第27話 御前試合二日前(悔し涙)

虎之助達一行が、美濃へ着いたのが、御前試合の二日前であった。




岐阜城の城下町で宿を取った一行は、着いた日は宿で疲労回復に努める為、翌日も宿でのんびりする予定であった。


一行の中で、秀吉だけは美濃到着後、直ぐに到着の報告の為、岐阜城へ登城したのである。




帰ってきた秀吉が、御前試合を真槍で行う事が決定した事を一行に伝えた時は、既に夜だった。




信長の言葉は、生命の保証が出来ない為、命惜しくば、明日迄に御前試合不参加の意を報告すべし、不参加の場合、罪は問わぬが武士を辞め、別の道を選べという苛烈な下知であった。




秀吉は、信長の下知を受け、虎之助の意を確認せず、真槍での御前試合を承諾した。


御前試合は、虎之助の問題ではなく、羽柴家の面目に関わる問題だからである。




秀吉は、岐阜城から宿屋への帰路、信長が御前試合のルールを突然変更させた事、その背景について自分なりに思案していた。


(御前試合直前のルール変更、信長の性格を考えると有り得ない事では無いが、解せない・・・。)


(普段の信長であれば、同じ事をするとしても、一か月以上は考える猶予をくれる筈である。・・・)


(直前になって、逃げたとなれば、虎之助は織田家中一の笑い者になってしまう、このワシ自身も面目丸潰れだ・・。)


(やはり、アヤツが動いたか、・・・森長可が確実に虎之助を殺す為に、謀りおったな・・。)


(身分の低い虎之助とワシならば、どうにでもなると、虎之助いや、この羽柴秀吉を愚弄したな・・。)




秀吉は、半年前御前試合の話が来た時、対戦相手が森長可と聞いた時点で、このような状況になるのでは無いかと感じていた。




秀吉は、物事をする時に必ず最悪の事態を想定して手を打つ。拾に八つは取りこし苦労で終わるが、準備していて良かったなという事が世の中には多々ある事を経験で知っていた。それに備えたからこそ、出世できた、いや、生きて残ってこれたのである。


今回の件も森長可という名前を聞いた時、奴は100%虎之助を殺しに来ると確信していたのである。


(想定通り、最悪な状況になってしまった。後は、虎之助の生まれ持った運に賭けるしかない・・・)


(運とは、その者の生命力全てである、持って生まれた能力、努力して培ったモノ、人との出会いから形成されたモノ、その全てを持って引き寄せるモノが運である。虎之助、後はお前の運次第だ。・・・・トラ、捨て駒になるなよ。)思案を巡らす秀吉の目からは涙がこぼれていた。


宿屋に着く直前に、秀吉は頬を伝う涙を手ぬぐいで念入り拭いた後宿屋に入った。




御前試合のルール変更を、虎之助達に伝えた後、秀吉は他の者の部屋から離れた自室へ独り戻った。


その部屋へ、その後直ぐ秀長が訪れ、力任せに4度秀吉の顔を殴った。普段温和な優しい弟が、鬼の形相で3度殴った後、何も言わない兄の顔をみて、それでも許せず、もう一度殴った。秀長が秀吉を殴り終わった後、二人は共に声を殺して泣いたのである。


二人が流した涙は、悔し涙だった。


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