第1話 大和の夢
「おい、おい。大和起きろ授業中だぞ」
そう言って僕は前で机に突っ伏して寝ている大和を起こそうとした。
「さすがに起きないとリンカンがやってくるぞ。」リンカンとは僕らの学校、華宮南高校の歴史総合の先生だ。何故かヒゲを生やしていてアメリカ南北戦争の授業のときに「Government of the people, by the people, for the people」と急に熱弁したためそのあだ名がついた。
しかし当の大和はまだ静かに寝息を立てている。
幸いこちらの席へはやってこなかった。
「じゃあ今日は10月31日だから…31番の屋久大和、問3の空欄の答え。」
(あいつ当てられたけど大丈夫か? あっ席を立ったぞ起きたのか?)
「屋久、この答えわかるか?いや聞こえてるか?お~い大丈夫か?」
あいつ立ったまま寝ていやがる。クラス中の考えていることが同じになったと僕は感じた。後ろから背中を叩いてやるとビクりと肩を揺らし黒板を見つめた。静寂が教室を訪れた。周りのみんなはクスクス笑っている。
「キング牧師ですか?」
長い沈黙の後、やんわりとした口調の答えが返ってきた。もちろん答えは不正解。
ヤルタ会談のときのアメリカの大統領がキング牧師な訳がない。いやアメリカの人という点では良くできたほうかもしれない。
「何言ってるんだ。そんなわけ無いだろしっかり聞いていたか?」
段々とリンカンが怒ってるのが伝わってくる。
「I have a deram なんじゃないの?」
誰かがそう言った途端にクラス中が笑いに包まれた。確かに寝ていたのだからI have a deram だったのかもしれない。いやI'm in a dreamか。そこでチャイムが鳴った。リンカンは呆れた様子で怒る気力をなくしたらしい。そして大和を一睨みして授業を終わらせた。
「…よく寝てたな」
僕は少し呆れた口調で大和に話しかけた。
「いい夢見てたのに…当てやがってあのリンカンめ…」
完璧な逆恨みだが言い返しても意味がないのでそのままにしておく。
「それにしても昂も昴だよな。あんなところで必死に答えた答えをいじらなくても…」
「いや100%寝てたお前が悪い」
「そこまで言わなくても…」
だんだん大和の威勢が悪くなってた。
「まあいいや夢の続きを見よう」
「いや、次すぐに数学だぞ」
「ヤベっ準備していない!あっ鬼瓦が来た急げ!」
そう言いながらロッカーへと走っていった。
「また寝てる」
さっき宣言した通り数学だとしても何のその大和はぐっすりと教科書を閉じて枕にして寝てる。
「おい、起きろ」
後ろから肩を叩こうとすると
「未来、起こすなよ。」
意地悪そうな顔で昴が隣から僕の手を制した。
「大和は1回くらい鬼瓦に怒られておかないと。」
そう言って昴はニヤリと笑った。
「もうどうなっても知らないからな。」
そんな中まだ大和は寝ている。どんな夢をみているのだろう。半年くらい前までは大和はしっかりと授業中には起きていた。何かあったのだろうか。
結局このあと鬼瓦先生に見つかり職員室へ連行されていった。
「いい気味だ。」
隣で昴がクスクスと笑っている。
昼休み僕ら(僕、大和、昴の3人。結局この3人が落ち着く)は窓際のストーブの側に集まり昼ご飯をいつものように食べていた。
「最近どうしたの?授業中ずっと寝てるじゃん。」
「なんかあったのか?」
昴も一緒になって聞いてくれた。
さっきはあんなことを言っていたが友達のことを気にする案外いいやつだ。
「いやなにもないよ。ただ夢が良いだけ。」
「俺たちになんか隠しているんじゃないか?」
「大丈夫だって昴、心配しすぎだ。」
「出戻りそんなに眠そうにしていたらそりゃ心配になるよ。」
「未来も。お前らが気にしているようなことはないし、この先もずっと起こらないよ。」
「大和、『お前らが気にしているようなこと』?やっぱりなんかあるんじゃないのか?」
微妙な沈黙が流れた。
「あっ、そういや先輩に呼ばれてるんだった。早くいかないと…」
「おいっ 待て!」
止める声も聞かずに走って教室を出ていってしまった。
「あいつなんかおかしいぞやっぱりなんかあったに違いない…」
結局その後、放課後には同じような手口でまんまと逃げられてしまった。
帰りの電車はこんなときに限って運が良く空いていた。
おっと遅くなったけどここで自己紹介をしないと。
僕は華宮南高校の1年6組32番山崎未来。
ここ最近寝てばかりいて何か隠しているような素振りを見せるのが31番の屋久大和。
それと26番の林昴。
僕ら3人は入学してから席が近かったこともあり、大抵一緒に行動している。それに今までに何回か席替えをしてきたが、僕の前に大和。右隣に昴と言った典型的な席は奇跡的に一回も変わっていない。
僕たちの華宮南高校は県の中でも上位の方にいる自称進学校。
それにしても大和は一体どうしたのだろうか。根拠がない憶測をしていたらいつの間にか家についていた。
翌日いつものように登校する。いつものように満員電車。前の駅が大分大きいので朝の通勤時間は奇跡が起こらない限り座ることはできない。僕はこの電車の中があまり好きになれない。なぜだって?学校に行くのが嫌だとか朝が苦手だとかそういう理由ではなくて、みんな自己中心的だからだ。この電車はお年寄りの人も多く利用しているなので優先席はもちろん、自由席にも人が押し合いへし合いしながら座ってる。
いつも通り杖をついて震えながら白髪のおじいさんが入って来た。もちろん席はすべて埋まってる。おじいさんが目の前奮えながら立っていたとしても誰も席を開けない。絶対に健康そうな3,40代のサラリーマンはスマホを一生懸命にいじってる。いつも心のなかでもちろん口には出さずに毒づく。優先席も優先席だ。さすがに優先席には若い人は座らないが、優先席はもはや専用席となっている。(というか地下鉄ではすでに専用席と書いてあった。そのうち寡占席…いや独占席となるだろう。?)少し高齢のおじさんやおばさんが我が物顔で座ってる。席が空いたらすぐに、足は大丈夫ではないかと思うほどに速く座りに来る。結局虐げられているのは赤ちゃん連れの大変そうなお母さんである。自分が座っていたら席を譲ってあげようと思うのに…そんなことを考えながら学校に行く。
学校にはいつも少し早めにつくようにしている。いつもは遅刻ギリギリで来る大和が何故か席に座って寝ていた。
「大和、おはよう。今日は早いな。」
「んん~ あっ未来か。おはよう。」
そう言うと大和は大きく背伸びした。
「あ〜今日朝練だったんだ。」
「お疲れ。」
大和はサッカー部に入っており、先輩が引退した10月くらいから新しく朝練をしているようだった。
「昨日も先輩に呼び出されてたよね。部活忙しいの?」
「忙しいっていうか〜もう少しで雪が降ったらコートでボールを触ることができないからね。」
「そっか、外部活は冬はできないもんね」
「いや、一応冬も体育館でフットサルみたいなことできるけどね。あのハンド部のゴールを借りてさ。」
そういう僕はバスケ部だ。そこまで上手い方ではないが周りより少し身長が高い方になっている(と言っても周りの身長が平均的に低く、175cmなのに背が高い方になっている。)のでなんとか活躍できるようにはなってきている。そんな僕とは対象に大和は部活の中でも2年生にも引けを取らないくらい上手く、期待の星らしいと昴が前言っていた。
「まあ無念の先輩たちのために勝たなきゃいけないからね…」
「無念?」
「キャプテンがさ、最後の大会の決勝のときに怪我しちゃって途中で退場しちゃって負けちゃったんだ。別にキャプテンのせいではないんだけど、なんか試合後すごい後悔していてさ、キャプテンと交代で出場したんだけど『あとはお前に託す。』なんてことを言われちゃって。そんなら上手くなって同じ大会で勝たなきゃなって」
「そっか…」
「と言っても最近寝てるのは練習で疲れたからもあるけど、最近、最後の大会の夢をよく見るんだ。そこでシュートを決めれば…ってなるんだ。だから長く夢を見ていたくてさ。俺の夢を叶えるためにも。」
「なんかごめん。大和は頑張ってたんだね」
「あれ?なんか寝てた理由話させられてた?あ〜もう。恥ずかしいから言いたくなかったのに。やられた、クソ。誘導尋問か。」
「まあそんなつもりはなかったけど結果的に、ね。」
「おっ未来、大和おはよう!」
「昴遅いぞ」
「なんだ大和やけに早いな。ってまだ3分前だからセーフなんだよ。」
チャイムがすぐに鳴った。
今日も一日が始まる。
それにしても『俺の夢を叶えるためにも』か。夢か…僕は夢が何なのか分からない。
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