第7話岳父の疑問(秀吉が虎之助に肩入れする理由)
その日加藤家の三人は秀吉、ネネとの面会後、自分達の家に帰ったが、虎之助の岳父がくふ片家だけは、長浜城へ泊まる事になった。
次の日、片家は朝食を済ませ、帰りの身支度をしていた。
最後に一宿及び祝言での心遣いの御礼を秀吉に伝え、帰りの途につこうと思っていた矢先、彼の部屋に秀吉が突然やってきたのである。
『片家殿、すまない、突然今朝、殿(信長)より呼出の書状が参り、急遽急ぎで、美濃(岐阜)までいかなければならない事になった!』
『今日は、貴殿と少し話したい事が有って、楽しみにしていたのだが、申し訳ない・・・』
と既に出発のいで立ちで息を切らせながら、片家の事は正妻寧々と秀長に指示をしてあるのでと秀吉は伝え、部屋を足早に飛び出して行ってしまった。
片家は、織田家中でも賞賛されている秀吉の働きの源が、この身の軽さだと、感心していた処に今度は秀長がやって来た。
秀長に、秀吉が部屋にやってきた事、自分の身支度も終わったので、秀吉の正妻ネネに今回の御礼と挨拶をして帰りたい旨を秀長に伝えた。
秀長も、片家の気持ちを予想し準備をした上で部屋へ訪れており、二人は直ぐにネネが待つ部屋に向かったのである。
ネネとの挨拶に、秀長も同席する事になった。挨拶の中の会話から、片家はネネの振る舞いに彼女の人柄の良さを感じ取り、彼女ならばと思い、自分が持っていた疑問を素直に投げかけてた。
娘婿とはどういう男なのか、どうして秀吉があそこ迄肩入れする理由を素直に聞いたのである。
片家の問いかけに、ネネは2つの理由を挙げた。
一つは、羽柴軍団の将来を見越して優秀な武将を育成したいという最終目標がある事。
現在の織田家の軍団が、柴田勝家と前田利家という二人の武将を核にしているという秀吉からネネが聞いた彼独自の見解を述べた。
二人とも虎之助同様に6尺を超える大男であり、武勇も一流だが、彼らのその常人離れた体躯が織田軍の屈強の象徴になり、織田軍の力の底上げに一役かっていると秀吉は感じていた。
秀吉は、自分と血が繋がっている虎之助に、二人の様な羽柴軍の核になる事を望んでいる節があると説明した。
ネネは説明しながら、片家に虎之助を見た時の第一印象を問いかけた。
『片家様も、虎之助を初めて見た時あまりの大きさにびっくりしたでしょう??。』
『まさしく、虎の申し子の様な体躯に感服致しました。』と片家が回答すると、
『虎というよりも、熊之介だなっと思ったでしょ』とネネは笑いながら更に問いかける。
図星をつかれて、回答に困り困った顔で秀長を見ると、秀長が、
『姉上、片家殿がクマっておりますよ、熊だけに!』とおどけてフォロをしたので3人は共に吹き出しまった。
その雰囲気に、合わせた形で、片家が自分も続くとばかり、『これは、クマったクマった。』というと、『片家様。』と『片家殿。』とネネと秀長から続け様ざまに、片家のコメントを注意をする声色で名前を呼ばれた。(エッ、何故私だけダメ・・・??)と片家は驚いた。
その後、ネネは2つ目の理由として虎之助と秀吉の共通点を挙げた。 虎之助同様、秀吉の父も、秀吉が幼い時、戦死しており秀吉は幼き日の自分を虎之助に見ているのだと彼女独自の見解も示した。
もちろん、秀吉が自分からそんな事をいう訳がない。ただ、彼を一番近くで見てきた妻としての分析である。自分に似た境遇の虎之助に、幼き時求めた理想の父親像を演じたいという欲求が心のどこかにあるのではないかと補足した。
片家は一瞬、ネネの顔が寂しい表情をしたと感じた。ネネの表情が曇った理由を考えているとその状況をフォローするかのように、秀長が虎之助の幼少期のエピソードを話始めた。
『兄者が、虎之助に興味を持ったのは、今から3年前起こった一つの事件だったと思います。』
3年前、虎之助が親戚の商家宅に遊びに行った日、運悪く4人の盗賊がその家に入った事があった。
4人は、家の奥にいた虎之助には気づかず、先に家にいた大人たちを刀で脅し縛り上げた、別室でその様子が聞こえ、虎之助は咄嗟にその家にあった魔除けの鬼の面を被り、家財道具が入った籠の中に身を隠したのである。
その後、その賊達は虎之助の入っていた籠を盗もうと、中身を確認しようとしてふたを開けると、鬼の面を被った大男の虎之助が飛び出してきたので肝を潰されてしまった。
12歳といえど、大人より身長がはるかに高い虎之助を、鬼と勘違いして4人は一斉に逃げてしまったのである。
後日、加藤家にお見舞いもかね虎之助に会いに行った時に、虎之助から事件の詳細を聞いた。
秀長が面を被った理由を聞くと、虎之助は秀長が感心する理由を答えた。
虎之助は曰く、流石さすがに、4人の賊が入って来た時は怖くなって逃げたくなったが、ただ相手も同じ人間、怖がらせたら、逃げるのではないかと思ったとの事。
自分は体は大きいけれど、顔を見られたら子供だとばれ、同じ様に縛られると思ったので、鬼の面を被り籠かごに隠れ驚かせようとしたと虎之助は答えた。
秀長がその答えを秀吉に伝えると、虎之助が瞬時に自分の長所と短所を正確にとらえ、機転を利かせ弱点を補い、武器に変えた処に非常に感嘆していたとの事だった。
秀長は、二人には言わなかったが、心の中で、秀吉が若い時に、主君や同僚からサルと言われ、侮辱されながらも、印象に残る顔だと逆手にとり、武士として苗字を名乗る事を許された時には、あえてサルを連想させる木下と名乗った自分と虎之助を重ね合わせていたのではないかと推察していた。
3人の挨拶の時間は、それほど長いものでは無かったが、片家にとっては納得できる答えを受け取る事ができた貴重な時間となった。
帰路に立つ前に二人の長屋に戻り、娘婿むすめむこに挨拶をする岳父の顔は、その時の天気の様に非常に晴れやかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます