日々斗の後日談

 後日談。と言っても、それは日々斗が体験したドタバタ騒動から数日が経過したとかではなく、日付変更線的に後日という意味である。つまりは日付けが変わって数分が経過した段階で日々斗がようやく自分の家に帰ることができたのだ。ようやく拝めた赤い屋根の二階建て一軒家である自宅を前に、しかし日々斗は立ち止まった。夜中でなければ余裕で通報されていただろうパンツ丸出し状態の日々斗を自宅の小さな門越しで待ち構えていたのは、誰であろう。


「よ、よう日々奇ひびき、かわいい妹が夜更かしとはいただけないぞ、それは女の子の大敵だ、今すぐにでもお布団に入るんだ」


「そうかいそうかい兄野郎、私にはパンツ丸見えな男こそ、可愛い女の子の大敵に思えるけどなぁ。特に誕生日をすっぽかすような兄野郎はさぁ」


 おしとやかな、綺麗な笑顔だった。いつもの茶髪ツインテールは解放されストレート、兎のピンクのパジャマであるところから推察するに、寝る間も惜しんで日々斗の帰りを待ってくれていたらしい。しかし日々奇はそんな殊勝な態度で笑顔を浮かべられる状態ではないと確信しているからこそ、日々斗はその笑顔に背筋が凍った。

 赤い屋根から棒状のような何かが地面と平行に伸ばされており、その先には、俺のノートパソコンが紐でくくられて、否、縛り付けられていた。まるで人質のように。その下には水を張った子供用のプールが設置されていた。


「いや、その、ほらでもちゃんと誕生日プレゼントは、ええと……」


 ある、と言いそうになったが、あるとは言えない。くしゃくしゃになった紙袋の中身には、百合音から受け取った物が入っている。百合音はそれを誕生日プレゼントだと思って渡したのだが、しかし違う。違いすぎる。


「なーんだ、ちゃんと持ってきてるんだ、なら許してあげる、ほら早く渡して?」


 なんてことはない日常的なやり取りのように、日々奇は手を伸ばしてのサイン。しかし日々斗は渡すのが躊躇われた。


「何? ノートパソコンぶっ壊されたいの?」


「ぶっ壊されたくないから! それには大事なデータがいっぱい入ってるんだよ!」


「大事なおっぱいがいっぱい入ってるんだろ? 男って誰も彼もでかいの好きだよなぁ、あーやだやだ、エロイム エッサイムエロイム エッサイム」


 日々奇が手を弄ると、少しだけ宙づりになったノートパソコンが揺れた気がした。彼女が手をパーにすれば、日々斗のノートパソコンがぶち壊れることを示唆している。だが日々斗にはまだ心の余裕があった。学校の情報の授業で習ったことを応用し、データをクラウドサーバに保存しているのである。日々斗の若干の余裕を感じ取ったのか、日々奇がまた笑った。


「ちなみにプープルドライブのデータは既に消去済みだよ、パスワードを誕生日にするなんて......これからのネット社会でやっていけないよ?」


 はぁ、と本気でため息を吐く日々奇。日々斗は心の余裕を失った。パスワードが特定されたこともそうだが、特定されて尚そんな行動ができる妹の狂気に対して恐怖した。


「はぁ!? ちょ、マジでそんな事するか!? パスワード分かってもそんな事するかなぁ!?」


「さぁこれでデータが入っているのはこのノートパソコンになったね、そのプレゼントを渡して」


 何故渡さないのか、それは、渡せば確実に日々斗のノートパソコンは壊されてしまうからだ。だがこの忠告を無視しても確実に壊される。ならば言葉に従って、大人しく言うことを聞くしかなかった。そしてできることと言えばあとは泣き脅しか思いつかなかった。


「ほ、ほれ」


「ほいほいーい」


 日々奇は陽気にプレゼントの紙袋を受け取る。くしゃくしゃになっている紙袋の惨状を気にしつつ、中身を見る。




「なぁ、おい」


「はい、なんでしょうか」


「保冷剤しか入ってないぞ」


「はい、仰る通りです」


 最後、線路から百合音が拾ってくれた物は、その保冷剤だったのだ。渡されても困ると思ったのだが、その辺に捨てるのも良くないと思っていたので、持って帰ってきていたのだ。


「去年からあれほど言ったよな、オカシ屋のショートケーキって。去年お前が私のケーキのろうそくを消した代わりとして、オカシ屋のケーキを買ってって」


「でも仕方がなかったんだよ! 話を聞いてくれ!」


 土下座し泣き脅しに入った日々斗を見て、パンツ丸出しとクシャクシャの紙袋という情報から一考の余地があると考えたのか「ま、話だけなら聞いてやる」と譲歩してくれた。日々斗は手ごたえを感じたので、自分が必死にかわいそうになるように、ケーキは買ったこと、しかし秘密の組織的な奴に仲間だと勘違いされた事、それからパンツを脱がされた事等を赤裸々に語った。


 日々奇は黙り、話を聞いた。途中うんうんとうなずいてくれるので、日々斗の話はちゃんと一応最後まで聞きたいと思っていたからだ。

「い、以上だ」と言い終えると、日々奇はしばらく口を一文字にして顔を下げた。


(これは、やったか!?)


「んな荒唐無稽な話が信じられるかーーー!」


 日々奇の持つ縄がぱっと離され、ひゅるひゅると上に。それと同時にノートパソコンが地面に自由落下していく。


 ドボン。


「あああああーーーーーー!!!!」


 叫びながら門を飛び越えようとして、しかし地面にドシンと転がり落ちて、それから子供用プールに沈むノートパソコンを見た。穴という穴からボコボコと泡が出てきている、それは着実にノートパソコンの中に水が浸食している証拠だった。

 近づいたところで、鼻がツンと香ることにふと気づく。日々斗はプールの水をちょろっと舐めた。


「塩水じゃねーか!」


「最近のパソコンってすごいねぇ、防水効果とかもあるんだから。ちゃんと壊しておかないと」


 パソコンと共に悲しみに沈む日々斗を見下ろして「でも」と最後に一言付け加えた。憎々し気に見上げた日々斗の口に、日々奇はクッキーを詰め込む。それは日々斗が買ったお店、オカシ屋のクッキーだった。多田野家の父が買ってきたやつだった。


「私の誕生日のことちゃんと覚えようとしてくれたことは、おまけで合格かな」


 ウインクする日々奇は、そのまま家の中へと消えていった。


 * * *


 本当に後日談。日々斗はスマホでプープルドライブのロックを解除する。

 『hibiki1225』

 そこには控えていた日々斗のお気に入りグラビア写真は全て失っていたけれど、妹の水着自撮り写真が一枚入っていた。

 削除した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

多田野日々斗とバグレベルな者達 こへへい @k_oh_e

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ