第21話 修業3(大きな的【まと】)

気が付くと、胤栄と才蔵が虎之助達と合流し2カ月が経過していた。




2カ月の間、主に才蔵が虎之助の修業パートナーを務めていた。才蔵はその年22歳になる若者であった。


才蔵は、既に雑兵としてとある戦で初陣を済ませており、その後別の戦にも参加し、いくつかの敵軍の兵士の首を取っていた。


但し、戦後の論功褒章時には、雑兵の取った首等、歯牙にもかけられない状況であり、才蔵の槍を評価する者などいなかったのである。




そんな才蔵が、最初虎之助の存在を毛嫌いしていたのは当然と言えば当然であった。


自分より、7つも年下の男が、親戚の武将に権威があるだけで、当然の様に武士としての階段を登ろうとしているのである。


生まれ持った躰の大きさだけが取り柄のその若者に、才蔵が持っていた世間の不合理に対する怒りをぶつければ、直ぐに苦しくなって修行を辞めるのではないか、否いな辞めさせてやると最初は思っていたのである。




初日から、才蔵は虎之助に木槍で千単位の攻撃を浴びせた。初日は、その攻撃のほとんどが虎之助にあたり、大きな的に自分の槍を当てていく練習の様に感じられ、その単調な練習がつまらなかった。練習の的まとになった男が次の日、もう一度木槍を握れるか、才蔵には関心が無かった。




二日目、三日目も、才蔵にとっての単調な練習は続き、才蔵の練習の目的は、単調な練習よりも、大きな的を壊す事に変わっていった。


大きな的まとは、壊れそうで壊れなかった。




1週間を過ぎる頃、大きな的は、少しずつ才蔵の攻撃の動きを読む様になり、10回に3回は攻撃を防ぐ様になっていった。


単調だった練習が、少し単調では無くなり、的の頑丈さも知ったので、才蔵は的を壊すべく、攻撃の精度を上げた。




3週間を過ぎる事、的は素早く動くようになり、その為かだんだん小さくなってきたように感じられた、才蔵の動きをも、度々読まれるようになった。才蔵の力を込めた攻撃が、10回のうち半分は防がれるようになり、才蔵は的まとを壊す練習から、的に当てる様に練習目的を変えた。そんな頃から、才蔵は的になっていた男を名前で呼ぶ様になっていた。




1ヶ月が過ぎる頃、的まとは予測不能に動き、才蔵の攻撃を高い確率で防ぎ、時には躱す、才蔵の研ぎ澄まされた攻撃を10回のうち7回を防ぐ様になり、才蔵は的だった男との練習が楽しくなっていった。才蔵の心の中に、どんどん良くなる的の動きを、成長を期待する気持ちが生まれてきていた




1ヶ月半が過ぎる頃には、才蔵は、的の動きの悪いところを指摘し、改善されれば、それを褒め、応援するようになっていた。虎之助が、親戚の権威だけを借りて武士の階段を上る男ではない事が才蔵にも理解できたのである。






才蔵の心を徐々に変えていくほど、虎之助は約2ヶ月の間、自分の心と、槍術に向き合っていたのである。




『そろそろ、頃合いじゃ、攻撃の修行を始める。よく頑張られた!』と胤栄が虎之助に伝えたのは、そんな頃だった。

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