第8話 商業ギルド

 商業ギルドは広場のすぐそばにあるそうなので、歩いて行くことにした。

 さっと店を片付けて、ソフィーと並んで歩く。


「リョージ! 手をつないで!」


「ああ。手をつなごう」


 ソフィーと手をつないで、ソフィーの歩く速度に合わせる。

 すっかりソフィーに懐かれたようだ。


 俺は子供が出来る前に離婚してしまったから、小さい子供とコミュニケーションをとるのは新鮮な体験だ。

 端から見たら親子に見えるかもしれないな!


 そんなことを考えちょっとニマニマしながら広場を抜けて、大通りを少し歩くとすぐに商業ギルドに到着した。


「ここだよ!」


 商業ギルドは、石造りの立派な建物だった。

 重厚な木製の扉を開いて中に入ると、すぐに女性のスタッフが声を掛けてきた。


「商業ギルドへようこそ! ご用件をうかがいます」


「大銀貨を両替希望です」


「かしこまりました。手数料が銀貨一枚かかりますがよろしいでしょうか?」


 銀貨一枚!? 千円かかるのか!?

 両替手数料が、ちょっと高い気がする。


 日本の銀行では無料だったが、商業ギルドでは手数料が千円か……。

 これって高いのだろうか? 安いのだろうか?


 チラリとソフィーを見ると、ジトッとした目で女性スタッフを見ているが、特に口を挟む気はないようだ。


 ソフィーが何も言わないのであれば、両替してもらって問題ないだろう。


「その手数料で結構です。銅貨や大銅貨も適当に混ぜてもらえますか?」


「かしこまりました。お待ち下さい」


 女性スタッフは、やたら良い匂いのするきれいなお姉さんだった。

 ちょっと派手な印象を受ける。


 商業ギルドというと、商人の組合だと思う。

 あの女性スタッフは、こういうビジネスの場にそぐわない雰囲気の女性だが……。


 俺は微かに疑問を持った。

 日本時代のビジネス経験に基づき、注意した方が良いなと感じた。


 すると、どこからか視線を感じる。

 どこだろうと探してみると、一番奥の上等なイスに座った男が俺をネットリした目で見ていた。


(嫌な感じだな……)


 俺は目を合わせないように、すぐに目をそらす。


 一瞬見ただけだが、男は五十歳くらい。

 デップリ太ったハゲ頭で脂ギッシュな悪徳商人という印象だった。

 経験上、ああいうタイプとは関わらない方が良い。


 女性スタッフが戻ってきて、硬貨の入ったトレーを差し出した。

 俺は素早く硬貨を数えると、ズボンのポケットに硬貨を突っ込んだ。

 こんな雰囲気の悪いところに長居は無用だ。


 立ち去ろうとすると、女性スタッフに呼び止められた。


「他所からいらした商人さん?」


「ええ」


 俺は警戒して短く答える。


「商業ギルドに加入されてますか?」


「いいえ」


「では、ぜひ! ご加入下さい! この町で商売するのに有利ですよ!」


「はあ……」


 商業ギルドへ加入か……。

 どうしたものかな?


 移動販売車に載っている商品を売りさばきたいが、売りさばいた後も商人をやるかどうか未定だ。

 まだ、異世界初日で身の振り方を決められない。


 それにこの派手な印象の女性スタッフといい、奥でふんぞり返っている悪徳商人風の男といい、この商業ギルドの印象は悪い。


 これは断っても良いのだろうか?

 俺が考え込んでいると、ソフィーが俺のズボンを引っ張った。


「お父さん! お腹空いた!」


 ナイスだ! ソフィー!

 俺はソフィーの芝居に乗っかり、申し訳なさそうな顔をする。


「すいません。娘に食事をとらせなくてはならないので、そのお話は、また今度うかがいます」


「そうですか。お待ちしています」


 俺とソフィーは、足早に商業ギルドから立ち去った。


「ソフィー、ありがとう。芝居してくれたから助かったよ! 商業ギルドって感じ悪いな……」


「あのね。クロエお姉ちゃんたちが言ってたんだけど、ギルドマスターが変わって商業ギルドが悪くなったんだって」


「へえ、そうなんだ。ギルドマスターというと、一番偉い人だよね?」


「そうだよ! 今日も居たよ! 一番奥の嫌なおじさん!」


「あれか!」


 あのネットリした目つきの悪徳商人風の男か!


「両替の手数料はね。前は大銅貨一枚だったんだよ! ギルドマスターが変わったら、銀貨一枚に値上げしたんだよ!」


 大銅貨一枚から銀貨一枚。

 百円から千円に値上げってことか!


「それは! ボッタクリだな!」


「でしょう! でも、商業ギルドには、領主様も文句を言えないんだって!」


「ふ~ん。そういうもんか……」


 とりあえず商業ギルドには、極力近づかないでおこう。


「さあ、ソフィー! 手をつないで行こうか!」


「うん!」


 ソフィーが嬉しそうに返事をした。

 俺とソフィーは、移動販売車へ手をつないで歩いて行った。

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