P.09

 返事もせずベンケイは受話器を戻す。

「上にヘリポートがあります。ここから直通で行ける」部屋の壁まで進む。

 シュウも続いた。

 壁紙模様にまぎれたドアをスライドさせると、急勾配の階段が現れた。

「用意がいいんだな」

「アニキと修羅場をくぐり抜けてきた。出口を一つにしておくほどマヌケじゃないっスよ」

 屋上へ出ると、強い風が服をはためかせた。

 Hマーク上に小型ヘリが待機している。

 運転席に向かうシュウをベンケイが制した。「オレが飛ばします。ライセンス持ってます」

 メインブレードが回転し、機体が浮き上がる。

 離陸と同時に、斜め後方から接近するヘリ一機を視認した。

「来たな。都警のやつじゃない。米軍機だ。ネオアパッチ!」

「くそう、撃墜する気か」ベンケイはスティックを大きく切る。

 プライベート・ヘリでは逃げきれない。性能が違い過ぎる。しかも相手はチェーン・ガンやロケット弾を装備している。

「市街では手を出さない。あわてるな。低空でビルすれすれに飛べ」

「了解」

「この機は自動操縦オートパイロットを積んでいるな?」

「もちろん。どうする気です」

「途中で飛び降りる。機体は大阪湾まで飛ばして棄てる」

「オーケー。久しぶりの緊張感だぜ」

 シュウは葉巻型小型ロボ〈ジョーカー〉を取り出す。体内ナノマシンとリンクする万能アイテムだ。

 窓を開けて放り投げ、起動した。

 ジョーカーの背から透明なプロペラが現れ、追尾するネオアパッチに向いて飛んだ。

 シュウの視野にサブウインドウが開く。ジョーカーのレンズを通した映像が送信されてくる。

 ジョーカーは全速後退で接触の衝撃を抑え、ネオアパッチのフロントガラスにへばり付いた。

 妙な付着物にパイロット二人がのけぞる。

 ジョーカーはスクリーンを投影した。パイロットに向けメッセージを表示する──

 〈追跡を中止し撤退せよ。応じなければ、この付着物は爆発する。3時方向へ旋回すれば了承と見なす。猶予は10秒〉

 ジョーカーに自壊機能はあるが、あくまで証拠隠滅のためだ。発動したところでガラスには傷も付かない。ブラフだ。

 パイロット同士がわめき合う。付着物の小ささに、案の定ブラフかと疑っている。

 スクリーン表示の〈10〉が数字を減らし始めた。

 ゼロ課の装備品は得体が知れない。それが余計に恐怖を積み上げる。

 こちらの身辺調査書に目を通していれば、恐怖は倍加するだろう。そこにはこう記されていたはずだ。

 〈景宮 周。この男は何をしでかすかわからない〉 

 数字が〈3〉に減った時、ネオアパッチは方向転換した。

 賭けに勝った。


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