陽は煌めいて

@tukifuyu

第1話

終わりの見えない旅。何が起きるか分からないし、良い事ばかりではない。

C'est La Vieそれが人生だ

それでも、もし、わずかでも煌めく思い出があるのなら、その一生は幸せだったと言えるだろうか。



 私が彼女と出会ったのは、休暇でブルターニュを訪れたときだった。

「これは、あなたのかしら?」

 街角のカフェで、この後の予定を思い浮かべながらぼんやりしていると、穏やかな声がした。振り返ると、感じの良い老婦人が、メモ帳を持って立っている。テーブルの端に置いたと思っていたメモ帳がないことに気づいて、

「ああ、ありがとうございます。」

と言って受け取ると、パラパラとめくってみた。中には、間違いなく自分の字が並んでいる。最近はデジタルの人が多いが、私は紙のメモ帳も愛用している。ふと思いついたときに簡単に書きつけられて、便利なのだ。

「ええ、私のです。」

 穏やかに微笑みながら眺めていた老婦人は、軽く首を傾げた。

「旅行でいらしたの?」

「ええ。色々見て回っているところで。」

「そうなの。ここ、いいかしら?」

「ええ、どうぞ。」

 街角の小さなカフェは、店内もテラス席も、そこそこ混んでいる。相席をしている所もあるし、この街の人なら、ちょっと話も聞いてみたい。

「どちらから?」

「パリの南の方です。ブルターニュは二度目ですけど、このあたりは初めてなんです。気持ちの良いところですね。」

「ええ、そうね。今日は特に。あら、そのペン・・・」

 私の手元にあったペンに、彼女は目を留めた。最近はこういうのもあまり使われない。

「父のなんですが、なんとなく使いやすくて、今は私が使っているんです。」

 すると、彼女はとても懐かしそうな顔をした。

「そのメーカーのペン、私の夫も使っていたのよ。」

「そうなんですね。ご主人は?」

「もうずいぶん前に、死んでしまったわ。新聞記者だったの。」

 穏やかな笑みを崩さない彼女の目は、それでも少し寂しそうに見えた。

「やあ、アンヌ。久しぶりだな。元気だったかい?」

 陽気な声がして、中年を過ぎた恰幅の良い男性店員が、コーヒーとお菓子の皿を持ってきた。

「あら、ブリス。ええ、この通りよ。あなたも元気そうね。」

「元気だけが取り柄だよ。それと、これかな。」

 そう言ってカップとお皿をテーブルに置くと、アンヌと呼ばれた老婦人は嬉しそうに目を細めた。

「ありがとう。これが楽しみなのよ。」

「ところで、こちらのお嬢さんは?」

 ブリスという店員に尋ねられた老婦人は、にこやかに笑ってウインクをした。

「新しいお友達よ。」

 私は思わず目を瞬いてしまったけれど、店員は陽気に笑った。

「そうか。じゃあ、サービスだ。」

 そう言って、同じお菓子のお皿をもう一つ持ってきてくれた。

「ブリス特製マリーのファー・ブルトンだ。」

「ありがとうございます。おいしそう。」

「メニューにはないから、みんなには内緒だよ。」

 あまり内緒にもできなさそうな声量でそう言うと、別のテーブルに行って近くのお客さんとおしゃべりに興じている。

「面白い店員さんですね。」

「明るくていい人よ。お母さんのマリーもいい人だったわ。」

「ああ、それでマリーのファー・ブルトン。」

「そう。人によって味が少しずつ変わるものだけれど、私は彼女の味が大好きでね。・・・ん、ブリスは完璧に再現しているわ。」

 一口食べた彼女は幸せそうな顔をした。もっちりして優しい味わいのそのお菓子は、どこかホッとするような懐かしい感じがあって、気がついたら私の頬も緩んでいた。

 その後、彼女には、お気に入りのパン屋さんやお菓子屋さんを教えてもらったり、好きなチーズ談義で盛り上がったりした。彼女はこの街の生まれではないけれど、ずいぶん長いこと住んでいたので、街のことには詳しい。数年前から隣町で暮らしているけれど、時々昔なじみに会いに来るのだという。

「この後はどこへ行くの?」

「もう少し西の方にも行ってみようかと。ブロセリアンドの森にも行くつもりです。」

「あら、いいわね。妖精が歓迎してくれるわ。」

 彼女はそう言って、いたずらっぽく笑った。

 ブルターニュはケルト色が強い。特にブロセリアンドは『魔法の森』として有名だ。だから私も、軽い気持ちで聞いてみたのだった。

「妖精に会ったことはありますか、マダム?」

「アンヌでいいわ。ええ、あるわよ。」

「え?!本当ですか?」

「ええ。」

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