47話、名産チーズでチーズフォンデュ
カナデさんと野宿で一泊した後の早朝、私たちは軽くご飯を食べてからお別れをした。
そして旅を再開し、のどかな天気の中街道を歩き続けること数時間。ようやく私の視界に大きな町がうつりこんできた。
街道と繋がる町だけあって、遠目からもその大きさと立派さがうかがえる。外壁が築かれている上、物々しい門まで構えてあった。あそこが町の入口だろう。
そして町の周囲には牧場らしきものが見える。大きい町だけあって牧畜も盛んなのかもしれない。
「やっと次の町にたどり着けそうね」
ライラは大きな町が近づくにつれ、心なしか楽しそうだった。町のにぎやかさがこの距離でも分かるのだろう。
「お昼くらいに着くかと思ってたけど、ちょっと早かったかな。少し寄り道しよっか」
私は言いながら、町の周囲にある牧場らしき場所を指さした。
「あそこに行くの? なんだか動物がいっぱいいるけど、あれ、いったいなんなのかしら?」
ライラはまだ人間の営みには無知な部分があるのか、不思議そうに首を傾げていた。
「牧場じゃない? 食用にする家畜を育てているところだよ」
「へえ……じゃああの動物たち食べちゃうんだ」
なんだか哀愁を感じさせる呟きだった。
「多分飼っているのは牛かな。食べるだけじゃなくミルクとかも取れるんだよ。ミルクからはチーズが作れる」
「牛肉は前に自称吸血鬼がふるまってくれたものよね? それにチーズはリリアと初めて会った時にくれたパンに使われていたやつね。燻製にしたのも食べたけど、いつか普通のチーズも食べてみたかったところよ」
……先ほどの哀愁はどこへ行ったのか、もはやライラは遠目に見える牛たちを食べ物と認識していた。
ライラと他愛もない会話をしながら歩き、やがて牧場へとたどり着いた。
牧場は簡単な木の柵で囲われていて、その中を牛たちがのしのしと歩いている。時折地面に生える草を食べていた。
なんか……すごくのどか。
空は晴れていて暖かい陽気の時間帯に、目にうつるのは放牧地の中自由に過ごす牛たちの群れ。
牛舎らしい小屋では乳牛が飼われているらしく、従業員が乳を搾っている光景が見られた。
「なんだかさぁ……」
「うん? どうしたのリリア」
「……お腹空いてきちゃったかも」
「ひどい発言ね」
確かに牛たちを見ながらお腹が空くとかひどいと思う。
でも……お腹が空くのもしかたないよ。時間帯的にも。見ている風景的にも。
さすがに生きている牛を見ておいしそうと思うほどこじらせてはいないけど、乳搾りを見ていたらさっきのライラの会話と合わせて、おいしいチーズとかできそうだなぁって思っちゃったし。
「お腹空いたし町に入ってお店探そうか」
「……賛成。正直私もお腹空いてるわ」
のどかな風景の中、私とライラはどこまでも現金だった。
お昼ごはんを食べると決めた私たちの行動は早く、さっさと牧場を後にして町の正門をくぐっていた。
正門をくぐった先は市街に通じている本通りで、大きい町らしく人通りが多い。
ひとまず激しい人通りを避けるように道のはじっこへ行く私たち。正門のすぐそこだからか、そこには町の名前と簡単な紹介文、そして町の地図が記された看板があった。
この町の名はミルライク。チーズが名産で、町の近くの牧場は町営とのこと。飼われている牛たちは乳牛が多いが、この町のブランド肉牛も開発中らしい。
市街には色々なお店があるようで、観光客向けのお店をまとめたパンフレットもあった。
とりあえずそれを一枚確保して、私たちは昼食を食べるべくお店を探すことに。
「お昼は何を食べるの?」
「そうだな~……さっきの看板にチーズが名産って書いてあったから、チーズがたくさん食べられる料理がいいかな。パンフレットにいいお店載ってないか見てみる」
人通りの多い道から小道へ入り、周りの迷惑にならないことを確認してからゆっくりとパンフレットを眺めてみる。
観光客向けだから当たり前だけど、やはり市街のお店ばかり紹介されていた。私としては町の住人が普段行くような隠れた名店にも興味あるのだけど、今日はひとまず観光客に人気のお店へ行ってみよう。
パンフレットには料理店以外にも色々紹介されていたけど、今回はとりあえずそこは見ないでおく。まずはごはんを食べてからだ。
チーズが名産というだけあって、紹介されているお店はチーズをふんだんに使った料理がメインのようだ。グラタンやらピザやらクリームパスタやら、そのお店一押しメニューも書かれている。
グラタンも良いけど、もっとチーズをダイレクトに味わえる料理が食べたいな。
だけどチーズは言ってしまえば食材としては脇役的な位置で、チーズメインで食べる料理というのはそんなに多くない。
グラタンならそれこそメインは牛乳を使ったホワイトソースと具材で、チーズはそれを引き立てる役割だ。ピザもチーズが目立つけど、結局カリっとした生地の方がメインと言える。
それでも今はチーズがよりメインとなった料理が食べたい。そんな私の気分を読んでいたのか、あるお店の一押しメニューに私の目が釘づけになる。
チーズフォンデュ。その文字を見て思わず料理を想像した私は、自然と喉を鳴らしていた。
チーズフォンデュは温めてとろけたチーズに食材をつけて食べる料理だ。これほどチーズを楽しめる料理が他にあるだろうか。多分あるけど私は思いつかない。
「ライラ、チーズフォンデュ食べよう」
「え? いいけど、なにその料理」
「実際見たら分かるよ。とにかく早く行こう」
「え、ええ~? ちょっと、歩くの早いってばっ!」
チーズフォンデュが食べたくて居ても立ってもいられなくなった私は、パンフレットが指し示すお店まで一直線に歩いていった。
途中市場を通り、ちょっと見てみたいかも……という誘惑を乗り越え、市街にあるチーズフォンデュ一押しのお店へとやってきた。
もう私の心は決まっているので、迷うことなく入店、着席、注文。そして運ばれてきたお水を飲んで一息つく。
「……なんかテキパキし過ぎててリリアらしくない」
失敬な。私はこう見えて本来はできる魔女なんだよ。いや、本当。弟子三人もいたんだぞぉ。
声にはしなかったが、ライラは私の心の声が聞こえているのか雰囲気で察したのか、白い目を私に向けていた。
そんなライラも、私の前にチーズフォンデュが運ばれてきたらもうそんな目はできなかった。彼女は初めて見る料理に目を輝かせている。
「ねっ、ねっ、これがチーズフォンデュなの? どうやって食べるの?」
グラタン皿をやや小さくし底を深めにした容器に、とろけたチーズがなみなみと入っている。ライラは興味深げにその皿の中を覗いていた。
「食べ方教えてあげるから、ちょっとお皿から離れていなよ」
一緒に運ばれてきたチーズフォンデュの具材は、カットされた固焼きパンに、角切りの牛肉、プチトマト、かぼちゃ、などなどだった。生で食べられるのはそのままだが、牛肉やかぼちゃは事前に火を通してある。あと、ライラの分も注文しているのでちょっと量が多い。
私はチーズフォンデュ用の木製串を手に取り、それで具材を刺していく。まずは角切り牛肉からだ。
牛肉を串の先端に突き刺し、それを皿に入ったチーズの中にくぐらせる。そしてチーズがいい具合に纏わりついた頃に取り出し、垂れ落ちるチーズを少し待ってから口に運んだ。
とろけたチーズでコーティングされた牛肉を、ゆっくり噛んでいく。口に入れるとまずチーズの風味が広がり、熱々チーズのまろやかな甘みが私の口に広がった。
そしてチーズにくるまれた牛肉をしっかり噛んでいくと肉汁が溢れ、それがチーズと絡みついていく。
牛肉の脂と肉汁、そして肉そのものがチーズと合わさっていき、チーズのまろやかさの中に肉の香ばしさと味が合わさり、口の中になんとも言えない多幸感が生まれていた。
チーズと牛肉を一緒に食べたことによって、まろやかなチーズに塩気と肉の旨みを感じ、思わずチーズフォンデュ用の固焼きパンを一口かじってしまう。
さっぱりとした小麦の匂いがする固焼きパンが、口の中に残ったチーズと牛肉の風味といい感じに合っていた。
「……な、なにそれ、おいしそう……」
ライラはよだれが出てるんじゃないかと錯覚するほどに羨ましそうな顔で私を見ていた。
「ライラも好きに食べなよ。今見たように、この串で食材を刺してチーズに入れて、それを食べるの。熱いから気を付けてね」
串は妖精のライラサイズではないが、食材は私の方でライラサイズに分けておく。ライラはちょっと難儀そうに串を持っていたが、器用に食材を刺してチーズフォンデュを楽しみだした。
妖精だから空も飛べるし、ライラがチーズフォンデュの中に落ちることもないだろう。私は私で自由にチーズフォンデュを楽しむことにする。
先ほどチーズと牛肉のあまりのおいしさに思わずパンを食べてしまったが、これは本来チーズフォンデュ用のカットパンだ。
そのままでも十分おいしかったが、これをチーズにつけたらどれほどおいしいことだろう。私は好奇心に押されるままパンをチーズにつけ、口に放り込んだ。
固焼きのパンをチーズにねっとりと沈めたため、ほんの少し表面が柔らかくなっている。しかし中心は固焼きパン本来の食感と小麦の風味が感じられた。
パンとチーズの相性は当たり前のように最高だった。チーズには色々種類があるが、このチーズフォンデュに使われているのは匂いのクセがなく、火を通すと甘みが出る種類らしい。
だからチーズでコーティングしても食材の味を打ち消したりはしない。いい具合に食材と調和し、その上でチーズらしさが感じられる。
次はちょっと味にパンチがありそうなプチトマトを食べてみることにした。トマトとチーズの相性はいわずもがなだが、プチトマトは普通の大玉トマトと比べて甘みが強い。チーズとの相性はどうだろうか。
串で刺したプチトマトをチーズにくぐらせ、食べてみる。
「んっ、甘酸っぱいな」
プチトマトはチーズの風味に勝るほど甘酸っぱかった。どうやら甘みだけでなく酸味も強い種類らしい。
噛むたびにコクのあるチーズの風味を抑えるほどの甘酸っぱさを感じる。チーズをつけているけど、これはデザート感覚に近いかも。とはいえこれはこれでおいしいものだ。
最後に残していた食材は、かぼちゃだった。かぼちゃは私の大好物。基本的にスープにして食べるのが好きだけど、ふかしたやつも好きだったりする。
かぼちゃのグラタンなどもあるし、スープにする際は生クリームを使ったりもする。つまり乳製品との相性は問題ない。
大好物ということもあって、わくわくしながらチーズの海にかぼちゃを沈める。串をくるくると回してかぼちゃにたっぷりとチーズをつけ、一口食べてみた。
もうおいしい以外の感想は出てこない。かぼちゃの甘みとチーズのまろやかさがしっかりと噛みあっている。
かぼちゃはふかして熱を入れてあるからか、ほくほくとしていて甘みも引き出されていた。それがチーズと合わさっているのだから最高と言う他ない。
チーズをより味わえる料理が食べたかったこともあって、このチーズフォンデュは大満足だった。具材も私好みだったしもう言うこと無し。この町に着いてからいきなり当たりの料理だ。
私もライラも具材を全部食べ切り、満足して今日の昼食は終わりを告げた。
「チーズフォンデュどうだった? おいしかった?」
表情と雰囲気からライラが満足しているのは分かったが、なんとなしにそう聞いてみる。
「私は溶けたチーズを食べるのは初めてだけど、こっちの方が私好みだわ。チーズパンはそれはそれでおいしいけどね」
ライラはチーズフォンデュというより、熱が入ってとろけたチーズが大分気に入ったらしい。名残惜しそうにチーズが残った皿を覗いている。
「許されるならこの中に入って、チーズに包まれながらチーズを食べたいくらいよ」
「それは……どうなんだろ」
完全に妖精のチーズフォンデュじゃん。ライラが食材になってるじゃん。
言葉は可愛らしいが、光景を想像すると中々にえぐかったので、私は乾いた笑いを返した。
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