第11話 学園都市葦原


「ごちそうさま、美味しかったよ」


 ハヤちゃんの作ってくれた朝食を終え、流し台に食器と調理器具を運ぶ。そのままスポンジに洗剤を付けて洗い、乾燥棚へと並べていく。


 全て片付け終えると、時刻は7時を指していた。今日は月曜だから、いつもだったら学校に行く準備をしなければならないが、さてどうしたものか。


 ハヤちゃんの方を振り向くと、不思議そうに小首を傾げていた。どうやら通学という習慣はないようだ。神様だから当たり前か。


 高校にハヤちゃんを連れて行くわけにもいかないし、かと言って家で留守番させるのもはばかられる。そもそも、そんなことをしている場合だろうか。


 悩みながら居間に置いてきたスマホを起動すると、メッセンジャーアプリ『Rainy』の通知マークが表示されていた。


 俺が通う私立葦原あしはら学園では、生徒や保護者への連絡用として学園公式アカウントの登録が推奨されている。


 その肝心の内容は『現在の社会情勢を鑑み、当面の間は休校とします』という簡素なものであった。


 図らずも学校が休みとなったことで先刻の悩みは解消された。しかし、それは同時にこれまでの日常が変化してしまったことの証でもあった。


 ふと、Rainyに表示されたメッセージを改めて見直すと、横にスクロールバーが付いていることに気が付いた。


 どうやらまだ続きがあったようで、画面をピンと上に弾いて先を促すと、そこには次の一文が添えられていた。


『ただし、異常を感じたときはすぐに学校に避難してください』


 葦原学園は近畿地方に拠点を置く天道てんどうグループが運営する私立高校である。幼・小・中・高・大が一貫した国内屈指のマンモス校であり、児童、生徒、教職員などを合わせるとその人数は一万人規模に達する。


 巨大な校舎には教室の他に文化部、学術部の研究棟が併設され、グランドや体育館はサッカー、野球、ラグビー、アメフト、陸上、バスケ、バレー、卓球などが同時使用できるほどに広く、そして多く整備されていた。


 また、一人暮らしをする生徒、教職員のための学生寮、職員住宅だけでなく、家族向けに分譲されたマンション、さらには学生協が運営するコンビニ、スーパーマーケット、レストラン、家電量販店、ホームセンターなどが隣接している。


 加えて、食育に力を入れているとのPRのもと、広大な田畑、果樹園、飼育地などを有しており、学食や小売りで提供される食材の多くを自給自足していた。


 入学式での説明によると、それらを維持するための配送センター、備蓄施設、発電プラントなんかもあるらしい。


 その異様なまでの自主独立性の高さから学園都市葦原とも称されており、葦原市の一次避難所に指定されている。


 現状ではまだ市からの避難指示は出ていないようだが、学園独自に生徒たちの受け入れを開始したようだ。


 幼い頃からの防災教育の影響により、うちにも保存用の飲食物の備蓄が山ほどある。ハヤちゃんと二人ならひと月くらいは保つだろう。


 しかし、電気、ガス、水道などのインフラはそうはいかない。状況によっては避難も視野に入れた方が良い。


 そもそも、いったい何が起きているのか。あの地震のような揺れを感じて以降、俺たちはずっと黄泉国よみのくににいたし、帰って来てからもすぐに寝てしまった。


 再びテレビの電源を入れる。民放の多くは自動放送に切り替わっていたが、国営放送だけは未だスタジオからの報道番組を続けているようだ。


 しかし、その内容は信じがたいものであった。このときになって、ようやく俺は事態が想像を遥かに超えるほど深刻であることに気付かされたのであった。

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