第61話 ダンジョンへの誘い(四章最終話)
ガイウスは、俺の影響でコーヒーを嗜むようになった。
この世界にコーヒーはないので、最初ガイウスは真っ黒な液体に拒否反応を示していたが、試しに飲んでみたら香りとコクに驚いていた。
苦さの中にある微かな甘味が分かると言う――ガイウスは違いの分かる男なのだ。
移動販売車の発注端末で取り寄せたシアトルコーヒーをゴツイマグカップに淹れてガイウスに差し出す。
「うめえな……。いつものコーヒーも旨いが、コイツは……濃い苦みの中にナッツのような香りがある……。上等……」
ガイウスは目をつぶりジックリとコーヒーを味わい満足そうにうなずく。
さすが違いの分かる男ガイウスだ。
ソフィーはガイウスの隣にちょこんと座り、オレンジジュースのペットボトルを両手に持ってクピクピと喉を鳴らしている。
ソフィーは次女体質だな。
年長組のリックとマルテは長男長女の役回りで、大人と正面からぶつかる。
ソフィーは年長組二人を見て、人付き合い、大人との付き合いを学習しているのだろう。
要領が良いんだ。
ガイウスの気持ちが落ち着いたようなので、俺はスマートフォンについて聞いてみた。
面白いことに、ガイウスはスマートフォンが生きている魔導具だと思ったらしい。
生きている魔導具が俺の言葉をしゃべっている。
だから、スマートフォンの機嫌を損ねてはいけないと思い、丁寧に接したそうだ。
「まあ、スマートフォンは壊れやすい道具だから、大事に扱ってくれると助かる」
「ああ、大事に使わせてもらうぜ! ところでリョージとソフィーちゃんは、ダンジョンに行かねえのか? 冒険者登録はしたんだろ?」
「えっ!?」
ガイウスの言葉に俺は驚く。
ガイウスを見返すと、意外なことにガイウスは真剣な顔をしていた。
「いや、俺とソフィーは商売に忙しい。ダンジョンに入るつもりはない」
「うーん……そうか……」
ガイウスは腕を組んで渋い顔をする。
「何だ? 俺とソフィーがダンジョンに入らないことに何かあるのか?」
ガイウスはマグカップに手を伸ばしコーヒーをずずっと一口すする。
「スタンピードだ……」
スタンピード、魔の森の暴走。
魔力が魔の森に溢れ魔物が大量発生を起こすことだ。
「スタンピードが起る可能性は、領主のルーク・コーエン子爵から聞いているが……。ヤバそうなのか?」
「ああ。昨日十五階層まで降りただろう? 魔物の数が多かった。それにウチの魔法使いが言うには、魔力が濃いそうだ」
ソフィーがペットボトルから口を離し、横目でガイウスを見る。
ソフィーも嫌な予感がするのだろうか?
違う世界から来た俺にはわからない。
「魔力が濃い? ダンジョン内の魔力が増えているのか?」
「ああ。恐らくな。ダンジョンの中で魔力が増えているということは、魔の森の魔力も増えているということだ。ダンジョンは魔の森の一部だからな」
「スタンピードの時期が近い?」
俺が真剣な声で聞くと、ガイウスはパッと重い雰囲気を霧散させた。
「まだ、その段階じゃねーよ。俺たち冒険者が魔物を間引いてるからな」
「魔物を間引く……どういうことだ?」
「魔物っつーのは、魔力が多い場所に出るんだ! 魔の森、ダンジョン、荒野なんかが代表だな。で、なんかの拍子にどこかの魔力が増える。すると魔物が増える」
「ああ、そこまではわかる」
「そこで魔物を倒す。つまり間引くんだ。そうすれば魔力が増えても、魔力が増える以上に魔物を倒すから、スタンピードは起きない」
「なるほど!」
ガイウスの説明で、スタンピードのことはわかった。
スタンピードを防止する為に、冒険者が魔物を狩らなければならないことも理解出来た。
「しかし、俺とソフィーが役に立つか? 俺は戦闘経験が一回だけだ。ソフィーは、まだ十才の子供だぞ?」
俺が冒険者登録をしたのは、魔法について調べたかったのと身分証が欲しかったからだ。
魔物と戦いたかったわけではない。
まして、俺は平和な日本から来たオッサンだ。
間引きの役に立てるとは思えないのだが……。
「戦闘経験が一回……? ウソだろう!?」
ガイウスは目を大きく開いて驚いた。
このサイドクリークの町は、魔の森が近い。
だから町の人でも、魔物と戦闘経験がある人が普通にいる。
俺は商人として町の外へ出ている。
町の外は魔物と遭遇する確率が高くなる。
戦闘経験が一回しかないというのは、信じられないことなのだろう。
「本当だ。ゴブリンと一回戦っただけだ。それも石を投げて戦ったから、ガイウスたち冒険者のように剣を振るって戦ったことはない」
「そうなのか? だがな。初めて会った時、リョージは俺を吹き飛ばした。あれだけパワーがあれば、十分魔物と戦えるぞ。それにソフィーちゃんも魔法を使える」
「それはわかるが……。わざわざソフィーを危険な目にあわせるなんて……」
「オマエ何言っているんだ? 逆だぞ? スタンピードになれば、この町も襲われる。大量の魔物に襲われた時に、身を守る術がない方が問題だろうが!」
「むう……」
俺は言葉に詰まった。
この世界には魔物が存在していて、サイドクリークの町は魔の森に近い。
開拓村では、農民が魔物を駆除している。
魔物と戦闘になる確率は高く、日本のように平和ではない。
俺は平和ボケなのだろうか?
今のうちに――スタンピードが起る前に、戦闘経験を積んでおいた方が良いのだろうか?
俺が迷っていると、ソフィーが俺の服を引っ張った。
「おとーさん。ソフィーは戦いたい。教会や孤児院を守りたいの。精霊の宿も守りたいの」
「ソフィー……」
ソフィーは、まっすぐ俺を見る。
町を守りたい。大切な人たちを守りたい。
ソフィーの純粋な気持ちが伝わってきた。
ソフィーの気持ちは立派だと思う。
だが、俺の迷いは消えない。
子供に大変な思いをさせたくないが、俺がずっと守ってやれるわけではない。
ソフィーに力をつけさせることも、親の務めなのだろうか……。
俺は答えが出せず、ソフィーの髪を優しく撫でた。
「なあ、リョージ。オマエさんが売ってる食い物とか、スマホンとか、冒険者の役に立つ物はドンドン売って欲しい。冒険者が力をつけることは、スタンピードの予防になるんだ。そして、リョージたちが戦ってくれれば、戦力が増えて言うことなしだ!」
ガイウスがガシッと俺の肩をつかんだ。
肩に乗ったガイウスの手が重い。
「時間をくれ。考えておくよ」
俺はコーヒーをすすり、ボウッと考えた。
この平和な日々が、いつまでも続くわけではないのか……。
―― 第四章 完 ――
第五章に続きます。
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