幕間 星河一天(前編)


「おーい、当麻とうまぁ! 西の方角から来てるぞ!」


 千葉県某所――閑散とした市街地で、紺のジャージ姿の少年が声を張り上げる。ハァハァと息を荒げているが、その表情はどこか高揚感を浮かばせていた。


「OK、芹田せりた! ここは俺に任せときなっ!」


 声を掛けられた少年が返す。こちらも似たような格好で、年の頃は高校生あたりだろうか。


 二人とも身軽な様子で街中を縦横無尽に駆け抜ける。その姿は若いエネルギーに満ち溢れており、無鉄砲ながらもどこか羨望の念を抱かずにはいられない。


 ただし、彼らが携えている物が銃器であり、相対している者が鬼であることを除けばであるが。


「これでも喰らいなっ、遠水近火ウォーターガン!」


 【当麻とうま】と呼ばれた少年がショットガンを鬼に向ける。次の瞬間、銃口から超加圧された水流が噴き出し、鬼の頭部を貫通させた。


「よっしゃ、ヘッドショットヘッショを決めてやったぜ」


 そして、当麻は相棒に向けてガッツポーズをする。それを受けて【芹田せりた】もグッドジョブと称賛を送った。


 ウォータージェットと呼ばれる道具がある。加圧された水を小さな穴から放出し、プリント基板やゴムシートなどを切断加工するのに用いられている。


 当麻が持つショットガンも原理は同じであるが、それよりも遥かに高出力であり、また水切れを起こす心配もない。当然のことながら現代科学では実現不可能であり、彼の持つスキルによるものであった。


 ちなみに遠水近火えんすいきんかとは、近くの火事を消すためには遠くから水を持ってきても間に合わないことから、遠い場所にあるものは差し迫った危機には役立たないという意味である。


 一方、芹田もまた自身の前方に迫る鬼を捕捉して銃を取る。こちらはショットガンよりもやや大きめのアサルトライフルであった。


「十分に敵を引き付けてっと……空穴来風エアーガン!」


 今度は先ほどとは対照的に、銃口から連射されたものが標的をハチの巣状態へと変える。鬼がまるでタップダンスを踊ったかと思うと、ゆっくりと仰向けに倒れ込んでいった。


 死骸をよく観察すると無数の穴が開いているが、その原因となった弾丸が見当たらない。それもそのはず、発射されたものは空気であり、これもまたスキルによるものであった。


 なお、空穴来風くうけつらいふうとは、隙間や穴があればそこから風が入り込むことから、何らかの問題が存在するとそこから噂が生じるという意味である。


 芹田はあらためて鬼の死骸を眺めた。今までもゲームの中で似たようなことをやってきたが、それとは打って変わって気持ち悪いまでの現実感があった。


 今から一週間前のこと。空が白い雲に覆われ、地震のような揺れを感じた日から全国各地で化け物の目撃情報が相次いだ。それは自分たちの住む街も例外ではなかった。


 この鬼が何なのかはよく分かっていない。黄泉国よみのくにの尖兵とも噂されているが、ではなぜ現れたのかと問われても誰も答えられない。


 しかし、確かなことは、この鬼は死んで暫くすると煙のように消えてしまうということだ。先ほど当麻が仕留めた個体も既に姿はない。そして、目の前のものもまた同様であった。


「おーい、おつかれさまぁー! いったん休憩にしようか!」


 遠くから隊長の声が響く。二人はそれに手を上げて応えると、密かに互いの拳を突き合わせ、後方のベースキャンプまで後退した。

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