第18話 人工魔物

 お腹が満たされれば、心にも余裕が出てくる。

 刺々しい雰囲気だったロザリアが元に戻ったところで、ルカは話の続きをするように話題を投げた。


「わからないことがあるんですけど、僕ってなにをされたんですか?」


 エイミーが原因だということは、なんとなくわかる。

 あのヘンテコな、足の生えた魚たちはあまり関係ないだろうということも。

 じゃあ、なにをされたのか。


「花畑の中にいるみたいな匂いも、びっくりするくらいの安心感も、なんだったのかよくわからなくて……」


 ロザリアは『尋問紛い』と言っていたが、自分の意識がなかった時に何かしら喋らされたのだろう。

 幻惑魔法の他に、ルカも知らない魔法が使われた可能性がある。

 それに気付いて背筋を悪寒が走った。


(えっ?なんのために?わざわざ魔法を使ってやることか?)


 犯人らしきエイミーから距離を取るように離れると、当の本人は変わらない様子で笑っていた。


「そんなに怖がらなくていいのに。今日はあなたたちにお願いがあって来たの」


 食後に出したコーヒーを優雅に一口飲んだエイミーは、そんなことを言う。


「魔法を使って意識を奪ったことは許さないと言ったわよね?どうしてそんな相手にお願いを聞いてもらえると思えるのかしら」


 辛辣な言葉を向けるロザリアは、じとりとエイミーを見ている。

 空腹ではなくなって余裕ができようとも、許せないものは許せないらしい。


「もちろん、報酬は弾むわ。ギルドからの正式な依頼よ」


「話を聞きなさい!」


「そんなに怒らないで。人工魔物と関係のある話なんだから」


『人工魔物』


 その単語を聞いた途端、ルカもロザリアも固まったまま動けなかった。

 脳内を凄まじい速度で思考が行き来するが、答えを出すまでには至らない。


「確かに……私はあなたに情報収集を依頼したわ。対価は後日言うとも聞いた。それがこの話なのね」


 先に動き出したロザリアが言うと、エイミーは満面の笑みで頷く。


「そういうこと。アタシはギルドからの依頼を達成できる。ロザリアは知りたい情報が手に入る。お互いに悪い話じゃないでしょ?」


 喉の奥で唸っているロザリアの隣で、やっと脳内会議から戻ってきたルカは勢いよく立ち上がった。


「じゃあ、なんで僕に魔法を使ったんですか!?依頼するだけなら、家に訪ねてくればいいはずだ!」


 どんなことを知りたくて魔法を使われたのがわからず、その理由も見当もつかない。

 これで怖がるなという方が無理な話だろう。


 リビングの隅っこまで下がってうずくまり、毛を逆立てて威嚇する動物のようになったルカに、エイミーは立ち上がってゆっくりと近付いてきた。


「来るな!上級冒険者だろうと、やっていいことと悪いことがある!」


「本音を聞きたくて、こんな手段を取ってしまったの。ごめんなさいね」


「謝っても許すかは別問題だ!そもそも本音ってなんだよ……」


「君のロザリアに対する気持ち。……安心して。これはあの子にも言わないから」


 食事の時のお返しのように耳打ちされて、ルカは飛び上がる。


「な、なんでそんなこと!エイミー様には関係ないです!」


「そうでもないわ。ロザリアの一番の友人はアタシだもの」


 その言葉に、ルカの表情が一気に呆れたものに変わる。

 同じような台詞を聞いたことがあると思えば、魔物の素材採集を依頼してきた商人であるクラウスが言ったものだ。


「……うちの主人は面倒な人を惹き付ける天才だな」


「なにか言った?」


「こっちの話です。では、一番の友人のエイミー様。いろいろ説明してください」


 どうとでもなれと思って言えば、くすぐったそうに笑ってエイミーは生き生きとした表情で語り出した。


■■■■■


 人々の間で、まことしやかに囁かれる噂の一つに、『人工的に生み出された魔物がいる』というものがあった。

 この世界では、魔物は自然発生するものだという考えが通説だ。

 ある宗教の価値観では、動物と同じように魔物も神の使いであるという話もある。


 文献に残されているだけで、数千年前から魔物がいることはわかっているが、誰もその生態の謎を解明したことがなかった。

 そうなってくると、定期的に流行するのが『魔物は誰かが人工的に生み出したもの』という噂話になる。


「人間や動物とは違う生態系を持つのが、魔物という生き物。武器では傷つけられない頑丈な皮膚、自然法則を無視した体の構造。人工的に生み出されたものだと信じたくなるのもよくわかる」


 それまでと打って変わって真剣な表情で言うエイミーに、ルカは少しだけ警戒心を解いて目を向けた。


「でも、魔物を人工的に生み出す技術はないというのは誰でも知っている話でしょ?魔法で命は作れない。それと同じ類いの話じゃないですか」


 いくらこの世に万能とも言える『魔法』という技術があっても、生命そのものは生み出せない。

 遥か昔からたくさんの研究者が挑んできたが、誰一人として成功したことはなかった。


「そうね。その領域に手をかけた者はまだいない。けれど、届かないとも言えないのがこの世界が面白くて、罪深いことの象徴よね」


「どういう意味です」


「魔物を生み出すことに成功した者がいる」


「クラウスも似たようなことを言っていた。それがどれだけ愚かなことか、わかって言っているのでしょうね?」


 温度の下がったロザリアの声音は、聴くだけで背筋が震える。

 じっと彼女を見ていたエイミーはというと、肩の高さに手を上げてやれやれと首を振っていた。


「思考の停止はよくないよ。上級冒険者ともあろうあなたが、古めかしい考えに囚われたままなんて」


「古くて結構よ。変えてはいけないものはこの世に多く溢れている。生命に関わることは、その最たるものでしょう」


 様々な価値観がある中で、ルカがロザリアのそばを離れないのは考え方に共感できるからだった。

 全く同じとはいかないが、とても近い場所にある心の在処。

 そういうものを『馬が合う』と言うのだろう。


■■■■■


 じっと睨み合っていたロザリアとエイミーだったが、先に視線を外したのはエイミーだった。


「アタシは喧嘩をしにきたわけじゃない。これは依頼と言ったでしょ?ロザリアたちには、人工魔物について調査してほしい。それが今回の依頼内容よ」


「調査ということは、ある程度調べる場所の候補があるのかしら」


「その通り。ギルドに匿名のタレコミがあってね。南部の都市ダンデラを治める貴族が研究を進めているって。魔物の研究と保護を提唱しているギルドとしては、見逃すわけにはいかないってこと」


 エイミーは立ったまま、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。

 そして、服装を整えて顔を上げる。


「今の段階で私から話せるのはこのくらいよ。あとは正式に依頼を受けてから。3日後までに返事して。じゃあね!」


「ちょっと!待ちなさい!」


 勝手知ったるという様子で部屋を出ていくエイミーを、ロザリアが追いかけていく。

 玄関の方から口論が聞こえるが、ルカにはそれどころではなかった。


(南部の都市ダンデラ……レオナルドの故郷だ)


 魔物に殺されたルカの仲間の1人であるレオナルドの生まれた街。

 骨も残らなかった彼の形見代わりの剣を、両親へと届けに行って以来の来訪になる。


(もう行くことはないと思っていたのに……)


 最初に誘った仲間がレオナルドだった。

 だから、一番付き合いが長かったし、お互いの苦悩を自分のことのように分かち合った。

 どこまでもネガティブになり続けるルカが、リーダーのような役割をできていたのは彼のおかげでもあった。


「どんな顔して行けばいい……?」


 綺麗な場所だと、自慢の街なんだと、生前のレオナルドは誇らしげに言っていた。

 上級冒険者になったら凱旋しよう、なんて話していたのが昨日のことのように思い出せる。

 でも、ルカとその街へ行ったのは切っ先の折れたボロボロの剣。

 どんな魔物も切り倒すと豪語していた、彼の自慢の剣だけ。


「復讐することは忘れてないから」


 たとえ、彼らが望んでいなくても。

 自分がどれだけ傷ついても、やめることはできない。

 この思いだけが、ルカの生きる道標だった。

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