untitled

@rabbit090

第1話

 「助けて、助けて!」

 叫ぶ程の気力がまだ残っているのかと、我ながら感心してしまう程、私は興奮していた。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、パニックになっていたし、涙が出てもいいはずなのに、それだけは絶対に流れまいと、誰かが決めてしまったかのように、それは、決して、現れなかった。

 「私の何が悪いの?」

 「それは、君には分からないよ、絶対にね。」

 「そんな、言い切らないでよ。望みがなくなるじゃない。」

 「分かった、分かったから。」

 小さくうなずき、目を凝らす。

 私は大きなあくびを一つ、あなたに向かって、してやった。


 「………。」

 いくら叫んでも、仕方が無い。

 ここがどこだかなんて、もうどうでもい。ただ、私は生きていて、体は摩耗しており、どんどん、どんどん、小さくなってしまった。

 「私が、あなたに悪いことをしてしまったの?」

 「ねえ、教えてよ。」

 でも声は届かない。

 私は今、あなたの不機嫌によって、理不尽な目に遭い、そして多分、しばらくしたら死んでしまうのだろう。

 「どうでもいい、私。お腹空いた、私。」

 人間って、不細工だ。

 こんな時、本当はもっと理解しやすくて、キレイなことだけを考えていたかったけれど、でもできなかった。

 私は、最初の頃に放っていた、助けて、という言葉を、もう虚しくどうでもいいことのように、叫んだ。

 一言、

 「まもる君、助けて。お願い。」

 彼の何を怒らせてしまって、こんなことになったのかは分からない。

 でも、私は散々、色々な人からそういう目にあわされていて、守君はどういうわけか、そんな私を抱きしめて、愛してくれた。

 なのに、違ったみたい。

 彼も他の人と同じように、私のことを、奈落へと突き落とそうとしている。

 正当な理由を持った正義として、私を、殺そうとしている。

 「あーあ、嫌だな。」

 こんな時、私はやっぱり、お母さんのことを考えてしまう。

 お父さんは、いない。私と、母に愛想を尽かしていなくなってしまった。

 私は、ずっと分かっていなかったけれど、父は母に愛想を尽かしたのではない、私のことが、嫌いだったのだ。

 どうしても好きになれなかったから、離れた。

 そして、母はそれを許し、そして、私の傍を離れなかった。

 けど、私は、死ななかった。

 だから、母は、苦しかった。

 そして、先に死んでしまった。

 苦労の末の病気で、あっさりと。

 

 いくつかのことを思い出してみたけれど、段々、力がなくなってきている。

 それをひしひしと感じる神経ですら、鈍麻になっているようだった。

 「守君…。」

 この期に及んで、奴の名を。

 私の頭の中では、この長時間の監禁のうち、守君のことを、奴、と呼ぶことさえあった。

 奴は、なぜ、私を気にかけたのだろうか。

 そして、おもちゃのように、捨てられるネコのように、自分の領分からはみ出してしまったら、それまで、あっさりと情のゆりかごの中から、ひょろりと捨ててしまうのだ。

 「…助けなくていい。」

 「…助けないで。」

 そうだ、私は。

 「あんたたちの気まぐれなんて、いらないの。私は、一人で、決めるの。」

 そう、それがいい。

 静かに、視界が薄らんでいくのを感じた。

 汗なのか、涙なのか、よく分からない液体が、いや、何だろう、とにかく、何かが、私の体を、さすった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

untitled @rabbit090

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る