第10話 卑弥呼タン、呉と対峙する
僕、モンロー、ヒコマロ、そして卑弥呼タンの一行は「なら」の地を後にし、西に向かっていた。
奈良から西ってことは、令和でいうところの大阪、または和歌山あたりに着くのかな? なんて考えていると、遠くにキラキラ輝く海が見えてきた。
「うわぁ! 海だ〜」
僕、今はスサノオと呼ばれている
だけど、そんな僕を上回る反応をする人物がいた。
「うわああああぁ! 海じゃああああ! 泳ぐぞぉ!」
言うなりダッシュをかます卑弥呼タン。海に向かって犬のように駆けていく。
「卑弥呼様、お待ちくださいまし! また服のまま飛び込むのはおやめくださいまし!」
モンローが慌てて後を追う。
テンション高い時、自分を上回るテンションの人がいたら急に冷める時ってない? 今の僕がそうだった。
ヒコマロと二人、トボトボと二人が向かった方に歩いていくと、服のまま海に飛び込み、キャッキャッとモンローに水をかけている卑弥呼の姿が見えた。
「卑弥呼様、おやめくださいまし! 私の着物まで濡れてしまいまする!」
「ええ〜い、濡れろ濡れろぉ! にっくき巨乳め! 海の水でその胸、溶けてしまえ!」
どさくさに紛れて、日頃の鬱憤を晴らしている卑弥呼。
そりゃ確かに卑弥呼は可愛いけど、僕の美少女スカウターで93点だけど、残念なのはまだ発展途上なそのお胸だ。
隣のおムネ人間山脈のモンローに比べると、残念この上ないサイズだ。どうやら卑弥呼はそれを気にしていたらしい。
「ふわははは、もうすぐお前の巨乳も終わりじゃ。くらえ、両手バッシャンじゃあ!」
両手を海の水の中に入れ、思いっきりモンローに水をかけようとする卑弥呼の背後に、あら不思議、巨大な波が突然迫っていた。
「卑弥呼様、うしろうしろ!」
慌ててモンローが叫ぶが、時すでに遅し。
バッシャアアアアァァン!
卑弥呼は波に飲まれ、その姿を消した。さようなら、卑弥呼タン。君のことは生涯忘れないよ。
「ひ、卑弥呼様ぁ?」
慌てたのはモンローだ。卑弥呼を海の藻屑と化した大波も、背の高いモンローにとっては、そのたわわな胸部をプカリと浮かせるぐらいしか効果がなかった。そのモンローが、必死に卑弥呼タンの遺体を探している。
「あ、あんなところに! 卑弥呼ちゃま、いまヒコマロがお助け申す!」
プカリ、と卑弥呼の遺体が遠くの波間に揺れている。そこに勇猛果敢なヒコマロが古式泳法で近づき、すぐに遺体を回収した。
◇◇◇
結論から言うと、卑弥呼の遺体はまだ生きていた。ただ大量の海水を飲んでしまい、ヒコマロが涙目で卑弥呼に呼びかけている。
「卑弥呼ちゃま、卑弥呼ちゃまー!」
意識はない。同じくそばにいたモンローが、意を決したように俺に言った。
「これは、人工呼吸が必要ですじゃ。スサノオ様、卑弥呼様に今すぐ、人工呼吸を願います」
はっ!? 僕そんなことやったことないし。しかも人工呼吸って、つまり、あの、古めのラブコメ展開じゃん。ヒロインにキスして、そして目を覚まして、「何すんのよぉ!」って頬をビターンと張られるまでがテンプレの。
「ささ、今すぐ口づけを」
「いや、僕にはムリムリ! ヒコマロが助けてあげなよ」
「私にとっては神にも等しき存在の卑弥呼ちゃまに、く、口づけなど無理でござる!」
「お前、心底意気地なし野郎だな!」
痺れをきらしたらしく、モンローが俺の頭をむんず、と掴むと、強引に卑弥呼の顔の前に俺の顔を近づける。
仕方ない、覚悟を決めよう。ええと、どうするんだっけ? 確か空気が漏れないように鼻を摘んで、大きく息を吹き込むんだよな。
プチュ。卑弥呼の形の良い唇に、僕の唇が触れる。あ、冷たくなってる。あまりふざけてる場合じゃなさそうだ。
急に冷静になった僕は、何かの本で読みかじった知識のまま、卑弥呼に人工呼吸を行った。
3回めに息を吹き込んだ時、卑弥呼は「ゴフっ」という音を立て、口から大量の海水を吐き出したかと思うと、起き上がって急に咳き込んだ。
モンローが背を支えてうつむかせ、苦しげに海水を吐いている卑弥呼の背中をさすっている。
どうやら、一命を取り留めたようだ。その後も結構シリアス展開だったので、頬を張られるなどのテンプレ展開にはならなかった。なんか残念。
◇◇◇
「今夜は、近くにある集落の『森ノ宮』に泊めていただきましょう」
卑弥呼を背負ったモンローが言う。卑弥呼は目を覚ましたものの、まだぐったりしていて、今はモンローの背中ですやすやと眠っている。
それにしても、森ノ宮か。古代史に詳しい僕の記憶によると、たしか縄文時代から人がいた、大阪人のルーツが住んでいたという遺跡だったよな。つまり、当然この時代にも集落があったということだよね。
ヒコマロは先回りして、森ノ宮に交渉に行っている。どうやらヤマタイと森ノ宮は友好関係にあるらしく、ヒコマロは
時刻は夕暮れ。あと1里ほどです、とモンローが話した時、遠くからヒコマロがこちらに駆けてくるのが見えた。なんだかとっても真面目な顔だ。
「スサノオ様、モンロー、大変です。森ノ宮の里が……全滅しています」
「全滅!?」
「なんじゃと? どういうことじゃ、詳しく説明せい」
モンローが目を見開いて叫ぶ。
だが、ヒコマロが説明しようと口を開けたその時。
俺たちの目の前に突然、もう一人の男が姿を現した。
その男は、40がらみのオッサンだけど、立派な髭を持ったイケおじだ。
それに僕がこの時代に転移してきてから今まで、この古代では見たことのない立派な服装をしていた。
あれは、
ちなみに
つまり、この古代日本の人物ではない、中国大陸の人物っぽいのだ。
「何奴だ?」
ヒコマロが剣を構え、僕とモンロー&卑弥呼と、その男の間に入り込む。
「我は
「その
「卑弥呼、そしてスサノオ。お主たちを待っておったのだよ」
中国の三国時代、呉の男が、なんで卑弥呼を待っているんだろう。詳しく聞かなくても、何か物騒なことだろうことはわかるけど。
でも、なんで俺の名前まで知ってるの、このオッサン?
「我は、呉の皇帝であられる孫権様からの命でこの国に訪れた」
おお、三国志に出てくるの呉の皇帝、孫権の名が! 歴史オタクとしては、なんかワクワクするな! 孫権とこのオッサン、知り合いなんだ!
「その命とは、ヤマタイを平定し、日の本を呉の名の下に治めることだ」
は!?
ヤマタイを平定? 日の本を、治める?
それって呉による日本侵略ってことじゃんよ!
「そして最終的には、憎き蛮国、宿敵たる魏を倒すのだ!!」
つまり、こういうことか。
呉の孫権は、魏を倒して中華を平定したい。そのために、ヤマタイを属国にして日本を手に入れ、魏に対する援軍にしたい、と。
納得、その理論はわかる。いや、受け入れたわけじゃないけどさ。
「そのため、お主たちを待っておった。お主たちがヤマタイに戻る前、森ノ宮に立ち寄るであろうことは想定済み。だから先に、我らが軍勢で森ノ宮を滅ぼしたのだ」
「なんじゃとぉ?」
モンローの背中でぐったりしていたはずの荷物が、いつのまにか目を見開き、その背から飛び降りると、その平たい胸を精一杯前に突き出し、
「ひ、卑弥呼ちゃ……卑弥呼様、危のうございます!」
慌ててヒコマロが駆け出すと、卑弥呼は右手を横に出してヒコマロを制した。
「下がっておれ、ヒコマロ。妾は、この男と話さねばならぬ」
卑弥呼の姿を見た
「これはこれは、ヤマタイの筆頭巫女たる卑弥呼どの。お初にお目にかかる。私は呉国の……」
「お主のような雑魚の名に興味などない」
ピシャリ、と卑弥呼が言う。
「お主、先ほど『ヤマタイを平定し、日の本を呉の名の下に治める』とか抜かしおったな」
「左様でございます、卑弥呼どの。森ノ宮の民は我らがすべて滅ぼしました。これ以上の犠牲を出す前に、ヤマタイも我らの下に……」
「我らの友好国は、魏国。つまり、お主らはヤマタイの敵じゃ。しかも、なんの罪もない森ノ宮の民を滅ぼすなど、言語道断」
見たこともない真面目な顔で、堂々と言い放つ卑弥呼。ごくり、と僕とモンローは成り行きを見守る。
「つまり、ここで妾とお主たちは、戦わねばならぬ、ということじゃな」
お主たち? と思って周囲を見渡すと。
いつのまにか、僕たちの周りを100人以上もの兵士たちが取り囲んでいる。服装は、見慣れた古代の日本のもの。ということは……
「ホォーッホッホッホ、いよいよ租税の納めどきじゃの、ちんちくりん女よ」
来たよ、久里姫。つまり呉の下には、クナの軍勢が味方しているってことだよね。なるほど、これで今までの経緯が腑に落ちたよ。
つまり、魏&ヤマタイ(卑弥呼) VS 呉&クナ(久里姫)という構図だ。
「
言うなり、久里姫は手に持った杖、なんだか魔法のステッキみたいなキラキラした棒状ものを振り回した。
「妖術・
久里姫の魔法のステッキから、網状に光る何かが飛び出してきた。かと思うと、モンローとヒコマロ、そして僕をその何かが包みこむ。
なんだこれ、と思った時には、僕たち3人は身動きできなくなっていた。
「これで邪魔は入らぬな。ちんちくりん女、いよいよお主もお終いじゃ」
「はっ、どっちが?」
バチバチと視線を絡ませ合う、卑弥呼と久里姫。
今こそ、ヤマタイの筆頭巫女とクナの筆頭巫女のタイマンが始まろうとしていた。
それヤバいよ?卑弥呼タン! 〜ニッポン国造異聞録〜 キサラギトシ @kisaragi4614
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