第8話二人の距離(概念を変えた人)
10月になり気候は、秋の気配が漂い初めていた。
虎之助は、毎日の日課である、長槍の朝稽古をしていた。秀吉の小姓である虎之助の一日の始まりは早い。
朝4時に、妻シノが必ず起こしてくれるのだが、夏から秋へと移行するこの時期、身体に夏の記憶が残っているせいか、体感的に寒さが応える。
祝言が行われて、もうじき1週間が過ぎようとしていた。虎之助には、一つ悩みを抱えていた。
朝稽古である槍の素振りをしながら、時折、ため息をして動きを止め、思い出したかの様に素振りを続けていた。
シノとの会話内容が無いのである。虎之助が自分の身分に引け目を感じている事が大きな要因と、分析しているが、相手のシノ自身も未だに他人行儀である。祝言からのこの一週間、新生活に必要な雑務に追われ、これまでは忙しいという理由もあり、最低限度の会話しかない状況について、自信へ言い訳ができていた、しかし、いよいよこの状況を打破したいと、打破しなければと悩んでいた。
シノも、虎之助同様に同じ悩みを抱えていた。
シノは年齢的には虎之助より2歳上の姉さん女房という事に引け目を持っており、そんな中、大男の虎之助が無口で必要な最低限しか言わ無い為、嫌われているのではと思っていたのである。
この時代は、食事が朝と昼の2回であった。その為、朝食の時だけが二人が顔を向かい合わせれる少ないチャンスであった。虎之助は、毎日長浜城へ出仕する時、シノが作るお弁当を持っていく。
シノは、虎之助のお弁当の準備や朝食の準備、虎之助は朝稽古も有る為、朝の二人はそれほど、のんびりしていられないのが、現実であるが、気が付けば毎日のルーティーンワークに追われ、あっという間に一週間過ぎてしまった、この虚しさは何なんだろうと、そんな感覚であった。
その日も、虎之助が、朝稽古から帰って来た為、準備していた朝食を食膳に並べ、二人で一緒に食べたが、お互いに話を切り出す勇気が出ず、黙々と食事をするのみだった。
虎之助は、咄嗟とっさに料理を褒める事で、会話を切り出す事を思いつき、美味しいねと言おうとして、『お・・・・お』と気負い過ぎて、言葉がなかなか出てこなかった。
虎之助のお椀をがシノの手の届く範囲にあった事も不運で、ヤバいと思った時には、御替わりと勘違いしたシノが虎之助の茶碗をすっと取り上げ、御櫃おひつからご飯を取り出し、茶碗に追加盛してしまったのである。その鮮やかな手並みに、言葉を失い、『有難う・・・。』ということしかできず、そのチャンスを諦めたのである。
ご飯を盛ってしまったシノも、反射的にしてしまった行動が、せっかくの機会を奪ってしまった事に気づいたが、時は既に遅かったのである。
(しまった、これではクマに餌付けしているようなものだわ。)新妻は、長年培ってきた自分の習慣を初めて悔いた。
新妻の心の中での反省には気づかない虎之助は、心に課題を残しながら長浜城へ向かった。
話は、変わるが虎之助の平常時の1日のルーティーンは下記の通りである。
1)4時に起床し、その後行水をして身を清め、神仏を拝む。その後、武芸の修行として長槍の素振りをメインに朝の鍛錬を行う。
2)朝稽古後、服を着替え、朝食を食べた後、シノの一日の予定を確認、お互いに相手の予定を確認した上で、6時には家を出る。
3)城へ到着後、小姓達の待機所へ行き、秀吉の日程を確認、夜勤の者との引継ぎをして、担当させらている場所の清掃をする。
4)朝の清掃後、武将になる為に必要な礼儀作法、教養、武芸を身に着けるようにとネネ、秀吉の部下達から授業うける。
5)授業を終え、18時には家にかえり、20時に就寝する。※電気の無い時代、夜は暗く、就寝する時間は早かった。
この時代で大変異質な事だが、羽柴家にとって小姓とは今の学生の様な存在であった。
大きな特徴は、基本の礼儀、作法、教養については正妻のネネが直接小姓へ教育を行う事になっており、それは正にネネ学校であった。
通常、小姓というものは身分の高い武将の子達が、それぞれの家で必要な教養を身に着けた上で城に上がり、主君の正妻に代わり、身の回りの世話や、時には秘書の様な仕事もするのである。
小姓の仕事を通し、武将としての心得や仕事を学んでいくという側面は他家と同じであるが、但し、羽柴家では正妻ネネが、一人で秀吉の身の回りの世話を全部やってしまう為、羽柴家は基本職業としての小姓は必要無かったのである。
また、彼女が人並外れた人間育成に長けていた人だったから、結果的に小姓という概念をも変えてしまっていたのである。
その概念とは、身分というその時代の登竜門を排除してしまった事である。
虎之助をはじめ、庶民出身の者でも能力の有る者であれば小姓になれてしまったのである。
小姓になってしまえば、ネネが責任を持って小姓に必要な教育を施してくれる為、身分という当時の人間にあった宿命と同異義語であったアドバンテージをほぼ消してくれたのである。
能力さえあれば、近江の旧領主浅井家の家臣だった者の子供であっても秀吉の小姓になれたのである。
一番の難所である最初の関門を越えられた者は、いやその幸運に感謝できる能力の有る者は、ガムシャラに努力したであろうと容易に推察できる。
虎之助、福島正則、石田三成に歴史を残す秀吉子飼いの武将は、このネネ学校出身者が多い。
彼の共通点は、環境に感謝出来る事、努力出来る事だったと思われる。この時代、彼らの様な若者でも、環境に恵まれず、多くの者が身分という宿命に埋もれていったのである。
秀吉にとって信長の存在が、虎之助にとってはネネだったのかもしれない。
秀吉が心から欲した自分の事を父親と慕う息子達の様な有能な部下を、打ち出の小づちを振る様に、次々と育てたのがネネであった。敵対勢力が恐れた羽柴軍団の結束は、正に彼女が柱だったのである。
秀吉にとってネネは幸運の女神だったのである。
彼女が心から望んでいた秀吉との子を残念ながら生涯の中で産むことができなかった事が、教育できなかった事が悔やまれる。
長浜城へ向かう途中、虎之助はシノとの事を誰かに相談したいと考えていた。最適な人と浮かんだ顔はネネの顔だった。
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