60話、魔女のマジックショー、ルーナラクリマ1
テルミネスの町二日目の朝。
昨夜は雪が降っていたテルミネスの町だが、朝起きると雪はやんでいた。それでも寝る前には結構降っていたというのに、町中に雪が積もっていることもない。
ただ石畳の道路は濡れていて、道の端の排水溝まで水がちょろちょろと流れているのが確認できた。
どうやら、町中にあるたくさんの照明による熱で雪を積もらせることなく溶かしきっているようだ。そしてその溶けた雪による水たまりが凍らないよう、排水溝も多く設置されているらしい。
雪すら降る寒い気候の中にある照明の町らしい、独特な工夫だ。こういう何気ないところに人々の生活が見て取れるので、町から町へ旅をするのは楽しい。
そんなテルミネスの町は、朝早くから結構な騒ぎになっていた。元々人の往来が多い表通りはせわしなく歩く人々であふれ、彼らは皆なぜか町の入口へ向かっている。
今日一日当てなく町中を観光しようと思っていた私は、自然とそんな人々の動きに興味がわいた。
「なにかあるのかな?」
「私たちも行ってみましょうよ」
ライラに言われ、私も興味があったので周りの人々に習って町の入口を目指すことにした。
そうしてたどりつくと、町の入口を出て少し街道を歩いた先に、多くの人だかりができている。
なにがあるんだろうとそこへ向かって歩こうとした矢先、私は町の入り口前に建てられた小さな看板に気づいた。これは昨日には無かった看板だ。
その看板にはこう書き記されている。魔女のマジックショー「ルーナラクリマ」開演十時。
その看板を読んだライラは、首を傾げた。
「マジックショー?」
マジックショーとは、いわゆる手品。ハンカチの中から鳩を出したり、棺桶に入れた人を消し去ったりと、種や仕掛けがあるロジック立てられた見世物のことだ。
しかし、この看板に書かれているマジックショーはそういうものではないと私は知っていた。なぜならそこには、はっきりとこう書き記されているのだから。
魔女の、と。
この場合、マジックとはまさに魔術のことを指している。つまりこれは、魔女が魔術によるショーをするという意味合いのマジックショーなのだ。
「リリア、どうしたの黙りこんじゃったりして」
きっと私は神妙な顔をして看板を眺めていたのだろう。ライラは心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「ん……いやちょっとね、思い出しちゃって」
魔女によるマジックショーは、実を言うとかなり珍しい。魔女は基本的に魔術を人に見せびらかせたりしないものだ。
今でこそ日々の日常の中で魔女を時折見かけるが、元々魔女はその技能を秘匿する傾向にある。
その理由は色々とあるけれど、大体は魔女という存在が家系で受け継がれているせいだ。その家独自の魔女としての技能と知識があるので、あまりそれを外部に公開したがらない。私の魔法薬の知識も、代々家で受け継がれてきたものだ。
とはいえそれは一昔前の話。今では魔女は日常に溶け込んでいて、周りの人も珍しいとは思えど魔女に偏見などはない。魔法薬だって普通に売ってるしね。
なのになぜ魔女は魔術を基本見せびらかさないのかというと……単純に危ないから。魔術は自然の中に漂う魔力を使って自然現象を故意に引き起こしたり、操作できたりする。
私も周囲の温度を操作したり、風の刃を起こして食材を切ったりしているが、それらもちょっと間違えば危ない結果に繋がることもあるだろう。
だからしっかり注意をはらって魔術を使うことはあっても、人に見せびらかすことはないのだ。
なら、このマジックショーは危険な物かというと……それは違う。
魔女のマジックショーで使われる魔術は、人に見せて楽しませる為の、視覚効果に訴えかけるものが基本となる。光を生み出したり、それを操作して動物の姿を描いたりなどなど。
そしてそういう魔術は、わりと近年に生み出されたものだったりする。つまり人に見せて楽しむための特殊な魔術なのだ。
魔女によるマジックショーが珍しい理由は、この特殊な魔術のせいだ。この魔術は魔女として生きるためには、はっきり言って不必要なもの。だから学ぶ者も少ない。
それでもこのショー用の魔術に魅せられる魔女は少なからずいる。単純に人を楽しませるのが好きな魔女もいるし、近年生まれた新しい魔術を研究したい物好きな魔女など様々だ。
そしてそういう集団が引き起こした一座が、この魔女のマジックショー。人を楽しませる為に魔術を使ってショーを行う、珍しい団体だ。
おそらくこの魔女のマジックショーという団体は、全部でまだ十にも満たない数しか存在しないのではないだろうか。
私がこの魔女のマジックショーの看板を見て少し黙ってしまったのは、しかしそういう物珍しさからではなかった。
思い出したのは、とある幼馴染の顔。以前ライラに魔女の友達はいるのかと聞かれて、思い浮かべた二人の内の一人だった。
「ねえリリア、せっかくだから見ていきましょうよ」
ライラは魔女のマジックショーに興味があるのか、私の魔女帽子のつばを引っ張ってきた。
「そうだね、見てみようか」
一応魔女である私が魔女によるマジックショーを見るというのは中々不思議なものがあったけど、これもせっかくの機会だろう。
それに、もしかしたら久しぶりの顔に出くわすかもしれない。そう期待を胸にしていた。
魔女のマジックショーは、テルミネスの入口近くの街道を少し行った先にあった。昨日には無かった柵で街道脇の広場を囲い、その中には多くの人が溢れている。テルミネスの住人が物珍しさからやってきたのだろう。
広場にはいくつか台座が設置されていて、そこでマジックショーを行うらしい。
私とライラは、囲われた柵の入口へと向かい、そこで係員の人からチケットを購入し中へ入った。スタッフは全員魔女らしく、チケットを販売する係員の人も私と同じような魔女服と魔女帽子を纏っている。彼女は同じく魔女の私を見て、不思議そうに首をかしげていた。魔女が魔女のマジックショーを見に来るのは珍しいのだろう。
……それか、彼女も魔女なので妖精が見えるので、帽子のつばにライラを乗せている姿を何の冗談だと思ったのかも。
「……リリア? ねえ、リリアよね?」
そうして中に入ると、突然誰かに呼びかけられる。
その昔懐かしい聞き覚えのある声に驚いた私は、声がした方向へ振り向いた。
「……うわっ、モニカ! まさかとは思ってたけど本当にいたっ!」
「うわっ、ってなによ、うわって。久しぶりに会ったのに傷つくんだけど」
振り向いた先には、私より少し背が小さい小柄な魔女。やや淡い赤を差し色にした魔女服が特徴的で、小さな体に合っていない大きな魔女帽子がアクセントになっている。
アーモンドのような綺麗な形をした瞳はちょっと勝気な性格を見事にあらわしていて、それとは反対にふわふわとした柔らかそうな、くせっけの髪。
そこにいたのは、昔と何も変わらない幼馴染のモニカの姿だった。
モニカはこの魔女のマジックショー「ルーナラクリマ」の一員で、日々町から町を渡り歩いては公演をしているのだ。昔手紙でそう伝えられていたのを私はぎりぎり覚えていた。
彼女は、にっと勝気そうな笑顔を浮かべる。
「久しぶりねリリア。会えて嬉しいわ……って言いたいところだけど、あんた何いきなりお店休業してるのよ!」
「ええー……久しぶりに会ったらいきなり怒られた……」
「あんたのところの化粧水を毎月取り寄せてたのに、いきなり休業するから代わりを探さないといけないはめになったじゃないの。休業するならするで連絡くらい寄こしなさいよ」
「いや、いきなりのことだったからさ……そんな連絡する暇なかったし」
「ふん、どうせ思い付きで休業したんでしょう? あんたは昔から面倒くさがり屋の癖に、いきなり行動力見せる時があるんだから」
久しぶりに会ったばかりだというのに、怒涛の言葉で押されて私はぐうの音も出なかった。
そんな私たちの姿に疑問を抱いたのだろう、ライラがちょいちょいと私の肩を叩いてきた。
「リリア、この人誰なの?」
「ああ、そっか。まだ詳しく話してなかったよね、ほら、幼馴染がいるって前に言ったでしょ? その幼馴染の一人、モニカだよ。見た通り私と同じ魔女で、マジックショーの一員。ライラの姿も見えてるよ」
私が紹介すると、モニカはライラへ向かってお辞儀をした。
「どうも、リリアの親友にして幼馴染、モニカよ。妖精さん、あなたのお名前は?」
「……私はライラよ。あなた、リリアの幼馴染にしてはしっかりしてるのね」
モニカの丁寧な挨拶にやや驚いたのか、ライラもその可愛らしいスカートを軽く手で持ち上げてぺこりとお辞儀をした。
……いや待ってよライラ。私の幼馴染にしてはって言い方からすると、私のこと全然しっかりしてないと思ってたの?
「驚いたわリリア、あんたが妖精に懐かれるタイプだったなんて知らなかった。クロエが知ったら羨ましがるわね」
「いや……ライラが特殊なだけだと思うよ。私以外にも友好的だし。あ、そういえばそのクロエって今どうしてるの?」
クロエとは、もう一人の幼馴染のことだ。私とモニカとクロエは、幼馴染にして子供の頃からの魔女仲間でもあった。両親同士も友好的な付き合いをしていたので、わりと家族ぐるみで仲が良い。
ちなみにクロエは魔術遺産の研究者をしている。
「今は色んな魔術遺産をまとめた本を出したいって言って、色々見て回っているらしいわよ。っていうか、私としてはリリアの方がお店を休業して何しているのか気になってるんだけど」
「ああ、私は今旅してる」
「……はぁ? 出不精のあんたが旅?」
「うん、それで色んなごはん食べてる」
「……あんたって昔からそういう訳分からないところあるわよね」
モニカは色々と思い出したのか、大げさにため息をついた。
「でもそうなると私たち三人とも皆、好き勝手世界を渡り歩いてるってわけね。しかしリリアが旅ねぇ……」
納得いってないのか、モニカはしきりに首を傾げていた。私幼馴染からもそんなに出不精だと思われていたのか……。
「ま、こうして偶然会えたんだし、せっかくだから中を案内するわよ」
「いいの? モニカもショーやるんでしょ?」
「大丈夫よ、まだ時間あるし」
モニカの言葉に甘え、私はしばしこの「ルーナラクリマ」内の案内をしてもらうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます