第1話 あぐら

「じゃあ、俺は明日も仕事ですので。ここでは好きに過ごしていただいて構いません。何か必要になれば適当に購入を」




随分あっさりとしてるなぁ。まぁ、デレデレしてほしい訳もないが。




「分かりました。ありがとうございます」




まぁ、機嫌を損ねない程度に愛想を尽かしておけば問題ないだろう。


と、伽乃かのは丁寧にお辞儀をした。






嫁いで早々夫に冷たく扱われるのは、どこの漫画でもアニメでもゲームでも必中の展開だが、どうもそれが全てではないらしい。


何も、伽乃だって好きでここに来た訳でもない。決して断固拒否な姿勢を見せたわけでもないが。




とはいえ、それは相手も同じだったらしい。


淡泊な方だと聞いていたが、間違いない噂だったようだ。


顔立ちは整っているし、清潔感もある。


異性の相手として、全く問題のない方だ。


性格も今のところ難は見えない。




実に平和な政略結婚もあったものだ。








――佐藤さとうグループ


国有数のシェアを誇るゲーム機を主力とする、ゲーム会社。


三代前が築きあげたその地位は現在も健在で、伽乃の父が現会長を務めている。




――妻藤さいとう財閥


なんちゃら時代からの財閥一家で、恐らく、ここ数代でのし上がっている佐藤グループに比べ、よほど歴史と名声がある。


こちらは海外企業との貿易をメインに世界的SNSを運営するなど、国を股に掛ける多くの事業で長らく地位を築いてきた、これまた現役の大財閥。








の長男、それが伽乃の婚姻相手。


名前は燈夜とうやさん。


結婚適齢期でないことから予想も出来るが、年齢は19歳。


てっきり大学生なのかと思っていたが、高校卒業と同時に、会社を継ぐ準備のために妻藤財閥で仕事に就いているそうだ。




伽乃の髪が桃がかった白色なのに対し、燈夜さんの髪は真っ黒。


協調性も甚だしい差である。


とはいえ、その主張の強い黒髪に負けない容姿がついてきている。


意外、というか年相応と言えるのか、大人っぽい印象もあるが、どこか若年な印象も受ける。








が、どちらも若いとはいえ、大企業の長女と長男の婚姻。


もとよりこの二会社は、友好があったらしく、政略結婚が必要なほど疎遠な仲かと問われれば、そうでもない。


ゲーム会社と国際輸送会社では何かしら手を組める点が多いのだろう。


政略結婚なんて、大抵は大きな理由もないものだ。






とはいえ、晴れて妻となり嫁ぐのは、メディア露出こそそこそこに莫大な財と父の偉大な愛のもとぬくぬく育ってきた生粋のお嬢様だ。


社交界では名の知れた、上品な品格に眉目秀麗びもくしゅうれいは佐藤の名が出て浮かぶ要素の一つである。








そんな佐藤改め妻藤伽乃は自室となった部屋のベッドで、


――あぐらをかいていた。

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