35話、伝統的な砂漠パン
砂だらけの砂漠地帯は一見何も無いように見えて、実は観光スポットがある。
それがピラミッドと呼ばれる四角錐状の建築物だ。
このピラミッドと呼ばれる建築物は、長方形の砂岩を規則正しく積み上げてできており、町の近く辺りに複数点在している。
今私とライラはルシャの町近くにあるピラミッドを観光していた。
「すごーい、大きいー」
ライラがピラミッドを見上げて間の抜けた声を出した。
確かにピラミッドは大きい。そこらの家の何倍もの高さがあり、見上げているだけで首が痛くなってくる。
明らかに人工的に作られているピラミッドだが、砂漠地帯の人々によると、いまだに誰が何のために作ったのかはっきりと分かっていないようだ。
今までに何度か調査が行われていて、日時計だとか方位を示すためのものだとか、あるいはなにも無い砂漠に作った目印とも、領土を主張する示威用建築物などなど、色々説が生まれている。
しかしはっきりとしたことは結局分からずじまいで、今でも定期的に調査されているようだ。
ちなみに魔力の気配は感じないので、あのオアシスのような魔術遺産でもない。何を考えて作ったのか、本当に不思議。
そんな謎の多いピラミッドには色々と変な噂があり、ピラミッドの頂上に登ると体調が良くなるとか、運気が上がるとか言われている。いわゆるパワースポット扱いだ。
ここに来る観光客の多くは、ピラミッドの謎パワーにあやかるのが目的らしい。
正直訳の分からない妙な建築物の頂上に到達したところで運気があがるとは思えないのだが……次々とピラミッドに登っていく観光客たちを見ていると、なんだか私も登ってみようかなという気になってくる。
「よし、ちょっとだけ登ってみようかな」
「なら私はリリアを応援するわ」
ライラは私の肩にちょこんと座り込んだ。
……どうやら飛んで一緒に登頂しようという気はさらさらないらしい。まあいいけど。
ピラミッドに登るため接近してみると、その大きさをあらためて目の当たりにする。
ピラミッドを構成する長方形の砂岩、その一個一個はかなり大きく、私の体の約半分くらいもあった。
これどうやって登るんだ……?
周りの観光客を見ると、皆手で砂岩のはしを掴んで体を安定させ、大きく上げた片足を砂岩にひっかけそのまま勢いよく登っていた。
なんだあの激しい運動……足が引きちぎれそう。
私より背が高い人たちでもそんな強引に登るのだから、私の場合はもっと不恰好になる。
砂岩に両手をついて、自分の体を支え上げるようにして上半身から勢いよく乗り込み、そのまま横に転がるようにして砂岩の上に体を投げ出して、ようやく一段。
もはや登るのではなく乗り上げるといった感じ。肩に座っていたライラもたまらず離れてしまっていた。
たった一段乗り上げただけで息があがり、疲労感が全身を襲う。
「はぁ、はぁ……よし、諦めよう」
「早っ。まだ私応援すらしてないわよ?」
これは応援でどうこうなる運動ではない。むしろ苦行。ピラミッドの頂上までこの動きを繰り返したら、おそらく私は一週間筋肉痛で動けなくなる。
ピラミッドは見て楽しむものだ……頂上に満ちる謎パワーなんて忘れてしまえ。
登頂を諦めた私はおっかなびっくりピラミッドから降り、頬の汗をぬぐった。
「ふぅ……なんか動いたらお腹空いたかも」
「あんな妙な動きを一回しただけでお腹が空くって、どういう体をしているの?」
ライラに呆れられるも、お腹が空いてしまったのだからしかたない。
だいたいそろそろお昼時だし、ライラだってお腹が空く頃のはずだ。
ピラミッドは観光スポットになっているので、この辺りは観光客相手に商売する露店が多い。なので食べ物や飲み物に不自由することはなかった。
お昼時になると観光客が昼食を求めて露店に集まるので、ピラミッド周辺の賑わいは一際過熱する。
特に観光客に人気な食べ物が、この砂漠地帯では伝統的なパン、通称砂漠パンと呼ばれるものだ。
砂漠パンは発酵させた生地の状態で売られていて、自らそれを調理する物だ。
その調理の仕方が一風変わっていて、それが観光客にうけているらしい。
砂漠パンの調理にはこの砂漠の砂を使う。なんと太陽光で熱された砂に生地を埋め、その上でたき火をし、砂の熱で焼き上げるというのだ。
砂に埋めるって正直どうなの……と思わないでもないが、伝統的というだけあってまだ文明が未発達な頃を想像させる調理法だ。
今回は怖い物見たさでこの砂漠パンを食べてみることにした。
適当な露店で砂漠パンの生地を購入し、人が少ない場所を選んでしゃがみこむ。
そして砂の上に砂漠パンの生地を置き、砂を寄せ集めて埋めていった。
「……リリア、何をしているの? この暑さでおかしくなってしまったの?」
その様子を見ていたライラが、呆然とした声を出した。
確かにいきなりパン生地を砂に埋めるとか、はたから見ていたらとても正気の沙汰とは思えないだろう。
「おかしくなってないから、正常だから」
ライラに言いながら、生地を産めた砂の上で火を起こす。ちなみにたき火用の木材と火打石なども露店で売っている。私は魔術で火を起こせるが、観光客は買うしかないだろう。ちゃっかりしている。
ライラはたき火をおこした私を見て、嘆くような声を出した。
「こんな暑い中たき火をするなんて、どうかしてるわ。きっとリリアの脳は溶けてしまったのね。かわいそう。」
「これはこういう調理法なの! 私正常だから! ほら、他の人も皆こうしてるじゃない」
私に言われてライラは周囲を見回した。
周りには私と同じく砂漠パンを調理する人がちらほらいる。
「……本当だわ。皆狂っちゃってる」
「狂ってないって―の!」
段々ダイレクトな表現になるのは止めて欲しい。
そしてこんなアホみたいに暑い中で大声を出したものだから、一気に体が熱を持って汗が噴き出てきた。やばい暑い。いや、熱い。
ハンカチを取り出して汗をぬぐっていると、ライラが悲しげな目で私を見ていた。
「かわいそうなリリア……汗をかくくらい暑いのなら、たき火を消したらいいのに……もうそんな知能も残ってないのね。でも大丈夫よ、脳が溶けてもきっと冷やせば固まるから」
……この妖精、人間を何だと思っているのだろうか。
暑すぎてもう言い返す気力もなかったので、私はうなだれて砂漠パンが焼けるのをひたすらに待った。
焼き上げ時間はおよそ二十分。それくらいの時間が経った頃に火を消し、熱が収まるまで更に十分ほど待った。
それから木の棒で砂をかきわけ、焼けた砂漠パンを取り出した。
適当なタオルを砂の上に敷き、そこに砂漠パンを乗せてみる。砂漠パンは普通サイズのピザ程の大きさなので、私が持っている食器に乗りきらない。なのでしかたなく清潔なタオルの上に置いたのだ。……雑。
まあそもそも、砂に埋めて焼くというパンなのであまり見た目を気にしてもしかたないところではあった。
焼き上がった砂漠パンは、見た目は意外にも普通だ。砂に埋めていたのに、砂は特に付着していなかった。薄く広がった砂漠パンの表面はこんがりと焼けていて、ところどころ茶色がかっていた。
熱々の砂漠パンをちぎって、一口食べてみる。
高温の砂で焼いたからか、表面がカリカリとした食感だ。中の方はやや柔らかいが、普通のパンのようにもっちりとした食感ではない。
砂漠パンはヨーグルトが使われているらしく、ほのかな甘みがある。
これはなんというか、パンというよりもスコーンに近いかもしれない。紅茶と合いそう。
先ほどまで砂に埋まっていた砂漠パンをもくもくと食べる私の姿はライラの目にどう映ったのか、彼女の口は半開きになっていた。
「ライラも食べなよ、おいしいよ」
「……砂に埋まってたのを普通食べる? ちょっとどうかしてると思うわ」
自然と共に生きる妖精でも、砂に埋めた食べ物にはやや抵抗があるらしい。気持ちはわかるけどね。
「大丈夫だって、これはこういう調理法のパンなんだから。食べてみたけど砂の味はしないし、高温で焼いてあるから雑菌とかもないと思うよ。……多分」
「……まあ、リリアが食べているなら大丈夫だとは思うけど……」
私がちぎった砂漠パンを差し出すと、ライラはしぶしぶそれを手に取った。
そして意を決して口の中にいれる。もぐもぐと口を動かすライラの表情が一瞬くもった。
「今砂を噛んだ音がしたわ」
「……そういう時もあるよ」
言いながら食べていたら、私もジャリっとした音を感じた。
どうやら見た目では分からないが、若干砂がついていたらしい。
まあ、砂に埋めて焼いてあるから多少はしかたないよね。
炎天下の中、焼き立ての熱いパンを食べていく。
昔の人もこんな暑い中でこの砂漠パンを食べていたのだろうか……砂漠の中で生きるのって、大変だったんだろうな。
多分私だったらすぐ砂漠から逃げ出してる。だって暑いもん。
砂漠地帯に住んでいたかつての人々の生活を想像させる砂漠パンは、伝統的という名にふさわしいものだった。
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