傷つきたがりの僕が、主人になった上級冒険者の彼女から『婚約者になれ』と命令されました

葡萄の実

1.傷つきたがりの僕と上級冒険者の彼女

第1話 スライムの討伐

 場所が変われば、世界が変われば。

 僕だって誰かのヒーローになれるかもしれない。


「……なんてことを考えていた時期もありましたよ」


 自嘲気味に呟いて、手にしている剣で魔物討伐の後始末を続ける。

 今日討伐したのは小型スライムの群れだった。

 数はおよそ50体。

 僕のような底辺の下級冒険者でも倒せるレベルの魔物だけど、冒険者の中には実力主義で年功序列というくそ面倒な慣習がある。


 18歳になったばかりで冒険者としても劣っている僕と、何百体もの魔物を討伐して地位も実力も持っているあの人たちでは、何もかもが違った。

 ギルドから支給される武器や装備に報酬なんかは、ランクが1つか2つ違うのではないだろうか。

 下級冒険者に任されるのは、最初の囮と最後の後始末だけ。

 経験値も報酬も、おいしいところは全部強いやつらが持っていく。

 何もしていないに等しい僕たちには、参加賞と言わんばかりの金貨1枚あればいい方だった。


 文句があるなら努力して、強くなって見返してみせろって?


 そんな正論に、どれだけの意味があると思っているのか。

 耳にタコができるほど聞いたものを今更持ち出されてもね。

 説教して、自分が気持ちよくなりたいだけならよそでやってくれ。


 してみたさ、努力ってやつを。

 少ない報酬をこつこつ貯めて先輩冒険者に教えを請うたり、仲間を集めてレベルを上げるための旅をしてみたり、思いつくことをやってみた。

 お伽噺に出てくるような魔物を倒せる、誰からも讃えられる強い冒険者になることを夢見て。


 結果、お金は騙し取られ、先輩たちの笑いものになった。

 思いつきに付き合ってくれた仲間は、魔物の大群に殺された。

 言い出しっぺの僕だけが生き残り、逃げ帰ってきた姿を見て彼らは口々に言った。


『地面に這いつくばる石ころが何をしたって変わらないんだよ!』


『魔物の餌になった方がよかったんじゃない?』


『弱い奴らが集まっていると邪魔なんだよな〜』


 ここで僕は、こいつらを殴るべきだった。

 相手の方が強いからとか、勝てるわけないとかなんて余計なことを考えずに。

 でも、動けなかった。

 涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、笑い声が耳にこびりついて離れなくなっても、黙って受け入れるしかなかった。


 全部、本当のことだったから。

 強くなれなくて同じように悩んでいた仲間に声をかけて、先輩に教えてもらおうと言ったのは僕だった。

 彼らにお金を騙し取られてムキになり、魔物を倒してレベルを上げる旅を提案したのも僕だった。

 仲間のみんなはただ強くなりたい。

 それが目標だと言っていた。

 僕みたいに中途半端なプライドを満たすためじゃなくて、故郷の家族や恋人を守れるようになりたいと。

 眩しいくらいに正しかったみんなを見殺しにしたのは、この僕。

 力も頭もないくせに、プライドだけは持っている愚かな人間。

 そんなことがあってから、僕は強くなるのをやめた。

 強いやつらの言う通り、石ころは石ころのままだった。


■■■■■


 回収し終わったスライムの核を魔法箱に収納して、腰を伸ばす。

 スライムの討伐は、魔物討伐の依頼の中でも一番多い。

 それはこいつらが無限に増殖するという特性の他にも、人間たちの生活に大いに役立つという側面があるからだ。

 スライムの核から生み出される粘着質な液体は、様々なものに加工され社会に出回る。

 化粧品や汚れ落とし、工作機械の潤滑剤に至るまで。

 スライム由来のものが使われていない製品なんてない、とまで言われるほど社会に浸透しているのだ。

 魔物討伐は冒険者の立派な責務。

 その後始末だって、ちょっとくらいは誇ってもバチは当たらないだろう。


「おや?そこにいるのは仲間殺しのルカ君じゃないか?」


 荷車に魔法箱を載せていた僕に呼びかけてくるやつがいた。

 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて、取り巻きのヒョロヒョロしたやつ2人も同じように笑っている。


「……何か用ですか。レンダー中級冒険者様?」


「お前ごときが俺様に嫌味を言えるのか?万年下っ端で、仲間殺しのくせに」


 僕がこいつらに絡まれるのは何も珍しいことじゃない。

 家が貴族であるというコネとお金を使って、中級冒険者になったレンダーとその取り巻き2人。

 3年前の僕が原因の事件をネタに、飽きることなくネチネチと絡んでくる。

 はっきり言って邪魔でしかないのだが、僕が下級であっちが中級。

 実力はわからないけど、ここで騒ぎを大きくすると面倒な目に遭うのはランクが下の僕の方。

 だから、いつものらりくらりとやり過ごしていた。


 取り囲まれて、蹴りを入れられたり、殴られたりするのは毎度のことだった。

 いつも同じことをしてくるのだから、こっちだって対策くらいするようになる。

 バレないように展開した防御魔法で急所を守り、わざと痛がる仕草をするくらいの芸当ができなければここでは生きていけない。


「ふんっ!今日はこのぐらいにしておいてやる!そうだ。この金貨はお前にはもったいない。俺様が預かっておいてやる。感謝しろ!」


「……そりゃどうも」


「なんだって?」


「ありがとうございます、って言ったんですよ」


 わかりやすいおべっかに気を良くした目の前の男は、僕から強奪した金貨1枚を弄びながら去って行った。

 取り巻き2人がすぐさまご機嫌伺いに話しかけている。

 何が楽しいのか全くわからないと思いながら、誰も見ていないことを確認して治癒魔法で怪我を治した。


 防御魔法を使っていない部分は、どうしたって怪我を負う。

 全身を守ることも当然できるけど、それをした日にはあいつらは武器を使って殺しにくるだろう。

 自分自身の残虐性なんて、これっぽっちも把握しないままに。

 今はまだ遊びの範疇に収まっている。

 怪我だけでなんとかなっている今の状況が良いとは言えないが、この関係を壊すメリットも特にない。

 僕が嬲られるだけで他の下級冒険者がいじめられないなら、それでいいと思っていた。


「君……魔法を使うのが上手だね」


「っ!!」


 荷車にもたれかかって治癒魔法を使っていたら、頭上から声がした。

 慌てて顔を上げると、荷車に積んだ魔法箱に腰掛けた女性がいた。


 気配も何も感じなかった。

 足音だって聞いていない。

 それだけで、この女性が相当な力を持っていることがわかる。

 立ち上がりながら距離を取ると、女性の顔に見覚えがあることを思い出した。


「あなたはミンガルディ様!?小型スライムの群れなんかの討伐にどうして……」


 目の前にいる黒髪の美女の名前は『ロザリア・ミンガルディ』。

 実力主義の冒険者の中で、最上位である上級の20人に名を連ねる女性冒険者。

 単独での行動を好み、誰ともパーティーを組まないことから『孤高の黒薔薇姫』と呼ばれていた。


■■■■■


 『孤高の黒薔薇姫』の呼び名通り、誰ともつるまないロザリアが僕なんかに話しかけてきた意味がわからなかった。

 そして、魔法を使うところを見られたことに、今になって気がついた。


「あの……上級冒険者様にお願いするのは気が引けるのですが、僕が魔法を使えることは誰にも言わないでもらえますか?」


「どうして?」


 そう言って首を傾げる姿すら絵になる。

 彼女に惚れて、自分のものにしようとした男たちを何人も見てきた。

 そいつらの結末も。

 ごくりと唾を飲み込んで、気圧されそうになる体が逃げないように拳を握り込んだ。


「僕があいつらにいじめられることで、他の下級冒険者が無事でいられる。それに、あなたも知っているのではありませんか?僕は『仲間殺しのルカ』です。関わらない方がいいですから」


 この上級冒険者が、僕のような石ころを救おうとしてくれているなんて思い上がったことは考えていない。

 ただ、関わった誰かが傷つくのはもう見たくなかった。


 そう言った僕の顔をまじまじと見たロザリアは、くすりと笑って口角を上げた。

 蠱惑的な笑みに見えたが、僕にはなぜか馬鹿にされたように思えた。


「……なんですか」


「えっとね、君程度の実力で関わるなと警告してきたことが面白くて。私にそんなことを言ってくる男なんていなかったから」


 こてんと首を傾けて言うのを見て、僕の中で目の前の女性は『関わろうとしてはいけない人間』になった。

 彼女が話しかけてきたことは、きっと気の迷いか何かだろう。

 これ以上の会話を続けたところで、何の収穫もない。

 つかつかと荷車に歩み寄った僕は、ロザリアが乗っていることを無視して荷車を引き始めた。

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