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「ブーステッドってのさ、ナノマシンとか誤作動してヒトを襲うんでしょ?」

「らしいね。頭がイカれて被害妄想になって、逃げ廻ってるんだって」

「頭だけじゃなくて、治療しないと癌になるらしい。白血病とか。すんなり出頭すれば公費で治療できるのにね」

「その辺ウロウロしてるのかな」

「でも、それらしいの目撃したらラッキーかも。保健所に感謝金とかいうの出るし」

「このお店で呑んでたりしてね」

 うふふ、と二人連れは笑った。

 隣接するテーブルの会話を聞きながら、シュウは徳利を傾ける。

 ――そう。ブーステッドはすぐ隣に居るよ。

 さまざまなデマと宣伝の垂れ流しにより、民衆は共通の認識を刷り込まれている。〈ブーステッドは危険だ〉、〈ブーステッドはコワイ〉。やがてそれは〈ブーステッドは敵だ〉に行き着くだろう。

 政府がマスコミと組んで民衆の意識を誘導する。ヒトラーの手法だ。をこしらえ国民を闘争に向かわせる。この国も、共通の敵を設定し、今やない。

 テレビでは、コメンテーターの解説に政府広報が続いた。

「ブーステッド処置を受けた方々にお伝えいたします。あなた方に重篤な不適合症状が発症する怖れがあります。放置すると危険です。公的医療機関で、責任をもって治療いたします。今すぐご連絡ください。また、ブーステッド処置者を見かけられた方はお知らせください。専門スタッフが対応いたします」

 画面下にテロップが流れる。

 〈連絡先:0120-***-***/osakacitynet@*****〉

 格子戸がスライドし、でっぷり太った婦人が入店してきた。けばいツバ広帽子をかぶっている。赤黒のジャケットにフレアパンツ。入口ちかくのカウンター席に掛けた。シュウと背中合わせだ。

(久しぶり。元気にしてる?)ナノマシン通信が背のむこうから届く。

 公方くぼう 未有みう。約束の時刻より10分遅い。

(ずいぶん太りましたね、未有さん)

(ボディスーツにクッション詰め込んでるの)

(けっこう似合ってますよ)

(覚えてらっしゃい)

 シュウは手を挙げて熱燗を追加した。15分待って逢えなければ、お互い店を出る段取りだった。

(渡部がやられたわ、今日)

 猪口ちょこを運ぶ手が止まった。エージェント同士が顔を合わせることは稀だが、逢ったことがある。同世代。額に傷痕のある男だった。交差点で捕まったのが、その渡部だったとは。


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