水音

snowline96

夢か現か。

――ピチャピチャピチャピチャ。


 水槽の水が少なくなったか。外掛けフィルターから流れる水の跳ねる音が絶え間なく聞こえる。

 水槽をわざわざ自分の部屋に置かなければいい話ではあるが、他に置いておける場所も無いから仕方がない。


……今何時だ? 俺は暗い部屋の中で明かりを灯すついでに、スマホで時間を確認しようと枕元を探る。

 画面の向きは……こうだな。電源ボタンを押すと画面が痛い程の光を放つ。


「四時か。もーちょいで明るくなるじゃん」


 寝ぼけた体が非常にだるい。酸素を欲する体が、無意識に鼻から大きく息を吸い込む。

 嫌に静かな部屋の中で、身体を起こそうと思う気持ちと、いつも通りの時間に起きてから行動し始めればいいという気持ちが相反する。


 あれ? 今何をしようとしていたんだっけ。

 そうだ、ピチャピチャという音を聞いて、水槽に水を足さなきゃと思っていたんだ。でも、別に何も聞こえない。


 夢だったか……。今は聞こえるかどうかの小さなモーター音がしているし、水槽にはそもそも前の日に水は足している。外からも雨が降っているような音もしないし、第一雨が降っても音の違いはハッキリしている。


 ああ、中途半端に目が覚めてしまった。すぐに寝られそうにないし、仕方ない。トイレに行ってこよう。


 別に何かあるわけでもなし。用を足して部屋に戻ろうかという時、また水の跳ねる様な音が聞こえて来た。


――ピチャピチャピチャ……。


 トイレから聞こえているのだと思ったけれど、そうではない。ただの水の音とは少し違う。

 目が覚めた時に聞こえた水の跳ねる様な音……いや、今考えると少し違う気がしてきた。


 音がするのは外からだ。地方の田舎と言って差し支えなかろう場所にあるウチは、すぐ隣に元々水田だった休耕地がある。いや……もう数年放置されているから、ほとんど野に還っているともいえるか。

 そんな場所だから、水のような音が聞こえてくるというのは不自然だ。いくら雨が降っても水溜まりが出来るような場所でもないし、水が溜まるような物も置いたりしていない。動物の発する音とも思えないし、余計な事ばかり考えてしまう。


……見に行ってみようか。

 ゾクゾクと全身にイヤなものが上る感覚を覚える。


 今は特に寒い時期という訳ではないが、それでも暖房が無ければつらい時間である。


 早く部屋に戻ろう。

 家族を起こさない様に気を遣いながら、静かに自分の部屋に戻る。

 そうこうしているうちに、音の事など頭から抜け落ち、中途半端な眠気に意識が微睡む。


 意識はハッキリしているが、まぶたを動かす事すら怠いこの感覚。

 特に用事がある訳ではないが、今寝ないと日中に響く。徐々に焦燥感が募っていき、余計な苛立ちと共に時間ばかりが過ぎていく。


 さあ、ベッドに戻ってからどれだけ時間が経ったのだろうか。

 こういう時ほど、異様に時間が過ぎるのが早いものだ。

 何も考えないようにしてぐっすりと寝たい。そう思えば思う程に眠れなくなる。もしかしたら大半の時間は寝ているのかもしれないが、身体も頭も休んでいる気がしないのだからタチが悪い。


 ピチャ…………ピチャ……。


 なんだろう。またあの音がしている気がする。

 という事はもう、寝ているのかな。夢の続きを見るのは珍しい気もするけど、この音はきっと夢を見ているからなんだろう。


……なわけあるか。


 今は遠いが、確かに外から水の跳ねる音に似た何かが聞こえてくる。

 ハッキリとは分からないが、きっと窓から見える場所のはずだ。こうなってくると確認しないと後ですごく気になる事になる。

 最近はずっと晴れが続いているし、今日は月もだいぶ明るい。猫やキジくらいのサイズの動物ならきっと分かるだろう。


 グッと体を起こす。今になって寝ていたい欲求に襲われるが、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

 よし、確認しよう。


 二重窓の内側を開いたところで、音はよりしっかりと聞こえてきた。どこかで聞いた事がある気もするが分からない。それもこれも実際に見れば分かる事だろう。


 外側の窓を開く。ここまでくればどの位置から音がするのかよくわかる。だが、網戸のせいではっきりと見えない。

 目をこらせば何となくいつもとは景色が違う気がする。ここまで来て謎のままで放置など出来ようもない。


 網戸を開けてよくよく眺めてみれば、音のする方向に何か影の様なものが見える。


 ピチャピチャ。


 未だに音はやまない。

 影の様な黒いシルエットは、わずかにもぞもぞと蠢いているようだ。

 しばし見ていれば、その動きは音と同調しているとしっかり認識出来る。


 目が、離せない。

 吸い込まれているかの様に意識がその何かに惹かれている。


 目が慣れたからなのか。陽が昇ってきているのか。

 徐々に見える景色が明るくなってきている気がする。


――音が、止まった。


 体中を虫が這っている気持ち悪い感覚に苛まれる。


 息が苦しい。上手く呼吸が出来ない。


 黒い影は、ゆっくりと動いて――

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水音 snowline96 @snowline96

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