第3話 変わらん

妻藤さいとう財閥・・・ですか?」

伽乃が首を傾げると、父が半泣きで頷いた。




「そうなんだ。私は断りたかったんだ。何なら何度も断ったんだ。けどむこうがどうしてもって。伽乃ちゃん、どうしたい?」


途中、鼻水をすするような、とても大会社会長とは思えない奇行を挟みながら父は娘にすがった。



「むこうがどうしてもと仰いますが、うちの会社と手を組んだとして、あちらにメリットありますか?」

「・・・・・・・・伽乃ちゃん。佐藤を舐めて貰っちゃ困るよ。父さん、凄いんだか――

「実際そうでしょう?」



近くに控えるメイドらが、温かくも不安げな表情で笑っている。

父専属の執事が、「まぁまぁ」と父を引き剥がすと、父は椅子に腰掛け真面目な顔で話し始めた。




「むこうからの要求なんだ。伽乃ちゃんは賢いから、妻藤財閥がどれだけ大きな会社かはきっと分かっているよね。でも、無理に要求を呑む必要はないんだ」

やけに真面目なその様子に、伽乃が顔をしかめ始めると、父は親指と人差し指で丸を作って言った。

「父さん、お金だけはあるから」

「それはそれは」




「いざとなれば買収で・・・」なんて戯言をマジな顔して言い続ける父を放って、伽乃は冷静に考え始めた。



妻藤財閥の大きさは理解している。

所詮、国内有数であるうちとは訳が違う。

海外に言っても、「サイトー」の知名度は健在であるほどだ。

貿易を初めとする商業が中心の会社だが、とにかく外交力がある。

会長がそうなのか、部下が優秀なのか、それが売り文句なのかは知らないが、噂では国家レベルの輸送業にも妻藤は関係しているというほどだ。




が、父の戯言は実は事実だったりする。

今のご時世、稼ぎやすいのはゲーム会社だろう。

理由は一目瞭然であるし、佐藤グループだって大きい会社だ。

妻藤がどうしてビッグであるかというと、純粋に今まで築いてきた歴史と名声に重きがある。



とはいえ、財力で勝っているから何だという話だ。

佐藤は驚くほどの財力を有している。

伽乃が過去、冗談半分で覗いた父の通帳はこの世のものとは思えない額だった。


金だけはあるのは、事実。

だが、これで婚約をブッチしようものなら佐藤は社会から抹消されることも事実。




「要はどうしようもないということですね」

考えた結論を淡泊に述べると、父の瞳にまた涙が浮かんだ。

「でも駄目だよ・・・。伽乃ちゃんまでいなくなったら私もう駄目だ。生きていけない」


「大袈裟な」とため息をつくが、父の気持ちも理解できなくはない。




伽乃に母親はいない。

伽乃の母は、伽乃が三歳の頃に、家を出ている。

佐藤の膨大な金に目が眩むことなく、父との愛に冷めたからとあの財を捨てた。

要は伽乃は捨てられたという訳だが、実に潔い素敵な女性だと伽乃は今も思っている。




しかし、父はそうではない。

本当に母を愛していたらしく、しばらくは追っかけもしたくらいだ。

伽乃まで消えれば、本当に仕事を放棄しかねないほどに、家族愛の強い父だと伽乃も知っている。






「私、行きますよ。嫁ぎに」



が、伽乃も佐藤の人間だ。

父が経営に失敗でもして名に傷がつくことは避けたい。




生憎、サトウとサイトウじゃあ名字もそこまで変わらんしな。

せいぜい住む場所と学校での名字変更があるくらいだろう。



父は、伽乃の決断を聞いて、しばらく呆然としたが、本人も既に覚悟をしていたのか、うんと頷いた。



そんなこんなでさっさと婚約は決まり、伽乃は相手の顔を見る暇も無く、妻藤家に嫁いできたのであった。

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