30話、リリスのハーブティー

 お昼を食べた後歩き続けること約三時間。


 ヘレンを出発してしばらくは植物が豊富だった街道の脇は、明らかにその数を減らしていた。


 赤色が濃かった土も黄土色の乾燥した物になり、時折風で舞い上がり空を黄色に染める。


 数を減らした植物たちは淡く薄い緑色になり、生気があまり感じられない。


 朝からどれだけ歩いたことか。どうやらそろそろ乾燥地帯に差しかかってきた頃合いの様だ。


 乾燥地帯と言うだけあって空気も結構乾いている。私は喉の渇きを覚えていた。


 そういえばお昼に紅茶を飲まなかった。あれから水分を補給していないし、そろそろ休憩を挟んで水分を取ろう。


 どうせ水分を取るなら、ただ水を飲むより味も楽しみたい。そんなことを思うのは、お昼に紅茶を飲みそこなったからだろうか。


 時刻は三時を少し過ぎた頃。ちょっとしたティータイムとしゃれ込もう。


「ライラ、一度この辺りで休憩しよう」


 呼びかけると、ライラは羽根を羽ばたかせて私の目の前にやってきた。


「休憩? 私別に疲れてないけど」


 それはそうだろう。だってライラは私の帽子のつばに座り込んで全く飛んでないんだもん。


 赤く長い髪に、燃えるような真っ赤な目をしたこの妖精の名はライラ。つい数時間ほど前に出会い、私の旅にくっついてきた変な妖精だ。


 妖精は人見知りな上警戒心が強い。だから人間である私についてくるのはかなり珍しいことだ。


 私はこの奇態な同伴者へどう接していいのかまだはかりかねていた。


 ……人見知りなのは妖精だけでなく私の方もみたいだ。


「ライラは自分の羽根を使ってないから疲れてないだろうけど、私はずっと歩いてたんだよ。私体力少ないから正直もうくたくたなの」

「体力が少ないなら箒に乗ればいいのに。リリアって変な魔女ね」


 うぐっ。なんか痛いところ刺してきた。


「いやほら、箒に乗ったら確かに楽だよ? でもなんか旅って感じがしないじゃん。ただの旅行になっちゃうじゃん」

「ふーん、リリアにはリリアなりのこだわりがあるのね」

「そう、こだわりってのが人間には重要なの。こだわりというか自分の中のルールっていうのかな。ライラも自分なりのこだわりを持ってみれば? 具体的には自分の羽根で飛ぶとか……」

「嫌よ、だってリリアの帽子は座り心地がいいんだもの」


 それでこの妖精私の帽子から座って離れないのか。


 大切な魔女帽子も妖精からしたら椅子の代用品でしか無いことにちょっと悲しみを覚える。


 でもまあ、いっか。妖精は見た目以上に体重が軽いし、事実帽子に乗られていても全然重さを感じなかった。


 特に私の負担になってないなら別にこだわることもない。それにライラも帽子に座っているのが気に入ったようだし。


 とにかく、今はひとまず休憩休憩。早くお茶を淹れて喉をうるおしたい。


 脇道にちょうど腰かけになりそうな石があったので、それに腰を落ち着けてお茶を淹れる準備に取り掛かった。


 野外でお茶を淹れるのはもう慣れたものだ。


 ケトルに水を注いで、魔術で火を起こして、テレキネシスでケトルを火の上に静止。後は放っておけばお湯が沸く。


「すごーい、リリア魔女みたい」

「……魔女だからね」


 手慣れた一連の作業を見て、ライラは称賛を口にした。パタパタと羽根を羽ばたかせて、楽しそうでもある。


 そんなライラの様子を見て、ふと思った。今日は紅茶じゃなくて違うお茶を淹れてみよう。妖精の彼女が喜ぶようなお茶を。


 そのための材料が、つい先ほど手に入っている。


「ライラって好きなお茶とかある?」

「私お茶なんて飲んだことないわ」


 やっぱりそうだったか。そもそもをして、妖精は魔力さえあれば生きられるので飲食をすることはない。


 でも妖精は時折花の蜜を吸っていると言われることがあるので、飲食をする必要はなくても飲食自体は嫌いではないはずだ。


 現にライラはおいしい物が食べられるかもという理由で私についてきているし。


「よし、じゃあ今日はライラに出会った記念として、ライラが喜びそうなお茶でも淹れてみるよ」

「あら、リリアってそういう気遣いができるくらいにはレディーなのね」


 ……あれ、この妖精めちゃくちゃ上から目線だったりしない?


 こう見えて私は大人だと言い返しかけたが、妖精に年齢のことを言っても不毛なので止めておいた。


 ……下手すると生きた年数では私より上かも知れないしね。妖精って魔力があれば半永久的に生きるし……そもそも死の概念が希薄だし……。


「それで、どういうお茶を淹れてくれるの?」


 ライラは興味津々といった風に私の手元に近づいて来た。


「それはねぇ……これ、リリスのお茶」


 私が鞄から取り出したリリスの花を見て、ライラはびくっとした。


「私その花嫌い」


 ライラはぷいっと顔を背けてすねた声を出した。


 ライラの気持ちは分かる。リリスの花は周囲の魔力を吸収する性質があり、うっかり近づいた妖精は痛い目を見るのだ。


 でも魔女の私からしたらリリスの花は貴重な物だ。魔法薬の材料に使えるし、それに何か私と名前も似てる。


「摘み取ったらもう魔力を吸収しないから大丈夫よ」


 警戒して私から距離を取ったライラに優しく言うと、彼女は少しだけ近づいてきてくれた。


 リリスの花びらをちぎり、沸いたお湯の中に入れていく。こうやってリリスの花でお茶を作ろうというのだ。


「そんな花でおいしいお茶ができるとは思わないわ」

「さあ、どうだろうね。多分大丈夫だと思うけど……」


 実際花でお茶を淹れるのはそんなに珍しいことではない。そこまで失敗することはないはずだ。


 リリスの花びらが沈んだお湯は、じわじわと紫色に変色していく。


 数分した頃には鮮やかな紫色のお茶が出来ていた。このことから分かるように、黒色に見えるリリスの花は実は濃い紫色なのだ。


 これでリリスのハーブティーが完成だ。


「よし、後はコップに注いで……と。あ、ライラのコップはないから、今はケトルの蓋で我慢してね。今度買っておくから」


 ライラにリリスのハーブティーを注いだケトルの蓋を差し出すと、彼女はおっかなびっくりそれを抱え上げた。


「本当においしいの……?」

「さあ……? 私も飲んだことないから分からない。でも多分ライラには合うと思うよ」

「なんの確証があってそう言ってるのかしら……」


 不安そうにするライラだったが、彼女は意を決したように目をつぶってハーブティーを一口飲んだ。


 ごくん、と喉を鳴らす小さな音がかすかに聞こえた。


 ライラはゆっくり目を開け、首を傾げながらもう一度ハーブティーに口をつけた。


「……おいしい。これおいしいわよ、リリア」


 ライラは顔を明るくしてそう言った。


 やっぱりリリスのハーブティーはライラのお気に召したようだ。


 実はこれ、リリスの花を使って魔法薬の材料を作る手順と全く同じだったりする。


 リリスの花は取りこんだ魔力を花びらに集める習性があり、鮮やかな黒色(実際は紫だが)をしているほど大量の魔力を集めている。


 そのリリスの花から魔力を抽出するには、お湯に数分ひたす必要があるのだ。


 つまりこのリリスのハーブティーには魔力がふんだんに含まれていることになる。魔力で形成されている妖精なら気に入るだろうと私は予想していたのだ。


 本来この魔力が溶け込んだリリスの抽出水は、そのまま他の材料と混ぜて魔法薬とする。


 だけど私は、このリリスの抽出水を作るたびにこう思っていたのだ。


 製法がハーブティーとかのお茶と一緒だし、このまま飲めば普通にお茶としておいしいんじゃないのこれ、と。


 今までは魔法薬のために作っていたから飲む機会が無かったし、平時にわざわざ作って飲むほどの好奇心もない。普通のお茶で十分おいしいもん。


 なので妖精のライラと出会わなければ、このリリスのハーブティーを作ろうとは思わなかっただろう。


 さて、私もそろそろ味わってみるとしよう。


 リリスのハーブティーを一口、口に含んでみる。


 ……。


 …………。


「なにこれまっず」


 じっくりと味わって飲みこんだ後、私の口から出た感想はそれだった。


 なんか薄いし渋いし苦いし匂いも変だし、はっきり言ってまずい。


「なに言ってるのリリア。とってもおいしいじゃない」


 ライラはぐびぐびとリリスのハーブティーを飲んでいた。とても嘘をついているようには見えない。


 その様子を見ていると、まずいと感じた私が間違っているみたいだ。


 改めてもう一度飲んでみる。


 うん、まずい。


「まずい、これまずい。このお茶に気を使って言うと、おいしくない」

「リリアったら、このおいしさが分からないなんてお子様なのね」


 また上から言われてしまったが、まずいものはまずい。


 多分ライラは魔力がたくさん摂取できるからお気に召しているのだろう。……いや、だとするとこんなにおいしそうにするのが分からない。魔力は味覚に影響しないはずだ。


 だとすれば、これは単純に妖精の味覚に合ったお茶だったということなのだろうか。


 なんだか私にとっては残念なハーブティーになってしまったが、ライラがおいしいと言うのなら……ま、いっか。


 嬉しそうにハーブティーを飲むライラを見ていると、なんだかこっちも嬉しくなる。一人で食事をしていた時には味わえない感覚だ。


 ライラがおいしそうに飲むのを眺めながら、私はまたハーブティーに口をつけてみた。


 やっぱまずい。

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