第58話 ガイウス。目を泳がせる
夜になった。
俺は仲の良い冒険者ガイウスに『スマートフォンのテストをしてくれないか?』と相談した。
精霊の宿の中庭で開いている露店を閉めて、俺、ソフィー、ガイウスの三人で中庭のテーブルを囲む。
俺からスマートフォンの電話機能について説明したが、ガイウスは半信半疑だ。
「ホントにこんな板で話が出来るのか?」
ガイウスは俺から手渡された黒いスマートフォンを、横から見たり、裏返したり、ジロジロ眺めたりしている。
胡散臭く感じているようだ。
まあ、無理もないよな。
明らかにオーバーテクノロジーの代物だ。
俺はガイウスの態度をスルーして相談事を進める。
「ガイウス。スマートフォンはちゃんと説明通りの機能があるんだ」
「おっ……おお! そうか、そうなんだな! で、俺に何をやって欲しいんだ?」
「ダンジョンの中から外へ通話が出来るか確認したいんだ」
謎テクノロジーでスマートフォンがこの世界でも使えることがわかったが、電話がどの程度使えるか不明だ。
トランシーバーのように、一定の距離までつながるのか?
それとも遠い場所でもつながるのか?
ダンジョンの中からつながるのか?
領主のルーク・コーエン子爵に納品する前に、ある程度知っておきたい。
そこで実力派冒険者のガイウスに検証を手伝ってもらおうと思ったのだが……。
「ええと……、つまり……? 何をやって欲しいんだ?」
ガイウスは腕を組んで首をひねる。
心なしか額に汗が浮いているような……。
なかなか話が通じない。
スマートフォンなんて、この世界にないから仕方がないが、なかなかじれったい。
俺は『ゆっくり説明しよう』と自分に言い聞かせて、気持ちを落ち着ける。
「この黒いスマートフォンを持ってダンジョンに入って欲しいんだ」
「ああ、この黒い板だな! 大して荷物にならないから大丈夫だ!」
ガイウスは、自分が理解出来る話、ダンジョンという自分の得意分野の話なので、ほっとした表情になった。
「ガイウスたちは、ダンジョンの何階層まで探索できる?」
「最高到達は十八階層だな」
「なら、この黒いスマートフォンを持って、一階層、五階層、十階層、十五階層へ行って欲しい」
「一、五、十、十五だな? 大丈夫だぞ」
「それで指定した階層に到着したら、この黒いスマートフォンで電話をかけて欲しいんだ」
「えーと……一、五、十、十五に到着する度に……、この黒い板を使う……?」
「そうそう! 正解だ!」
「おお!」
よし! 一歩ずつ前進しているぞ!
俺はガイウスにスマートフォンの操作を教えようとした。
「使い方は、こうだ。こういう風に指で画面をこするようにだな……。それからここを押す。それで次はここを押す」
「えっ!? あ!? ああ!?」
ガイウスの額に汗が……。
それに目が泳いでる。
これはダメだ。
ガイウスにスマートフォンの操作を理解させるのは、日本のお年寄りに理解させるより難しそうだ。
ガイウスは黒いスマートフォンを手に持って、オロオロしている。
見かねたソフィーが助け船を出した。
「ねえ、おとーさん。ソフィーがガイウスのおじちゃんとダンジョンに行ってこよっか?」
「あー……」
ソフィーならスマートフォンの使い方はバッチリだ。
だが、ダンジョンなんて危ない場所にソフィーを行かせたくないな……。
ガイウスは、すがるような目をソフィーに向けたが、ダメだぞ。
では、俺がダンジョンに行くか?
それも気が進まない。
正直、荒事は真っ平である。
ふと顔を上げると、孤児院年長組のリックとマルテが怖い顔をして近づいてきた。
二人がいつもの調子で俺に突っかかる。
「オッサン! ガイウスさんを困らせてるんじゃねえよ!」
「そうよ! こんな困った顔をしたガイウスさんを初めて見たわ!」
「いや、違うんだ。今、依頼の打ち合わせをしていて――そうだ! リックとマルテにスマートフォンの使い方を覚えてもらったらどうだろう?」
俺のアイデアにガイウスがパアッと明るい表情で食らいつく。
「おお! そりゃ良い! リックとマルテは荷物持ちでダンジョンに入ってるからな!」
ガイウスは立ち上がると、リックとマルテの肩に太い腕を回した。
ガッシと二人をホールドし、『もう、逃がさない!』と言わんばかりだ。
ガイウスめ!
苦手な機械操作を若手に押しつけたな!
俺は心の中で『プププッ』と笑った。
リックとマルテは、急な話に困惑している。
「えっ? ガイウスさん。何か手伝うんですか?」
「手伝い? 何をすれば?」
「リョージからの依頼を受けるんだが、この黒い板の使い方を二人に覚えてもらいてえんだ!」
リックは、ガイウスから黒いスマートフォンを受け取り眉根を寄せる。
「これ……何ですか? 初めて見るけど……。武器? 防具? 違うよな……」
怪訝そうな顔をするリックとマルテ。
するとソフィーが二人に説明を始めた。
「リックお兄ちゃん。これはね。すまーとふぉんっていうんだよ。魔導具だよ」
「へえ! これは魔導具なのか!」
「うん。遠くにいてもお話が出来るの」
「これで?」
「そう!」
リックとマルテは、怪しい洗剤を見るような目をしている。
多分、二人の気持ちは、深夜のテレビCMで流れている怪しげな通販番組を見て『ウソ臭い』と思う気持ちだろう。
『ほら! ガンコな油汚れがきれいに落ちるでしょ! 新品みたいにピカピカですよ!』
あれは、新品のレンジを絵の具で汚しているだけだと思うのだが。
ソフィーがあれこれと説明をして、リックとマルテはスマートフォンを面白がっている。
この調子ならすぐに使い方を覚えてくれるだろう。
「おとーさん。電話をかけてみて!」
「わかった。別の場所から電話するよ」
俺は席を立ち場所を移動した。
教会の中に入り自室に戻りスマートフォンを操作する。
ガイウスのスマートフォンへ電話すると呼び出し音が数回鳴った後、ソフィーの声が聞こえた。
「ソフィーです!」
「お父さんだよ。ガイウスに代ってくれるかな?」
「はーい!」
すぐにガイウスの声が聞こえて来た。
「お、おう! リョージか?」
「ガイウス。俺だ。こんな風に会話が出来るんだよ」
「ス……、スゲエ!」
続いてリックが電話口にでた。
「オ、オッサンか!?」
「そうだよ。リック」
「本当に俺の声が聞こえてるのか!?」
「ああ、聞こえてるよ。それで依頼だけど、ガイウスたちと一緒にダンジョンへ行って、こんな風に電話をして欲しいんだ。ガイウスはスマートフォンの使い方が難しくて覚えられないから、リックとマルテが代わりに覚えて欲しい。出来るかな?」
「任せとけ! 俺は冒険者だからな! 依頼はバッチリやるぜ!」
「頼もしいな。それじゃあ、明日冒険者ギルドへ行って、正式に依頼をかけるよ。よろしくね」
「おう!」
リックの声が非常に弾んでいた。
リックは見習い冒険者だ。
依頼の指名が入ることが嬉しいのだろう。
なんだか少しだけリックとの距離が近づいた気がして、俺は嬉しかった。
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