超局所的瞬間移動(笑)~ノウミン~

ランドール

超局所的瞬間移動(笑)

「魔王ベーゼ!!お前の侵略もここまでだ!!今日こそ決着を付けるぞ!!覚悟しろ!!」


「勇者ウエントリシュ。貴様、これまで我に一度も勝てた事が無いだろう。今回も我が勝つことは決まっているのだ。」


人族と魔族の領土を掛けた戦争が行われるようになってから早300年。

ある時、魔族の天才学者が開発した戦争時リスポーン装置が作られた。

その日を境に戦争が人的資源の潰し合いから人と魔族の力や技術の競い合いに切り替わった。勝者側は関税の比率や輸出入時の値段を問題が無い範囲で有利にしたり、領地を奪ったりする事が出来る。

血を血で洗う凄惨な戦争では無く、リソースを削り合う政争にシフトチェンジしたのである。


基本両陣営の精鋭を1000人ずつ選出して戦争を行う形を取るが今回は異例も異例。なんと今回戦うのは1体1と言う余りにも少ない人数だ。


人族陣営からは『勇者 "万能たる"ウエントリシュ』が参加している。彼女が歴代最強の勇者であることを誰も否定出来ない。彼女は全属性の魔法とあらゆる武器を完璧に使い熟す神すら認めし天性の才覚者である。


魔族陣営からは『魔王 "瘴魔支配"ベーゼ』が参加している。彼は実力至上主義の魔族の中で500年一度も魔王の座を譲ったことが無い。遍く全てを侵食する高濃度の瘴気を扱う最強の破壊者である。


これまでこの両名が戦った回数は2回であり、参加した戦いは2人以外の精鋭達が生き残る事だけに集中しなければ行けない程の激闘だった。流石にそれでは競技にならないので今回は2人だけの争いになったと言う訳である。


戦争場所は魔族との緩衝地帯であるツヴィシエン平原である。戦争時リスポーン装置は人の命を守ってくれても地形までは守らない。

勿論、周辺の村々の人間は避難を済ませている為問題は無い。

世界中がどちらが勝つのかを固唾を飲んで見守る中、今、戦いの火蓋が切られた!!


「先ずは小手調べだ!『クインテットドラゴン』」


勇者が繰り出すは見る者全てを魅了するような威容のドラゴンを象った魔法だ。その属性事の色と形容するしかない程高密度の魔力で作られており、属性は「火、水、土、闇、光」の5属性だ。もしもその場にいたら見ただけで死を想起させるような迫力と圧力を放っている。土のドラゴンの口の中で私は農民ですと自己主張するような服を着た男が呆けている。


「ではこちらも『五体の死瘴獅子』」


勇者が繰り出した魔法に対して魔王が繰り出したのはまるで彫像のような獅子の形をした瘴気だ。それは尋常じゃない量と密度の瘴気で構築されている。見た人の目まで吸い込みそうなほど暗い、暗い黒で作られており、実際はそんなことは無いのに周りの光が無くなったかのような錯覚に陥る。


「さあ行くぞ!魔王!この5体のドラゴンと農民を受け止めて見せろ!」


「来なさい、勇者。そのトカゲと農民を壊し尽くして差し上げましょう!」


「「ん?」」


勇者が作った土属性のドラゴンの口の中に状況がよく分かってないと言う顔をした男が居る。彼は口をパクパクさせながらこう言った。


「え?いきなり空に居ると思ったらライオンさんと爺さんが居るんだけど?というか何?瞬間移動でも使ったの?」


「「は?」」


魔王と勇者の頭の中で様々な情報が錯綜した。なんで全員撤退したはずの場所に農民が?という疑問やなんでドラゴンの口の中に農民が?等々いろいろな疑問が浮かび上がった。が、この場にいる人間が口にしたことは奇跡的に同じだった。


「「「え?誰?」」」


これを視聴している世界中の人々やこの場にいる3人。それと読んでいる読者諸兄もよく分かっていないだろう。


「ま、待て落ち着け。一度状況を整理しよう。我と勇者がお互いに獣を象った攻撃を展開しようと思ったら何故か勇者のドラゴンの口の中に農民が居ると。しかもここは撤退を義務付けた筈の戦争指定区域で?尚且つ勇者は土を持ち上げただけ?ダメだ全くを持って理解出来ん…」


「は?戦争?何の話だよ!俺は知らんぞ!?ただ畑作してから日課の土との一体化をしてたら戦争に放り出されたってこと!?ンンンンン?」


「えっと…そこの農民君?でいいのかな。まあいいや農民君。ここ戦争指定区域の筈なんだけどなんで居るの?一応通達はしてあるはずだけど…?」


「え?知らないんだけど。あ、そっか。俺この村の連中に村八分されてたわ。戦争でどっか行ってたから人が居なくなってたのか納得したわ。」


「は?村八分?私、近くの村のど真ん中にある土を採ったはずなんだけど…」


農民はその言葉を受けた瞬間移動ドラゴンの背中の土を動かし下を覗き込んだ。その下には綺麗に抜き取られた五十メートル四方くらいの空間がある。


「は?俺の畑ぇーーー!!!どうしてだよォ!!!!村のうざったい連中をボコしてでも死守した俺の畑が!!どこにも無くなってるぅ!!あ、この瑞々しさ、この色艶!大事に育てた俺のキュウリちゃんじゃないか!!うん!やっぱり美味しい」


下を見て絶望したような顔をしたと思ったら野菜を齧って凄くいい笑顔を浮かべている。余計訳が分からない。何より訳が分からないのが何故私の支配下にあった筈の土をこんなにもあっさり動かしているのか、という点である。


「ていうかこのエレベーター?あ!トカゲか!これ俺の畑の土で作られてるじゃねぇか!土は治せるが野菜は治らないんだぞ!?どう責任取ってくれるんだよ!おい!!と言うか誰だよ!?お前ら!なんで俺の畑の上で爺さんとお姉さんが動物遊びしてんだよ!!」


「???なんで私達のことを知らないの?一応教科書にもテレビにも新聞にも載ってるし、国家元首なんだけど?」


「は?国家元首?こんな辺鄙な村に住んでる俺が知るわけないだろ!え?この世界テレビとか新聞とか教育機関があるの?」


知れば知る程理解に時間が掛かる情報が飛び出てくる。このジジババですらス魔ートフォンを持っているような世界でここまで世間知らずな事が有り得るのか?


「まあ、一旦言葉に出して確認するぞ?貴殿は元々村八分にあっていて情報が伝えられておらず、自分の農地の土の中に潜っていて、勇者の魔法でここに連れてこられて我らのことを全くを持って知らないと?」


「ああ、そういう事になるな。ん?国家元首?ここ国かなんかに所属してた系の村なの!?」


「「そこから!?」」


それから勇者と魔王は何を言っても驚く農民に対して前提情報をしっかりと伝えた。最初は全く信じなかった農民だったが、ス魔ホや自分が中継されている画面を見て流石に納得した。


「うーん、この世界ってそんな感じなんだ。俺この綺麗なハーフ&ハーフの種族のせいでボコボコに差別されてたから知らなかった。え?ここの土地ってもう使われないの?まじ?んじゃちょっと失礼して。」


説明に疲れた勇者と魔王が何か言う前に農民が魔法のような何かを行使した。すると視界に広がる地形全てが農地のようにふかふかの土に変化した。まるでゲームのモードを切り替えるように簡単に数平方kmの土地が塗り変えられたのである。


「は?え?これどうなって…え?魔術だぞ!?魔術!?」


魔術。それは莫大な魔力や瘴気を持った存在が特定の"何か"を極めた時に使えるようになり、神が起こす奇跡に匹敵する極地である。

世界の理ですら変えてしまう世界で見ても10人と使える存在が居ない超常の御業だ。

無論魔王と勇者も使えるがこれ程までの範囲に影響は及ぼせない。

精々が50平方m程である、これでも最上位であるし異常な程の強さを発揮するのである。


「え?農民君魔術師だったの!?それにこの範囲…尋常じゃない…

え?ベーゼ。どうするこれ?」


「いやー、長年の夢が叶った。見渡す限り畑。これこそ俺が夢に見た絶景だぜ。んじゃ俺は帰るわ」


2名が面食らっている間に土のドラゴンの中にスルッと潜っていこうとする農民。土のドラゴンを解いて急いで回収する勇者。


「ちょっと待ちなさいよ?!なんでこの状況でターミ〇ーターみたいな感じで帰れるの!?どう言う神経してんの!?ちょっと降りるわよ!!ベーゼ!」


「あ、ああ。そうだな。」


3人ともとりあえず地上に降りることになった。と言うか農民は飛べないから降ろしてもらった。農民が即席椅子とテーブル(土を押し固めている為めっちゃ硬い)を用意し土の中から茶葉を引き出しティータイムが始まった。


「え?今思ったんだけどなんで2人ともそんなに当たり前のように飛んでるの?それも常識だったりする?」


「魔力や瘴気を使って空を浮くイメージをすれば浮き上がるでは無いか。高等テクニックだがな。」


「へぇー。あ、出来たわ。こんな簡単に飛べるならもっと早く習得しとけば良かった。あー、やっぱ俺の育てた茶葉で作った紅茶うめぇー。」


言われたその場で五十メートル程浮かび上がって降りてきた農民を見て呆れながらとりあえず心を落ち着けるためにお茶を飲むことにする。


「「あ、美味しい。紅茶にキュウリの浅漬けを合わせるのは意味が分からないが(けど)」」


その言葉を聞いて待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせつらつらと土がどうとか、育て方がどうとか温度がどうだとかギリギリ聞き取れるくらいの速さで語っていく。叩き込まれる情報量に脳がパンクしそうになりながら情報を整理していく。するとここまで出てこなかった疑問がふつふつと湧きだして来るが一旦切り捨てる。


「うむ、今日は試合のはずだったがどうする?勇者。」


「流石にこの状況で続行は無理よねぇ…」


「え?試合やる予定だったの?そういえばそんな事言ってたな。やればいいじゃん。俺のことは気にしないでいいよ。」


「「気にしないとか無理に決まってるだろ(でしょ)!!」


「えぇー。やればいいのに」


一旦2人で話を詰める事にする。とりあえず試合はやらない事にして彼への対応をどうするか。ここまで強いと扱いが難しい。人族とも魔族とも言えない完璧なハーフであり、どちらの陣営に引き込むのも難しい。色々と話している内に根本的な質問をしていない事に気がついた。


「そう言えば貴殿、名前はなんと言う。我はベーゼと言う」


「私はウエントリシュ・オミュテットよ。」


「あ、そう言えば名乗ってなかったっけ。俺は生まれながらの農民にして作物を愛し、作物に愛されている系人魔のハーフ。ノウミン=ノウミンだ!よろしく!」


(こいつ、ノウミンって名前だったんだ…まんまじゃん)

雑念を一旦振り払い、交渉に入る。


「貴殿はノウミンと言うのか。よろしく頼む。さて、早速ですまないがノウミンよ。ここの土地で農業をしないか?」


「ん?ここの土地って言うとどのくらいの範囲だ?」


「貴殿が魔術で塗り替えた範囲全てだ。」


「え?そんなにくれるの?いいのか?」


ノウミンからしたら夢のような話である。村の中央の狭い範囲しかでき無かった農業(積層形で岩盤まで畑があった)をあんな広いとこで出来るなんて最高としか言いようがない。一方魔王や勇者としてもメリットが多い話だ。何故か、元々破棄する予定だった場所が広大な農地になるからである。しかも、魔術師は全盛期の肉体から歳を取らない。彼が飽きるか殺されるかまで作物が安定供給されるということである。殺されることはまず無い強さだから実質永続的に作物の供給源を得る。


「この辺りそうだな…600平方kmをノウミンどのに差し上げよう。好きに育てて貰って構わない。その上で余った分を私やこいつのところに売らないか?面倒臭いと言うならこちらが取りに来るし鉄道を通すし相場より少しだが高い価格で買い取ろう。どうかね?」



「俺に損な所が一切ないじゃん。良いよ食べてあげられない子達は君らに譲ろう。」


「交渉成立だ。後で契約書を書こう。国のトップ2人の署名だ。効力は強いぞ。ああ、それとこれは嫌なら良いんだが年に2回行うこの競技のステージ作り手伝ってくれないか?土地を直すのが面倒臭くてな。」


「いいよ、そんぐらいなら世界全部の地形を整えろって言われたらめんどいけど流石にそんな範囲じゃないだろうし。」


(こいつ…世界単位でもあの魔術使えるんか?)


全てを飲み込み契約書を書き軽く雑談した後転移で即国許に帰り全ての手配を済ませる。彼に渡す雑草含む世界各地の植物。鉄道の設置。競技の場所の指定。彼との連絡手段の確率など多岐に渡る処理を魔王と勇者で協力したりして1ヶ月で終わらせた。


魔王と勇者は食料が安定供給されるようになり、ノウミンは農業ができて楽しい。なんとも言えない循環が回っていた。


これを見ていた全世界の視聴者の頭に農民という単語を強く刻み込み。教科書には「"世界最高の農民"ノウミン=ノウミン」の名前がしっかりと記されるようになった。


彼はずっと野菜ハーレムに囲まれて楽しく暮らしたそうな。

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