37話、海辺の町と海鮮焼きパスタ

 砂漠地帯を少し超えた先には海が広がっている。


 その海は普通の海とは違って少々特殊で、それを観光地として海辺の町が栄えていた。


 砂漠の暑さにいい加減辛くなってきた私は、逃げるように砂漠地帯を後にし、今この海辺の町にやってきていた。


 海辺の町の名は、エスティライト。潮風に常に晒されているので石造りが目立つ町だ。


 正直言うとこの町自体には特に特筆することは無い。海辺近くということ以外平凡な町だろう。


 しかしこの町は華やかな観光土地として有名だった。その理由はひとえに、町に隣接する海にある。


 普通海と言えば、青々とした清涼な色合いを想像するだろう。


 だがエスティライトの海は違う。ここの海の色は、まるでエメラルドのような色鮮やかな緑色なのだ。


 だからこの海はエメラルドビーチと呼ばれ、連日観光客がにぎわう華やかな地となっていた。


 この町について宿を確保した私は、ライラを連れて早速このエメラルドビーチを見に来ていた。


 鮮やかな緑色の海は太陽の光を反射してまるで宝石のように輝いている。まさにエメラルドの輝きと言ったところだ。


「綺麗ね」


 ライラはこの光景に圧倒されているのか、黄昏るように小さくつぶやいていた。


 私の感想もライラと同じだ。元々森で引きこもっていたのもあり、海を見ることなんてほとんどなかった。


 大きく広がる海はそれだけで雄大な景色なのに、その上宝石のように光輝いているのだから、もう言葉も出てこない。


 私は海岸沿いに設置された堤防に座り込み、その景色をただ黙って眺めていた。


「……ねえ、リリアは泳がないの?」


 数分が経った頃、ライラが人でにぎわうビーチと座りこける私を交互に見ながらそう言った。


「うん、泳がないよ」

「せっかくこんな綺麗な海に来たのに、もったいないんじゃないの? ほら、皆楽しそうに泳いでいるわよ」


 ライラがそそのかすようにビーチを指さすが、私は静かに首を振った。


「いい、ライラ。海は別に泳がなければいけないなんて決まりはないんだよ。考えてみなよ、泳いでいたらせっかくの海の綺麗さがよく分からなくなるでしょ? こうして遠くから全景を眺めるからこそ、綺麗な景色を堪能できるんだよ」

「もっともらしいことを言っているけど、つまりリリアはあれよね? 泳げないんでしょ?」

「……」

「図星?」


 私はライラに苦い顔を向けるしかなかった。


 だってしかたないじゃない。普段森で引きこもってるんだよ。泳ぎ方なんて知ってるはずがない。


 あと水着に着替えるのもなんか面倒だし……。


 でもこの町で水着姿じゃないのは結構目立つので困る。


 エメラルドビーチを観光地としているせいか、この町の人々は日常的に水着を着用しているのだ。


 もちろん上からシャツを羽織ったりしている人が多いのだけど……その程度で水着の露出の高さは減ったりしない。


 この町の人たちにとって水着姿は見慣れているのだろうけど、私はそうではないのだ。普段着のように水着を着用して歩いている人たちを見ると、なんかちょっと違和感を抱く。


 実際、さっきこの町に着いて水着姿の人たちが町を歩いているのを見た時は、混乱のあまりしばらく立ちすくんでいたもん。


 ビーチで水着姿だと違和感はないけど、普通の町で水着姿は慣れそうにない。


 もし水着を着てしまうと、この町にいる間中ずっと水着姿で過ごさなければいけなくなりそう。そういう思いもあって、水着に着替えるのは抵抗があった。


 ……あと単純に恥ずかしいのもある。あんなに肌を晒すのはちょっとなぁ。人に誇れる体でもないし……。


「でも泳がずに眺めるだけっていうのは、なんだかちょっと枯れた楽しみ方よね」

「そ、そんなこと無いって。落ち着いた楽しみ方で大人っぽいじゃんっ。それに海を眺めながら食べるご飯は最高だよ」

「……まあ、それは否定しないけど。それで、今日は何を食べるつもりなの? そろそろ夕暮れよ」


 ライラが言うように、そろそろ日が沈む頃合いだ。


 できれば夕暮れ時のエメラルドビーチを眺めながら食事を取りたいので、私はライラを連れて持ち帰りできるような食べ物を探すことにした。


 幸い、ここではそういう軽食には困らない。ビーチには簡易なテントがいくつも張られていて、そこでは軽食などがたくさん売られているのだ。


 せっかく海に来たのだから、どうせなら海鮮系が食べてみたい。


 今まで魚を食べる機会は結構あったので、それ以外の海鮮となると……貝類とか?


 堤防を越えて海辺に来てみると、潮風の匂いに混じって色々な食べ物の匂いを感じられた。


 魚を焼いた香ばしい匂いや、調味料で使っているのだろうニンニクの匂い。他にもソースのような濃い匂いも。


 そういう様々な匂いを嗅いでいると、空腹を感じてくる。


「リリア、カニ、カニがあるわ!」

「カニはこの前食べたでしょ」


 デスクラブだけど。


 焼きガニを発見して興奮するライラをいさめると、彼女はしょんぼりと肩を落としていた。そんなにカニ好き?


 色々な食べ物が売ってあるが、あまり目移りして長居しているとライラがカニで無限にテンションを上げてしまう。


 さっさと買って引き上げようと適当なお店を選び、メニューを眺めてみた。


 海辺にちなんだ料理名が並ぶ中、ちょっと気になった物があったのでそれを注文する。


 こういった軽食を売っている店は早いのが売りだ。注文してすぐに商品を渡され、私はお店を後にした。


 多分こういうのは作り置きなんだろうけど……そういうのがむしろ観光地には合っているのかもしれない。


 先ほど座っていた堤防に戻ってきた私は、早速腰を落ち着けて頼んだ品物を開放した。


 頼んだのは海鮮焼きパスタとトロピカルジュースとかいう何か青いジュース。どちらもちょっと珍しいというか不思議だったので買ってみた。


 焼きパスタ、というのは今まで私が見たことも食べたことも無い物だ。パスタ自体は普通に食べたりするけど、焼いたパスタなんて食べたことが無い。


 トロピカルジュースとやらも、青色で何か不思議。いったいどんな味がするのか想像もつかない。


 そもそも商品名のトロピカルという意味すら分からない。これはかなり冒険してしまった気がする。


 海鮮焼きパスタは、やはり私の知っているパスタの見た目とはちょっと違っていた。イカや小さいエビが入っていて、肝心のパスタには焼き目がついている。


 パスタは普通茹でる物だが、これは文字通り焼き目がつくほど火を通したのだろう。


 箸で焼きパスタを持ち上げてみる。焼きパスタは艶が無くてぼそぼそとしていた。焼いたから水分が飛んでいるのだろう。ちょっと硬そうだ。


 そのまま一口食べてみる。硬いというより、カリカリとした食感だ。これはなんだろう……焼きたてのパンの表面みたいな感触かな。


 意外と食感は嫌いじゃない。パスタのツルりとした感触は無いのだが、カリカリとしていて別の食べ物といった感じ。


 焼きパスタはイカやエビなどの海鮮と合わせるためか、ニンニクとオリーブオイルが使われている。


 そのおかげで海鮮の独特な匂いもそこまで感じられず、焼いたパスタの食感と弾力あるイカやエビがきちんと調和していた。


 ライラも何も文句ないのか、おいしそうに焼きパスタを頬張っている。ただ体が小さいので食べにくそうだった。


 トロピカルジュースの方は……何かよく分からない。


 甘くて、ちょっと酸味があって、でも何のフルーツを使っているのかちょっとはっきりしない。そもそもフルーツを使っているのかすら分からない。だって青いし。


 おいしくないという訳ではないが、ちょっとはっきりしない味だ。


 焼きパスタを食べていると、見る間に日が沈んでいく。


 夕暮れ時のエメラルドビーチは味わいのある光景だった。


 鮮やかなエメラルドグリーンが空から差し込む夕日に彩られ、徐々に緑色があせていく。


 数分の間に綺麗な緑色が無くなり、海は漆黒に染まりつつあった。先ほどまでの光景が、まるで全て幻想だったかのようだ。


 でもまた日が昇れば、この海は鮮やかなエメラルドグリーンを取り戻すのだろう。


 暗く染まりつつある海を眺めながら、トロピカルジュースをもう一口飲んでみた。


 あいかわらずはっきりとしない味だが、なんだかこの光景に妙に合った味わいのような感じがした。


 多分、気のせい。

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