多田野日々斗とバグレベルな者達
こへへい
1話:バグレベルなスパイと裏警察
スパイ仲間と勘違いされました
「今回のターゲットは、あの増税クソ眼鏡だ」
「…………」
夜も更けてしばらく、多田野日々斗が高校に居残り家に忘れてきた宿題をなんとか下校時刻ギリギリでこなした、その帰路の事である。お菓子の紙袋と学校の鞄を隣の席に載せ、線路に挟まれた駅のホームにある背中合わせになっている長ベンチの端っこに腰を据えていると、音もなく日々斗を背にするように腰を据えてきた何者かが、陽気に語り掛けてきた。
最初は面倒な輩に絡まれたな、と、現状でも刻一刻を争う日々斗は無視を決め込んでいたのだが、ある程度の世間話、というか独り語りを右から左へ受け流していると、突如そんな不穏当なセリフが投げかけられた。ゴクリ、と日々斗の喉が鳴る。
「なんでも奴が、今俺達が追う問題の手引きをしているという情報を得た。詳細は左のカンガルーに入れている。にしても今回はまた凝った変装だな、一瞬わかんなかったぜ」
後ろの男はそう自慢げに呟いた。学校で地震に遭った時のように、夜遅くの駅のホームで不良に絡まれた時の避難訓練を受けていない日々斗は黙っているほかなかったのだが、今すぐ立ち上がって隣の柱にある非常ベルボタンをぶん殴ってやろうかという衝動に駆られ、意識がようやく追いついた。
「…………!?」
(ターゲット!? 変装!? 何だよその、まるで暗躍する組織が使いそうな単語は!? しかもカンガルーとか言ってたな? 明らかに隠語じゃねーか! もっとそれっぽい単語設定しとけよ! 隠語ってことバレバレだよ!)
ズボンの裾をぎゅっと両手で握りしめる。不良に絡まれた時と同様、謎の組織に絡まれた時の避難訓練など受けた覚えもなく、ただただ汗を垂らしながら嵐が過ぎ去るのを待つほかない日々斗。
「……っへ、お前は相変わらず無口だな」
と、後ろの男は、昔を懐かしむようにそう呟いた。
(相変わらずって何だよ、俺はあんたのことなんて何も知らないんだよ! 俺は無事にこれを妹のところに送り届けられればそれでいいの! だから早く来て電車!)
下げる首を左に傾けて、オレンジ色のオシャレなケーキがプリントされた紙袋を凝視する。そんな日々斗に無情なアナウンスが流れだした。
『申し訳ございませんが、通学線は信号トラブルのために一時運転を見合わせております。詳細につきましては駅員にお問い合わせいただくか、鉄道会社の公式アカウントをご確認ください。ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません』
(くそが! 大丈夫だって、信号なんて守らなくても、皆で渡れば怖くないって!)
※守ってください。
「ま、元締めを終わらせられればちゃんと国に帰れるんだ、被害者を見つけて、お前の娘さんも見つけてさ、ちゃんとハッピーエンドに終わらせようぜ、相棒」
男は立ち上がると、日々斗が座っている方向とは逆の方へゆっくり歩いていく。ちらりと後ろ姿を見ると、背丈は2メートルあるかどうかという巨体で、キャップを被る隙間から金髪が漏れているのが分かった。筋肉が張り裂けそうな黒い革ジャケットを羽織り、パツパツのジーパンを履いた足は、前へ前へと歩んでいく。ヒラヒラと手を振っていた。明らかに日本人ではない、外国から雇った傭兵と言われたら納得できる後ろ姿だったが、幸い日々斗から離れていくので、緊張の糸が緩み、ドッとため息を吐いた。
(ようやく去ってくれたか。にしてもあいつ何だったんだ? 新手の勧誘だったのだろうか? 絶対に関わりたくねぇ早く帰りたい。つっても電車が遅延しているんじゃあ待つしかないしな、
と、何かが入っている感覚があったので、きっとスマホを入れていたのであろうと思い右ポケットに手をかけようとした時、ふと逆の左ポケットに違和感を覚えた。
(左ポケットに何か入れてたっけ?)
そこまで考えを巡らせたところで、数分前のあの男のセリフを思い出した。
『詳細は左のカンガルーに入れている』
(カンガルーって、お母さんが自分の子供を自分のポケットに入れて生育するんだったっけ? 袋がある生物だから
恐るおそる、まずは右手で右ポケットに手を添える。すると、持ち慣れた四角く固い板形状の感覚があった。つまりスマホは左ポケットに入っているということだ。
では、左ポケットには何が入っているのだろうか? 一旦右後ろポケットに入れていたハンカチで冷や汗を拭ってから、日々斗は顔を引きつらせて左前ポケットに手を差し伸べた。その触感は覚えがあった。日々斗の学校ではよく学校の情報分野の授業の宿題を提出するために、このシャーペンの芯入れ並の大きさの物に記録して持っていくことがあるのだ。
つまり、USBメモリが入っている。入れた覚えがないのに。
「あらあらこんばんはお兄さん、こんな夜遅くに出歩いては危険ですよ」
日々斗は今すぐまさぐって右ポケットの中身をぶん投げたくなるのを一時停止した。右方向を振り向くと、一瞬で意識が持っていかれるような、それはそれは美しい少女が、赤黒い髪をかき上げていた。その美しさに思わず見とれてしまい、目と目が合うと、トクンと、心臓が鳴った。笑顔の少女は座る日々斗を見下ろして、可愛らしい笑顔で聞いてきた。
「先ほどの人とお知り合いでしょうか、何やら小さな物を受け取られていたようですが」
ドクンと、心臓が鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます