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革ジャンは
ロッカーはバネ仕掛けのように戻り、背後で階段を隠した。
突き当りの扉を開くと、中小企業の事務所ふうの部屋が現れた。寄せ合わせた机の一隅で、グレーの作業着姿の女性がキイボードを叩いている。奥の机にはヒゲづらの男が居た。
革ジャンは壁際の長椅子にシュウを下ろした。
ヒゲの男は脚が悪いらしい。座る椅子は電動車椅子だ。その男が口を開いた。「ひどい有様だな、ブーステッドマン」
今日は懐かしい声ばかり聞く。
「コクマー……か?」
ポッテリした唇が、肯定するように、ヒゲの中で笑った。
ユダヤ教神秘主義で〈知恵〉を意味する〈コクマー〉。そう名乗るのは、サイバー系反政府組織〈Wake up!〉のリーダーだ。出会った数年前、彼は未成年で、つるりとした頬にヒゲは無かった。
カルト集団〈幸福教団〉を壊滅するため、教団を攻撃する〈Wake up!〉とシュウは組んだ。政府の仇敵であろうと、敵の敵は味方だ。
「顔がズタズタじゃないか。男前が台無しだ。足もひどそうだし。医者が必要か?」
顔に手をやる。衝撃波に切り裂かれた幾筋もの切創は、既に凝血している。
「医者は要らない。寝かせてくれ。睡眠さえとれば自力で治せる」
「ナノマシン・ドクターか。便利なものだ。あいにく柔らかなベッドは無いが」
「この椅子で充分だ」
「そうか。安全は保障する。ぐっすり眠ればいい」
女性がバスタオルとジャージを手渡してくれた。着替えやすいように部屋を出ていく。
乾いた衣類に替える。濡れネズミから解放されると、どっと疲労が襲ってきた。
長椅子に横になる。闇へ引きずり込まれるように眠りに落ちた。
*
目覚めると天井の照明が目に飛び込んできた。上掛けの中から身を起こした。
部屋にはコクマーひとりだ。
「どれくらい寝てた?」びっしょり汗をかいている。体内のナノマシンが治療に動き回り、老廃物を排出したせいだ。
「まる一日とちょっと。気分はどうだ?」
「だいぶいい。感謝するよ」
「すごいな、顔の傷が目立たなくなっている。なるほど、人間どもが怖れをなすわけだ。シャワー浴びてこい。ハナシはそれからだ」
シャワー室には下着の替えとこの会社の作業着が用意されていた。
熱いシャワーが心地よい。左足首の痛みも和らいでいる。
着替えを済ませ、コクマーに向き合う形で椅子に掛けた。
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