デリヘル上納

藤原翔平

第1話

「ダル助よぉ、ボス村さんいつも飲み会奢ってくれてるからお前今度女ァ連れてこいよな。」

女を上納しろ。この国の義務は納税勤労教育なんだ。この事務所じゃァ女ァ納税すんだよ!

耳を疑った。いま令和だよな?女の人をモノ扱いする?オッサンたちのノリについていけなかった。

「えっ……と、上納ってちょっと冗談キツイですよ」とやんわりと返すと一斉に先輩方が笑う。

「なんだぁお前ェ!?女々しいなぁ!?いやむしろお前女か!?付いてんのかのそれで!」

とこれまた下品に返されてしまった。

人を笑わせるのが好きでこの業界に入ったけど、どうも俺は事務所ガチャに外れたらしい。早いとこリセマラすればよかった。有名事務所のブランド力にすがってしまってここまで引きずってきた。とはいえライブに出させてもらえるようになったし地方局番組のロケにも出させてもらえた。この掴んだチャンスを逃すのは惜しい。惜しいけれど。

愛想笑いで返すしかなかった。この人たちを怒らせると「教育」が待ってるから逆らえない。モラルも無ければ情けもない。

それに女の子の友達も知り合いもないし彼女もいたことないから紹介することなんて出来ない。ましてや「上納」だなんて。要するに体目的である。寝れる女を用意しろという意味。女友達がいたとしてもその子を売るなんてとても出来ない。

「お前、連れてくるならちゃんとしたやつにしろよ。直前になって嫌がる女とかそういう『不具合』勘弁ならんからな。今は同意がナンタラうるさいしな。」


『直前に嫌がらない』女性か。都合良すぎるな。風俗を頼ればいいだろうか。俺一度も利用したことないんだけどな。というか客が俺自身じゃなくても頼めるのかな?



ボス村さんと宅飲み兼「女性を上納」する約束の日の夕方。

なんとかしてデリヘルに頼ることができた。

嬢はひとみさんという人だ。おしゃれでふわふわひらひらしてるなーってところ以外は案外普通の女の人っぽい。風俗嬢って近寄りがたいかと思ってたけど気さくに挨拶してくれた。優しそうでよかった。

「もしかしてテレビに出てましたか?」とか訊かれるかなーと少し思ったけどそんなことなかった。俺って無名なんだなぁ。「ども!ピン芸人の達磨ダル助っていいます!以後お見知り置きを!」……とは言わないでおこう。

「あの!俺がやりたいわけじゃないんですけど、あの、上司が客なんですけど、だけど素人のフ、フリをッ…してほしいんですけど、」と噛みそうになりながら説明した。

「うちの上司、女の人を『上納』させるんです。なんか俺そういうの気味悪くて、だから風俗の人ならお金払ってお願いできるしフェアトレードかなって。」

詳細出し過ぎかなと思った。だけど自分の中に押し込めたままなのが耐えきれなくて聞いてもらった。

ひとみさんは嫌がることなくにまにまとしている。

「へぇ〜。真面目なんだね。」

「そんなことないです!真面目だったらあんな事務所から逃げてます。てゆか引きますよ。うちの上司ってかほんとは上司じゃなくて、その、芸能人のぉ…先輩なんですけど今夜お願いする相手、テレビでも有名な人です。テレビでのイメージ違くてドン引きすると思います。俺も業界入って一番引きました。」

「だれなの?周り聞かれたらヤバいだろうから小さい声で教えて?」

ひとみさんの耳元でこっそり告げる。こんな距離で女の人と話したことないなと思いつつもボス村さんへの恐怖のが勝ってそういう意味で緊張した。

「へ……へぇ……やばいね。」

頷いて返す。

「こんなことさせて申し訳ないです。でもお金はちゃんと払いますから。」

「というかあなたお金余裕あるの?安くはないよ。入会金も交通費も貰うよ?ソレわかってるよね?」

ひとみさんは俺の履いてる靴を見る。ボロボロに履き潰した靴を買い替えるような経済力もないことを見透かされてるようだ。

「家賃もうひと月滞納すれば多分なんとか」

「無茶するなぁ。本来あなたじゃなくてその人が払うべきなのに。……あっそうだ。払わせる方法あるよ。裏ワザ的なもんだけど。」



「やぁっ!うっそ!ほんとにボス村さんだ!ほんもの!嬉しい〜♡」

コミュニケーションのプロやなーーと思わせんばかりにひとみさんの明るさが突き抜けている。接待業なんだから彼女は本当にプロなのだ。男を喜ばせるプロ。ボス村さんはええやんええやん〜と嬉しげにしてくれている。

ここはとある高級マンション。ボス村さんの別宅である。芸人仲間を呼んで呑んだり、女の人を呼んでアレしたりするための部屋。

座卓にコンビニ飯やらビールやらハイボールやら日本酒も並ぶ。ボス村さんは大声ではしゃぎながらひとみさんからお酌受けてた。

「ダル助くんも飲みなよ!ボス村さんばかりに酔わせちゃ可哀想でしょ?」

どんどん飲ませてゆく。ボス村さんはどんどん飲む。彼女も時々飲む。俺はたまに飲んだ。元々アルコールには弱いのでセーブしつつだったのだけど飲み過ぎていたのかここからの記憶があやふやになっている。

何時間かして寝落ちした気はする。


いや、寝落ちした。


何故なら思い切りブン殴られて「目が覚めた」からである。


「誰じゃオメェはァァ!!!!!」

バァァァン!!!!!という大きな音と共に頭蓋骨を思い切り揺らされて、それから叩かれた方の頬の感覚がブヨブヨになりながら無くなった。ただ痛かった。声も図体もクソデケェ知らない男に怒鳴られている。何故!?

「違うのテツジくん!そいつは声かけてきただけ。ヤラれたのはそっちの男じゃないの。こっち……」

ひとみさんの声。俺は床に横になってるので座卓挟んで向こう側に座ってるひとみさんの顔がよく見えない。でもストッキングは半分脱げてたような気がする。

「なんや?なんや?何なん!?寝てただけやん!」

ボス村さんの慌てる声が聞こえる。

クソデケェ男が今度はボス村さんにターゲットを替えて声を破裂させた。

「お前かァァ!!!!!!!!俺の女に手を出しやがって!!!!!」

男の人がボス村さんに馬乗りになって胸ぐらを掴み掛かった。

やばい。ハメられたんだ。

美人局(つつもたせ)というやつだ。

怖くてチビりそうになった瞬間体が急に浮き上がった。

後ろからもう1人の男の人が俺を引っ張り上げていた。

「お前はこっちへ来い!!」

腕力だけで引きずるメガネ男。

抵抗できない俺。

どうしよう どうしよう

どうしよう!

すっかり腰が抜けてしまった俺はメガネ男に部屋の外へと放り出されてしまった。

外の冷たい夜の空気がキュッと心身を縮ませる。

部屋の奥から罵声が聞こえてる。

目の前のメガネは俺を睨みつけて言った。

「さぁ、もう一発二発殴ってやろうな。心配するな。骨までは折らねぇよ、手加減はする。」



再び目が覚めたときはさっきのメガネ男はいなくて、初めに俺を殴ったクソデケェ男が目の前にいた。

「おーい起きろ。もう寝なくていいぞ。」

何か紙っぽいもので頬をペシペシと叩かれた。

「うっ!?わぁ、」

「シッ!声デケェよ。お前の手柄だろうが。」

目元も口元もジンジンする。てか腫れてるよな?喋ろうとするとフガ…ってなりそう。口の中が血生臭い。

「なっ、なんなんれすか!あなた……」

「ほい、お前の取り分。やるよ」

頬を叩いていたソレを俺に差し出す。

茶封筒?

「すっげぇな大物芸人って。やっぱ金あんだな。『映画の主演が決まってるんです!顔殴るのだけは勘弁したってください!傷つけられるんだけはカナンです!』だってさ。カナンって何か分からんが。すげぇだろ、60万も獲れたぜ。俺はそんなに高く貰おうとしたつもりないんだけどよ。」

頭の血が引いてゆく。

さっきこの人なんて言った?『お前の手柄』?

「あの、これってツツモタセ…ですよね……」

「ああそうだよ?お前が斡旋してくれたんだよ、あのカモを」

「えっ?」

「ヒトミが言ってたんだろ?お前じゃなくてあっちに払わせるって。で、上手く支払ってもらったっつー訳だ。」

詐欺に利用されてたのか。

「そうそう、ボス村には後で格好だけでも泣いて詫びておけよ。形式的にはお前が騙されたせいで詐欺にあったテイなんだからな。まぁあらかじめ殴っておいたからこれ以上殴られんで済むだろ。感謝しろよな。」

今までボス村さんから酷い目に遭わされたことは度々ある。クソやろうめ、はよ逝ねと思うこともあったけど扱かれて扱かれたからネタの質を上げることができたことも事実だ。

いや別に恩はない。やっぱ嫌い。

うっすらと少しでも酷い目にあって欲しかったと思っていたところだったのに、今手元にはボス村さんから巻き上げられた金がある。

茶封筒の中には万冊の束があった。多分10万くらいある。初めて見た……こんな儲け方したことない。

これは俺が成した成果であり、やり遂げた復讐なのだ。

思わず口角が上がる。

詐欺に加担したなんて言われようと知るか。


俺はお笑いの仕事に就いて初めて心の底から笑えた。







この物語はフィクションです。

登場する人物、団体、組織は架空のものです。

また、この物語は法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません

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デリヘル上納 藤原翔平 @fujiwarashouhei

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