第13話:因縁《sideマース》

目を覚ますとそこは薄暗い小屋の中だった。

窓の向こうには鬱蒼と繁る濃い緑が見える。


「ここは……」


「《アクビの森》だよ。話の邪魔になるからお前だけ連れてきた」


目の前には元同僚が腕を組んでこちらを見ていた。


「タイム」

「情けないな。あんなヘマを見せる奴じゃなかった」


自分の手足には縄が幾重にも巻かれている。拘束されていた。


「お前は一人の時の方が強かった。ネムーニャにいた頃はそんな隙一切見せなかった」

「何のつもりだ。話? 僕を殺すつもりじゃないのか」


「殺さないよ」


しゃがみこみ目線を合わせる。


「裏切り者の抹殺が除外される場合がある。お前をネムーニャ皇帝に会わせる」

「は……?」


「皇帝の前でこれまでの非礼を詫び誓え。グゥスカ王国と手を切りネムーニャ帝国の戦力として再び生きると。国のために命を捧げると」


「今さら国を裏切った僕がネムーニャに戻って何になるんだ」



真っ直ぐ覗き込まれる赤い瞳にこちらも強い眼差しで睨み返す。



「第一、ネムーニャは国に叛いた裏切り者を徹底的に排除する国だろう」


「皇帝もお前が心を入れ替え今後一切の裏切り行為をなくせば配下につくことを考慮してくださる」


「だから何故僕をネムーニャに戻すことに固執する、」


「お前は自分が優秀だったことを自覚しろ」

「っ、」

マースの襟元を掴みタイムは言う。


「ネムーニャ側もなんだかんだお前が怖いんだ。グゥスカ側につくお前が敵陣営に介入すること、“ネムーニャ最大の戦力”が敵対戦力になることを畏怖してる。処分するくらいなら味方として率いれたい考えさ」


「!」

「自覚なしか? 学院の頃からそうやって涼しい顔で周りを凌駕していたな」


まったく! 気に入らない。

吐き捨てるように言う癖に、彼の口元は僅かに上がっていた。


「……」

「今なら俺が戻りやすいよう口添えしてやる。ネムーニャに戻れマース」

「戻らない」

「なぜ」


マースはタイムの目を見つめ言う。


彼はネムーニャ帝国の人間として忠実に生きている。彼の生き方は正しい。

はみ出したのは自分だ。


だからこそ。


今の自分の気持ちを、真剣に。


誠実に。


「タイム。ネムーニャは……あの国は“正しくない”。あの国に戻る気は僕には起きない。それに、国の為よりも大切なものがあると知ったんだ」


「あの白衣の女か」

「!」

「あいつはお前の恋人か?」

「っ違う! ダミ子さんはそんなんじゃなくて」

狼狽えるマースの反応にタイムはため息を溢す。

「不憫なヤツ」

「それは、お前に決められたくない」


身体を拘束されても強気な元同期にタイムはフン、と笑う。


「じゃああの女も殺そう。国の主戦力を心変わりさせた大罪人だ」


「! お前……!」

「違うか? お前のやっていることはそういうことだぞマース」


底意地悪げに笑みを浮かべ、


「でもそうだなぁ。それもマース次第かな? 素直に戻れば女の方は手足を切り落とし無抵抗状態で生かしておくくらいお許しが……よし! それも俺が口添えしてやろう」


「必要ない。何度言えど僕はネムーニャには戻らない」


「! お前の裏切りは国をも動かす! お前のせいでダミ子とかいう女にも危機が及ぶんだぞ!?」



「彼女にまで危険が及ぶなら、僕がダミ子さんをずっと守ればいい」



腕に力を込める。


縛っていた縄が次々と切れた。


「なッ!? お前……わざと……!!」


脚の縄も同じように外しマースはタイムの前に立つ。


「居場所も大切なものも、自分で決めて自分で守る。ただそれだけのことだよ」



片手には胡椒瓶。


試作品としてダミ子から貰ったものだ。



「すまんタイム。良い夢見ろよ」



「マース貴様ぁあああああ!! …………ぐぅ」


タイムは秒で眠りの世界へ導かれた。



【ネムクナールDX】。

ネムクナール(通常版)を改良してダミ子が製作したもの。

瞬時に眠ると同時に良い夢(個人差あり)が見られる優れもの(個人差による)。



「さてと、帰るか」


自由になった身体で歩き回り小屋の隅に立て掛けてあったクワを掴む。

「これでいいか。タイムの箒奪うのも可哀想だし。それにオレガノが気の毒だ」


魔法使いは基本箒でしか空を飛べない。

ところがマースは箒以外の道具でも飛ぶことができた。飛行の授業で魔法学院の教師たちの度肝を抜いた。


「その時も突っかかってきたっけタイムは」


間抜けな寝顔で眠る元同僚の顔を見て、懐かしい思い出が脳裏を過った。



『お前は自分が優秀だったことに感謝した方がいい』


『ネムーニャ最大の戦力が敵対戦力になることを恐れてる』



「……別に、そういう風に思ってほしいんじゃないのになぁ」


少しだけ寂しい笑みを浮かべ、マースは森の小屋を飛び立った。



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