第88話 フレイルさんとシスター・メアリー

 朝食をとりながらフレイル団長と和やかに会話が続いた。


「そういえば……。リョージ殿とソフィーちゃんは、メアリー先輩と食事が別なのだな?」


「前は一緒でした。孤児院で子供たちと一緒に食べてましたよ。シスター・メアリーから、『親子二人の生活に慣れるように』と言われて二人で食べるようになったのです」


「そうなのか……」


 おや?

 フレイルさんは寂しそうだ。

 ショボンとしている。

 ひょっとしてシスター・メアリーと一緒に食事をしたかったのかな?


 俺はちょっと踏み込んだ質問をした。


「フレイルさんは、シスター・メアリーと仲が良いのですね。騎士団の先輩後輩というだけではないようですが?」


「ああ。メアリー先輩は、私にとって母であり、姉であり、師匠でもある」


 俺はフレイルさんの返事に驚いた。

 母で、姉で、師匠!?

 それは仲が良いというレベルではない。

 かけがえのない存在ではないか?


「それは……。フレイルさんにとってシスター・メアリーは大きな存在なのですね」


「うむ」


 フレイルさんは食事の手を止めて、シスター・メアリーとの出会いを話し始めた。


「まだ私がソフィーちゃんくらいの子供だった頃の話だ。私は北部の貴族領に住んでいた。だが、北部で大規模なスタンピードが起こり、私の村はゴブリン軍団に襲われたのだ」


 俺とソフィーは食事の手がピタリと止まった。

 ここサイドクリークの町もスタンピードに襲われる可能性が高い。


 自分たちの身の上に降りかかるかもしれない災厄。

 俺もソフィーも真剣にフレイルさんの話に耳を傾けた。


「村はゴブリン軍団に襲われ、あっという間に占領されてしまった。父も、母も、兄も、弟も、みんな殺された。家族は私の目の前でなぶり殺しにされたのだよ」


「ひどい! ひどいよ」


 ソフィーが怒り、思わず立ち上がる。

 俺はソフィーをなだめて、椅子に座らせた。


 ソフィーは家族が目の前で殺されたということが、よほどショックだったらしい。

 小さな手は強く握られて怒りで細かく震えている。

 目には涙を溜めている。


 俺もショックだ。

 目の前で家族がなぶり殺しにされるなど……。

 もし、俺だったら正気を保っていられるだろうか?

 正直、自信がない。

 いや、いっそ狂ってしまった方が楽なんじゃないかとさえ思える。


「二人ともありがとう。私と私の家族のために怒ってくれて……。ゴブリンのように知性のある魔物は多数存在する。だが、連中にとって私たちはなぶる対象でしかない。だから魔物と対峙した時は、ためらいなく倒したまえ。全力でな……」


 一瞬、ヒヤッとするほどの殺気をフレイルさんは発した。

 突然部屋の中に冬が来たような寒さを感じ、俺はブルリと震えた。


 すぐにフレイルさんは殺気を霧散させて、俺たちに優しく微笑んだ。

 俺は調子を取り戻し、フレイルさんの村で起きたことに話を戻した。


「それで、どうなったんですか?」


「目の前にいたゴブリンキングの首が消えた」


「は?」


 ゴブリンキングの首が消えた?

 意味不明の言葉に俺は聞き返す。


「ふふ。驚くだろう? メアリー先輩が飛び込んできたのだ。ワンパンチ!」


 フレイルさんがピッと人差し指を立て、得意げに笑う。


「ワンパンチでゴブリンキングの首が吹っ飛んだのだ!」


「「おお~!」」


 ここでシスター・メアリー登場か!

 俺とソフィーは感嘆する。


「メアリー先輩に続いて聖サラマンダー騎士団が突撃してきたのだ。ゴブリンキングを討たれたゴブリン軍団は、あっという間に蹴散らされたよ。後で聞いた話だが、メアリー先輩が村を救おうと単身で先行したそうだ。騎士団の団員は慌ててメアリー先輩を追いかけ村になだれ込んだらしい」


 シスター・メアリーと聖サラマンダー騎士団の大活躍に、俺はウンウンと夢中でうなずき、ソフィーは目をキラキラと輝かせた。


「助けられたのは良いが、村で生き残ったのは私一人だった。行く当てのない私をメアリー先輩が面倒をみてくれたのだ」


「シスター・メアリーは、昔から面倒見が良かったんですね」


「ああ。私はゴブリン軍団に襲われたショックで食事が出来なくなってな。どんどん痩せ細り、弱ってしまった。怖くて夜寝ていても目が覚めてしまうのだ」


「それは大変でしたね……」


 PTSDってヤツだろう。

 生き残ったのは良かったが、フレイルさんの心は壊れてしまったのだろう。


「だが、メアリー先輩が一緒に寝てくれたんだ。北部の寒い冬も二人で寝ると暖かだった」


 しみじみとフレイルさんが語る。

 温かさが俺にも伝わって、心がジンワリとした。


「私は徐々に落ち着きを取り戻し、食事も出来るようになったのだ」


「ああ、それは良かったですね!」


「フレイルお姉ちゃん、良かったね!」


 子供だったフレイルさんが無事回復したことを、俺とソフィーは心の底から喜んだ。


「ふふ。そうだな。そしてメアリー先輩の指導で剣術を覚え魔物と戦うようになったのだ。夢中で戦い続けていたら、いつの間にか騎士団長になっていたよ」


「すると……フレイルさんが戦う理由は、ご家族の敵討ちでしょうか?」


「いや、家族の敵討ちはメアリー先輩が果たしてくれた。私は、私のような子供を増やさないために戦っている。メアリー先輩が私を助けたように、魔物に怯える子供を救うために戦っているのだ」


「おお!」


「フレイルお姉ちゃん! カッコイイ!」


「ありがとう」


 俺は胸が熱くなった。

 シスター・メアリーの行いが、思いが、フレイルさんに受け継がれているのだ。

 人の思いは、こうして紡がれていくのだ。


 フレイルさんにとって、シスター・メアリーがとても大切な人なのだとわかった。

 そりゃ、フレイルさんはシスター・メアリーと一緒に食事をしたいよね。


 俺は一芝居打つことにした。

 大げさなアクションで手を叩く。


「ああっ! そうだ! 寒くなってきたから、豚汁を作ろうと思ったんだ! よーし! 今夜は豚汁にしよう!」


 俺が突然『豚汁』と言い出したので、ソフィーもフレイルさんもポカンとしている。

 俺は構わず続ける。


「私の故郷の料理で豚汁というのがありまして……。沢山作る方が美味しいのですよ! ねえ、ソフィー。孤児院の子供たちにも食べさせようと思うけどどうかな?」


 俺はソフィーにパチリと片目をつぶって見せた。

 すると、ソフィーは俺の意図を察して芝居に乗ってくれた。


「うん! 良いね! みんな喜ぶと思うよ!」


「そうか! そうか! じゃあ、夜は孤児院でシスター・メアリーたちと一緒に食べよう。それで……フレイルさんにも豚汁の試食をして欲しいのですが……。いかがですか?」


 俺の意図を察したフレイルさんが笑顔になった。


「ふふ。そうか。それならご相伴にあずかろう! ありがとう、リョージ殿!」



 その晩、俺は豚汁を作って孤児院の子供たちに振る舞った。

 シスター・メアリーとフレイルさんは隣り合った席で、シスター・メアリーはフレイルさんの世話を焼いていた。


 ――フレイルさんは、とても幸せそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る