルさん?」
「んだ。そんでなんの用?」
「スカピー火山のドラゴンにヨガの呪いをかけたのは覚えてる?」
「物忘れするような不具合は起きてねぇな。間違いねぇ。アレをかけたのは私だよ」
「あいつの逆鱗が必要なんだ。私たち今流行ってる奇病の特効薬をつくるために各地で材料を集めてて……」
経緯を説明する。
「呪いがかかってると逆鱗が外せないらしい。そうすると私たちも材料が手に入らなくて困るんだ。どうか呪いを解除してもらえないだろうか」
「あのドラゴンが何をしたか知っとるか」
「若気の至りで村の財宝諸々盗んだんだろ」
「そうさ。スヤスヤ村の財宝をたんと盗んだ……悪事を働いてくれた」
顔をしかめるバジル婆さん。
「私の大切にしてた金のカメムシのオブジェも盗まれた」
「(金のカメムシってそれもう黄金虫じゃないか)」
「(黄金虫も緑色ですよ)」
ドラゴンの犯した罪よりカメムシのくだりが気になってしまう。
「とにかく駄目」
「ダメでした」
「ガーン」
ショックを受けるドラゴン。ブリッジをしていた。
「何しに行ったんだよお前ら!」
「まあまあ兄さん落ち着いて。ほら、お土産。藁人形」
「いらねーッ!!」
「婆さん激おこだったぞ。そもそも何故そんなことしたんだ。よく考えたらなんだよ若気の至りって。ヤンチャで許される文化嫌いなんだよ私」
「待て! ちゃんと盗んだのには理由があるんじゃ」
ドラゴンは冷たい目を向けるダミ子たちに赦しを請うように理由を述べた。
「スカピー火山にはよく度胸試しで来る連中がいるんじゃ。だが毎回ワシが勝ってしまって、落ち込む彼らが可哀想ではないか。だから参加賞をあげたかったんじゃ!」
盗まれた人たちは可哀想じゃないのかというもっともらしいツッコミは野暮なので入れないとして。
「反省はしていると?」
「うん」
「でもどうするんです。とりあえずバジルさんのカメムシオブジェだけでも返してもらいますか」
「カメムシ?」
きょとんと間抜けな顔でドラゴンが復唱する。
「あーあれ前に来た挑戦者の参加賞にあげちゃった。一番いらなかったから」
グギギギギギッ!!
天誅と云わんばかりヨガの難易度が急速に上がった。
「ギャース!! このままでは整ってしまうーッ!」
「整え」
「致命的ですね。既に返せない財宝もあるということか……」
「並の謝罪じゃ済まんぞ。わかってるか私らにも迷惑かかってんだぞ。詰んだらどうするんだおい」
「ごめんなさい~ッ!」
「ねぇ。それなんだけど」
ダミ子たちの話を聞いていたオレガノが挙手するように手を挙げた。
「私いい考え思いついちゃった」
「何を思いついたんだ?」
「怒りを私すっごい怒ったとき不意にくるプレゼントとか貰えると許せちゃうのよね。くっそ気分悪いときに予期してない喜びが起きるとそっちに気が向き怒りが引っ込む場合があるの」
『???』
突然のちぐはぐな内容にその場にいる全員が首を傾げる。
「何を言ってるんだオレガノ?」
兄のタイムでも趣旨がわからなかったらしい。
「だーかーら、怒りを沈めるには喜ぶことが一番って話。村の人もお婆ちゃんも大切なもの奪われて怒ってる。でも返すことは不可能。ならもう怒りを上回る喜びでカバーするしかないっしょ。もう許してもいいや~ってくらい嬉しみ溢れるものをプレゼントするの」
「なるほど。盗んだものを返すだけが謝罪だけではないということか」
これは盲点だった。
自分だったら絶対思いつかない方法だった。
正反対の気質のオレガノがいてくれて助かった。
「しかし喜ぶものか……やはり高価なもの、宝石とか?」
「金貨や質の高い武具もいいですね」
「それコイツが盗んだやつじゃないか!」
「てへ」
「甘いわね。プレゼントは内容がすべてじゃないのよ」
オレガノは不敵に笑う。
「大事なのはシチュエーション。どうやって渡すか、よ。つまり、インパクト!」
『インパクト?』
「つまりサプライズ! あっと驚くような演出で心踊るプレゼントを村の人たちに配るのよ!」
だからね……
ここからはオレガノの独壇場だった。
彼女のアイデアを主軸に一同はサプライズ作戦について数時間話し合い、
「これでいくか」
作戦が決定した。
ダミ子、マース、オレガノ、タイムの四人はエプロンを装着していた。
火山の頂上は即席キッチンと化していた。
『クッキー大噴出作戦~アレを見ろ! 空からクッキーが降ってきた!!~』
我々は今からこれを実行する。
経緯はシンプル。
村人全員に配るにはコスパ良く大量生産できるもの。これはダミ子の意見だった。普段の発明もこれをモットーにしている。
大量生産するなら菓子類がベスト。特にクッキーやドーナツなどの焼き菓子や揚げ菓子類は材料さえ揃えば大量生産がしやすい。
問題はインパクト。クッキーを配ったところで村人たちがすこぶる喜ぶとは限らない。
そこで目をつけたのが火山だった。
この地の利を使ってクッキーを最高のサプライズにする。
これに関してドラゴンに協力を頼むと快く引き受けてくれた。
「君たちも、手伝ってくれるんだな」
当然のように作戦に参加しているタイムとオレガノにダミ子は温かい目をやる。
「まーね。お菓子作り大好きだし」
「君も、あれほど嫌がってたのに。偉いじゃないか」
「フン」タイムは偉そうに腕を組み、
「ここで何もしなければお前たちに手柄も逆鱗も奪われそうだからな」
「タイム……僕が見ない間に成長したな」
「偉いわ兄さん」
「俺お前らの子供!? それに勘違いするなよ!」
ズビシ! 指をさす。
「誠に遺憾であるが俺は嫌々手伝ってやるんだ。嫌々、手伝ってやるのだ!」
必要なことなので二回言った。
「はいはいわかってるよ」
なんか時代を感じるキャラだなこの人。懐かしいノリが心地好い。
「……それでどうする。道具があっても肝心の材料がない」
律儀に三角巾をかぶるタイムが聞く。
大きめの平らな岩石の上には計量器とボウル、まな板にめん棒。調理器具がズラリ。
問題は菓子の材料。クッキーに使う小麦粉や卵などがここにはない。
「あーそれね。試しにスヤスヤ村住民全員分のクッキーの量を計算してみたんだけど」
ちなみにスヤスヤ村の住民は全員でちょうど500人。
全員分のクッキーに必要な材料を計算すると、
「一人分の量×500で、小麦粉15000㌘、バター7500㌘、砂糖2500㌘、牛乳2500㌘」
「「「多!」」」
グラムがキロ単位に換算可能!
「ふざけてるのか!? そんなに貯蓄のある店があるわけないだろ!?」
タイムの憤りにダミ子は待ってたとばかりに得意気に答えた。
「ところがどっこい。店だけとは限らないんだな。強力なスケットを思いだした」
「は? スケット?」
「君たちも前に会ったじゃないか“彼”に」
貯蓄と聞いて思い出す存在。
脳裏に過るのはのんびり走る軽トラ。
「おまたせ~」
「わざわざすまない村長」
大型トラックに乗って頂上までやってきたのはナマケモノの町のミユビ村長だった。
ダミ子は貯蓄と聞いて真っ先にナマケモノの町を思い浮かべた。
あそこなら小麦粉や卵などストックをもて余してるはず。オレガノの魔法通信機を借り村長宅の無線に連絡してみると、
「いいよ~。たくさんあるから持ってくぞーい」
数日待たされ村長はスカピー火山に無事到着した。
「大きくなったのダメ子さん」
「ダミ子だ。そんな短期間で成長してたまるか。こちとら成人だ」
「お久しぶりです村長さん! 町の皆さんはお元気ですか?」
「元気元気。皆お主らに感謝しとるよ。今日はたんと使っとくれ。んん? おや、そこの二人は……」
「「ギク」」
目線から逃れるようにタイムとオレガノは目をそらし汗を浮かべる。
「垢をとるとせっかく整った爪を魔法で伸び伸びにしたお二人でないか」
「何やってんのあんたら」
「だってしょうがないじゃない!」
オレガノが抗議する。
「ちょうどメガ子たちが垢とった後だったから! 私の魔法で爪の成長を促進させたの」
「ほれ」
ジャキーンッ!!
長老の爪は武器のように尖っていた。
「成長しすぎだろ!」
「オレガノの得意魔法は《促進》だ。再生と違い時間を早送りすることで傷の修復もできる」
「ほお~お嬢ちゃんすごいのぉ」
「(照れ)」
タイムの説明に感心する村長の爪を研いでやる。
「この二人とはライバルなんだけど、わけあって共同戦線、今は楽しくクッキーを作る運命共同体だ」
「ふむ。仲良きことは良いことじゃな」
朗らかに笑う村長はさして気にもとめてなく、怒りの感情はなかった。
その態度に毒気を抜かれたタイムとオレガノは気不味そうに口をもごもごさせ頭を下げた。
「すまなかった。急いでるといえ、失礼なことをした」
「ごめんなさい」
「いいよ~。村の連中もネイルアート文化に目覚めて楽しんでるから」
なんてポジティブ。素敵な生きものナマケモノ!
「完成したら村長もクッキー食べてってよ。運転のお供と町へのお裾分け用にお土産も渡したいし。かなり時間かかるけど」
「待つのは得意じゃ。いくらでも待つぞー」
よろしこ、とドラゴンに挨拶する長老。
「む、むう」ドラゴンもヨガ体制で挨拶を返す。
「ユニークな体勢ですな」
ヨガのポージングを真似するナマケモノ。頂上の一角でほのぼの老人会。
「じゃ、つくるぞ」
ダミ子が号令をかけると、
「あーその前にいいか」
村長とヨガをとるドラゴンが声をかけた。
「話してないことがあった。逆鱗のことなんだが」
材料をかきまぜ生地をこね、型を抜き、天板に並べ、息も絶え絶え、半日かけて四人は500人分のクッキーを焼く手前まで進めた。
あとは天板にのる生地を焼くだけ。いよいよ仕上げ段階だ。
ここが一番の正念場。
『クッキー大噴出作戦~アレを見ろ! 空からクッキーが降ってきた!!~』の骨格となる。
「頼んだぞ」
「ああ、まかせろ」
仕上げの作業を担うドラゴンが首肯いた。
「危ないから全員スヤスヤ村で待っててくれ」
一向は上空からスヤスヤ村に降りた。
トラックを村の隅に駐車させた長老と落ち合うと同時に、火山が噴火した。
腹の底に響くような轟音をたて火山のてっぺんから炎と同時に何かが噴き出た。
火山弾ではなく、クッキーだ。
噴火した火山の口から大量のクッキーがスヤスヤ村に降り注いだ。
「クッキーだ!」
「空から大量のクッキーが降ってきた!」
「スゲーっ! なんだコレ!?」
「これ食べられるの!?」
みるみる村人が外に出てくる。
空から降る焼き菓子に全員目を丸くしてる。
「スヤスヤ村のみなさーん。このクッキーはスカピー火山のドラゴンが皆さんと仲直り気持ちを込めたクッキーです! ぜひ食べてください! 品質安全は一緒につくった私たちが保証します!」
「なに、あのドラゴンが……?」
「本当に食べて大丈夫?」
「なにか入ってそう」
「ちょっと怖いかも……」
あらら、信用されてない。
「すごーい! おいしい!」
躊躇う村人と反対に、子供たちは大はしゃぎだった。
ぱくぱくとクッキーを頬張り花の咲いたような笑顔を見せる。
「このジャムクッキー美味しい。こっちのマーブル模様のクッキーもイケる!」
「あ、僕が作ったやつだ」マースはどこか照れた表情をした。
「このクッキーお花の形してる!
「こっちは星にウサギさん。 可愛い~」
女の子たちは可愛いデザインのクッキーに釘付けだ。
「私が作ったやつね。ふふん。見る目あるじゃない」
見た目の華やかさで心を掴もうとオレガノが作成した型抜きクッキーは子供たちに大ウケだった。
「お、俺の作ったクッキーは?」
一人だけ自分の制作したクッキーが見つからないタイムがキョロキョロ辺りを見渡していると、
「おい見ろよ! あの畑に降ったクッキーのおかげで作物がみるみる元気になってくぞ!!」
すこぶる農家っぽい人が叫ぶ。
炭のように焦げたクッキーがそこにいた。どんな原理かクッキーをかぶった作物はぐんぐん育ち生き生きとしていた。
「俺のクッキーッッ!?」
「もう限界だ! 俺も食べる!」
美味しそうにクッキーを食べる子供たちを見て村人の一人がクッキーをキャッチして口に放り込んだ。「ウマーい!!」
ごくり。
それを見た村人たちはついに甘い薫りを放つ焼き菓子に手を伸ばした。
「本当だ。うまいじゃないか!」
「甘~い。サクサクしてる~」
「なんだこのクッキーすごいもたれるぞ!?」
「よーしあのクッキーとるぞ。 ジャーンプ!」
村の人たちは大喜びだった。
どうやら作戦は上手くいったようだ。
ただ一人、険しい顔をして火山を見る人物を除いて。
「お前たちの仕業かい?」
「バジル婆さん」
「こんなことしたって私の意思は変わらないよ」
「まあそう言わずクッキー食べてくれよ。ドラゴンも悪気は……あったかもしれないけど、度胸試しに訪れた挑戦者たちに商品をあげたかったんだって。完全な私利私欲ではなかったんだよ」
「どんな理由述べたって盗みは盗みだ。罪ってのは帳消しにはできんね。このクッキーみたいに甘っちょろくないんだよ」
やはりこの人が手強い。
呪いをかけた張本人なだけある……と思いきや、
「……ん? これは」
呪いの館の隣にある畑に目をやる。
バジル婆さんの畑らしく、そこには《バジルのカボチャ》と土にさされたプラカードの側にカボチャが育てられてある。
カボチャの上には黒い焦げたものが被さっていた。
タイムのクッキーだ。
「これは……!」
カボチャがみるみる大きくなっていく!
見事な艶とハリを得たカボチャはとんでもなく良い作物へ成長した。
「おおお……」
その光景を前にバジル婆さんは震える。
「これは、火山灰よりも多くの栄養を兼ね備えた、伝説の焼き畑……!?」
「えっ」
クッキーですが。
「この焼き畑があれば、いつでも質の良い作物が育て放題じゃないか……むむむ、これを作ったのは!?」
「「こいつです」」
タイムを前に出す。
「???」
タイムは狼狽えている。
「来年分の焼き畑もここに持ってくると約束するなら呪いを解いてやろう」
「わかりました。来年もコイツに作らせます」
「のった」
「おい! 勝手に話を進めるな!」
「おい金髪の小僧!」
「えっ、あっ、はい!」
「あんたの肥料を作る才能は並じゃない。来年も頼んだよ。次から報酬は弾むから。期待しとる」
「いや、俺は誇り高きネムーニャの魔法使いで……」
「来年も頼むぞ!!」
「あっはい。来年も来ます頑張ります」
彼女の気迫に圧され思わず二つ返事してしまうタイム。彼の副業が決定した瞬間だった。
「真に不本意だが俺にそんな才能があったなんて……」
満更でもないのか、彼の目は心なしか輝いて見えた。
「世の中ってどうコトが運ぶかわかりませんね」
「焼き畑がMVPなんて前代未聞だぞ」
こうして最低なファインプレーは世界の平和に貢献した。
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