3話、森の中で野宿ご飯

 ケルンの町を後にした私は、最寄りの町へ向かうためまた森の中に入っていた。


 この森をなんか適当に半日歩けば最寄り町に出るはずだ。多分。


 そしてお昼すぎに出発した後から半日も歩かなければいけないということは、森の中をさまよっている間に夜になるということだ。


 ……そう、今は夜だった。あまり深く考えていなかったが、今日はこのまま森の中で野宿しなければいけない。


 正直私は大分気分が落ち込んでいた。だって、永遠の十五歳の魔女が森で野宿って。森の中で迎える夜は暗いし、気持ちが盛り下がるのは当然だろう。


 でも旅をするならいつか野宿は避けられない。それが早く来ただけのことだと私は思い直し、どうやって森の中で夜を過ごそうかと頭を切り替え考える。


 幸い、というか私にとっては当然なのだが、私は魔女だ。だから魔術はそこそこ扱える。気配を遮断して野生動物に気づかれないようにしたり、魔力を媒介にして何もないところに火を起こすなんて朝飯前。


 私は暗くなってきた頃合いに木々の密度が薄くぽっかりと開いた場所を発見していて、そこで野宿することに決めていた。


 外で夜を過ごすのにやはり火は欠かせない。私は早速魔術で火を起こすことにした。


 手を地面に向け、体内に流れる魔力を調整していく。そのうちに何も無い地面に火が沸き起こった。


 魔術による火は自然現象で起こる火とは厳密には性質が違うが、熱と光は発しているので周囲を明るく照らしたり物を焼いたりするのに問題はない。


 暗い夜でも火があると一気に周囲が明るくなる。とりあえずこれで一安心だ。光があるというだけで心理的に安心できるのは、人の本能なのだろうか。


 魔術によって作った火は温度も自由に調節できる。夜の肌寒さをかき消す程の熱は心地よく、私はうつらうつらと船をこいでいた。


 しかしお腹がぐぅと鳴りだして目を覚ます。危ない、夕飯を食べる前に寝ちゃうところだった。


 軽く伸びをして眠気を払拭した私は、夕食の準備に取りかかることにした。


 まず、ケルンの町で買っていた保存食を鞄から取り出した。この中から適当に食べる物を選ぶことにする。


「これとこれにしようかな。相性良さそうだし」


 今日食べると決めたのは、塩漬けされたお肉と乾燥させて長期保存できるようにしたパサパサのパンだ。


 売っていた露店の人に聞けば、塩漬けされたお肉は軽く火を通せばいいらしい。乾燥パンはそのまま食べて大丈夫とのこと。


 なのでひとまず塩漬けお肉を食べてみよう。


 塩漬け肉は結構大きい。私の手に乗せるとその大きさが分かる。なかなかのお値段だったが、それに見合うボリュームだ。


 一応家から持ってきた小型ナイフがあるにはあったが、大きい肉を切るのには適していない。ここは魔女らしく魔術で切ってみるのもいいだろう。


「風の刃を起こすには……あー……詠唱とか忘れたけど、大丈夫か」


 魔術を使うために魔力を調整する際、詠唱があるとやりやすい。


 しかし普段ほとんど魔術を使わない私は、うっかり詠唱の内容を忘れてしまっていた。


 とはいえ、詠唱無しで魔力を調整できるならなにも問題なかったりする。


 そこそこ魔術を扱いなれた魔女なら、無詠唱で魔術を発動するのは珍しいことじゃない。普段魔術を使わない私でも、火を起こす程度なら無詠唱で簡単だったし。


 少し息を吸って、ゆっくりと吐きだす。呼吸と共に魔力を体に循環させるイメージを思い描き、周囲の風を感じ取っていくのだ。


 そのまま、体内に集った魔力を周囲に広げていく。魔力が拡散してしまわないように慎重に、集中して。


 そして私の魔力が風をとらえた瞬間、魔術を発動させる。


 鋭い風切り音が一つ響いた。瞬間的に起こした規模の小さい強風が風の刃と化し、塩漬け肉を切り分けていく。いわゆるカマイタチというやつだ。


「おー、これ久しぶりに使ったけどいい感じじゃん」


 ここ数年は魔法薬ばかり作っていて魔術なんてまともに使ってなかったけど、やれば結構できるものだ。


 切り分けた塩漬け肉を一切れ念動力で持ち上げる。


 念動力はテレキネシスとも言われ、魔力を操作して物を持ち上げたりする便利な魔術だ。


 テレキネシスで持ち上げた塩漬け肉一切れを、そのまま火の中に放り入れて静止させる。


 はたから見ると勝手に肉が切れて勝手に火の中に入り込む異様な光景だろう。まるで全自動で肉が焼かれているように見えるかもしれない。


 でもこれ全部人力だから。私すごくがんばってるから。


「……そろそろいいかな?」


 火力を調節しつつじわじわと塩漬け肉を焼き続け、勘でそろそろ焼けたかなと思った頃合いに引き寄せる。


 焼けた塩漬け肉からは、いい感じにおいしそうな匂いが漂ってきていた。その匂いを嗅ぐだけでお腹が空いていくようだ。


 火から取り出したばかりで熱そうなので、風を引き起こして軽く熱を冷ましてやる。


 焼けたお肉がちょうどいい温度になったかなと思ったところで、私はそのまま一口噛りついてみた。


 うわ、なにこれ、しょっぱい。


 塩漬けされたお肉だから当然なのだろうが、塩分がかなりすごい。私の口内は一気に塩辛さで満たされてしまった。


 塩辛さから逃げるように、思わず乾燥パンを一口かじる。


 するとパサパサの味気ないパンが肉のしょっぱさを中和してくれて、いい感じにおいしかった。


 だけど、今度は口の中の水分が持ってかれて喉が渇いてしまう。


 乾燥したパンのせいもあるが、塩気の強いお肉だから一気に口の水分が無くなってしまうのだ。


 喉の渇きを潤そうと、私は鞄からある物を取り出した。


 それは何の変哲もない水筒だ。これにはケルンの町の井戸から汲んできた水が入っている。旅をするなら水の確保は大事だ。次の町まではこの水筒分の水分があれば大丈夫だろうが、もうちょっと大きいサイズも調達しておいた方がいいかもしれない。


 蓋をあけ一口飲むと、乾いた口の中が潤ってすっきりする。ついでに肉の塩気と油っぽさも綺麗に無くなっていった。


「うーん、美味しいけど塩辛いなぁ」


 塩分が補給できて長旅にはいいかもしれないが、慣れていないとこのしょっぱさは辛い。


 そういえば、水で煮ると余分な塩分が抜け出ると露店の人が言っていたような気がする。


 私はまたもや鞄を漁り、筒状のケトルを取り出した。


 それに水を入れ、塩漬け肉も数切れ放り込んだ。


 そしてテレキネシスで操作し、火の上で静止させる。


 これでしばらく煮れば塩気もマシになるだろう。あともしかしたら肉の塩分と一緒に出汁的な何かしらの成分が出てきて、スープが出来上がるかもしれない。


 そうなったら乾燥パンをスープにひたして食べてみよう。


 ちょっとわくわくしながらお肉を煮ること数分。


 ぐつぐつと煮え立つケトルを火から遠ざけ、中を確認してみる。


 肉の余分な塩分が出たせいか、煮汁は白く濁っていた。ここに出汁的な要素ははたして含まれているのだろうか。ちょっと不安だ。


 ひとまず煮た肉を一口食べることにする。思えばフォークなどの食器類を持っていないので、今回は全部テレキネシスで口に運ぶとしよう。


 煮られたての熱々塩漬け肉を一口。焼いた時とは違って、かなり柔らかくなっていた。私はゆっくりと味わうように咀嚼する。


 ……うん、結構おいしいかも。しょっぱさが無くなっていい塩梅だ。それに煮たからお肉が柔らかくなって、噛むたびに水分が溢れてくる。そこにほんのり肉の味わいが溶け出ていた。


 これならば、おそらくこの肉を煮た水はスープになっているはずだ。


 期待を胸に私はケトルに口をつけた。


 熱いので火傷をしないように少しだけ口に含む。


 そのまますぐ飲み込まず、しばらく舌の上でころがしてみる。味があるのか確認したかったのだ。


「んー……んんー……薄い」


 塩漬け肉の煮汁には、残念ながらスープと呼べるほどの味はなかった。


 しかし一応塩気もありお肉の風味が若干残っているので、乾燥したパンをそのまま食べるよりはこちらにひたして一緒に食べる方が良さそうだ。


「あ、この煮た肉をパンに乗っけるのもいいんじゃない?」


 思い立ったと同時にやってみる。


 普通のパンなら煮た塩漬け肉の水分のせいでべちゃっとするだろうが、乾燥したパンなら問題ない。


 食べてみると、お肉に含まれた水分が乾燥パンの硬さをやわらげ、なかなか悪くなかった。


 夜になった森は静かで、耳を澄ましても虫の小さい鳴き声しか聞こえない。


 それを聞きながら取る食事は結構不思議なものだ。自然の中で生きているという気がする。こういう晩御飯もたまにはありかもしれない。


 でもやっぱり、お店で出るしっかりした料理が食べたいなと思った私だった。

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