第26話 密談(信長にとっての御前試合)

虎之助と森長可の御前試合の日が、三日後に迫った岐阜城で、信長は懐かしそうに部屋に立てかけられた長槍を眺めていた。


その時代の槍の長さの主流は、12尺(約360㎝)であり、信長が眺めていた長槍は21尺(約630㎝)と1.5倍以上の長さである。




未だ尾張一国も統一できていなかった若き日の信長が、戦国の世を一瞬の煌きらめく光の様に照らした事が有る。


当時(1554年)信長は、尾張統一をかけて、尾張守護代(清州城城主)織田信友と対立をしていた。


信友と雌雄しゆうを決する安食の戦いに於いて、彼は主戦力として長槍部隊を用いて信友軍に圧勝したのである。


結果、信長は信友を追いやり、清州城を手に入れ実質尾張を統一したのであった。




当時、越前朝倉家の全盛期を築いた朝倉家重臣朝倉宗滴あさくら そうてきは、両者の争いの結果と、信長の革新的な戦術を聞いて、信長という若武者に興味を持った。宗滴そうてきは、自身の臨終の間際、「今すぐ死んでも言い残すことはない。でも、あと三年生き長らえたかった。別に命を惜しんでいるのではない。織田上総介の行く末を見たかったのだ」という言葉を残したという逸話が有名である。


彼は、戦国時代の誰よりも先に信長を評価していた。彼の先見の力を物語る逸話であるが、その信長が17年後、朝倉家を滅ぼす事は宗滴そうてきでも予見よけんできなかった。歴史の中には時に皮肉で残酷な話もある。




話は長槍に戻るが、長槍を作るには全長21尺以上の木材が必要になる。


21尺以上の長い木材の確保が難しく、大量生産が出来ない武器であった。


又、長く非常に重い為、一部の訓練した優秀な武将しか扱えなかったのである。


その為、若き信長は槍を扱える武将を探す為、自分の家来達を篩ふるいにかける為に御前試合を行ったのであった。


佐々成正、前田利家をはじめ、その後赤母衣衆あかほろしゅう、黒母衣衆くろほろしゅうと呼ばれた織田家精鋭部隊の武将の多くはその時の御前試合にて選抜されたのであった。




長槍を眺めながら、信長は独り感慨に耽ふけっていた。


時代は過ぎて、昨年嫡男信忠に家督を譲った信長は、この時織田軍の世代交代を強く意識する様になっていた。


信長から提案した御前試合の真意を、理解してくれている家来はもう何人残っているだろうかと、昔行った御前試合を知っている家来も多くの者が既にこの世にいない。43歳になった信長は、槍を観ながら、死んでいった家臣たちの顔を思い出しながら、槍に手を伸ばした。


(時代は変わった)と信長は自分に言い聞かせた。




『織田家が当時の何倍にも大きくなり、家来も多くなった。取り巻く環境も昔と大きく変化している。』


『御前試合の趣旨しゅしが変わる事も当然の事よ。』と信長は独り言を言い、手に取った長槍を元の場所へ戻した。




槍を戻し、自分の座っていた上座に戻ろうとしていると、『殿、森長可殿がお見えです。』と、小姓が慌てて部屋に報告に来た。


『急用か?・・・通せ!』


自分では呼んではいないが、森長可が来訪した用件が気になり、信長は長可と会う事にした。


長可が部屋に入ってきた。


『信長様、本日は御相談させて頂きたい件があり参りました。お時間を頂き、誠に有難うございます。』


『何用じゃ、申せ!!』平伏する長可に対し、信長は、面を上げ、用件を報告する様に言った。




『3日後に行われる、私と加藤虎之助との御前試合の件につきまして、提案させて頂きたい事がございます。』


『御前試合では、木槍もくやりではなく、真槍しんそうを用いて行う事を信長様から秀吉殿へ提案して頂きたいのですが・・』と長可が用件を伝えた。




『何故じゃ、何を考えておる、話せ!』と信長は、突然の長可の用件の真意がわからず、真意を聞いた。


『いえ、この長可、勝敗の見えてる御前試合で、相手を貶おとしめるだけが本意ではないのです・・・。』


『初陣も済ませて無い、若武者が、真槍しんそうでの勝負を受けただけで、虎之助という者の面子が保たれます。』


『当日、虎之助という者が、真槍での試合を覚悟し、御前試合に出てきたところで、信長様からその心意気を褒めて頂き、改めて木槍で勝負する事にすれば、勝敗に関わらず、相手の面目が立つという考えです。如何でしょうか?』




『・・・ウム、・・面白い。』と言い、信長はニヤリと笑った。


『その件、ワシからサルに言っておく。』


『もし、当日、相手が来て、ワシからの温情措置である木槍である戦いを拒み、真槍を選んだらどうする?』と信長が人の悪そうな顔で長可に聞いた。




『・・・・そんな馬鹿な男は、私に殺されても本望でしょう。お望みどおり、私の槍であの世に送ってやりますよ。・・冗談です。』と長可は、答える。


その顔は、信長の前での何時もの笑顔であった。




長可の答えを聞いて、信長は長可の真意を理解した。




『・・・面白い・・。』長可が退室した後、信長はもう一度同じ言葉を呟いた。

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