第1話
少し困ったような顔をしながら、暖かな雰囲気で、彼女は言った。
「大丈夫、大丈夫。大丈夫だから。私は、いつでもあなたのそばにいるよ。だから、大丈夫。ほら、笑ってよ。」
と。
+*+*+*+
夢を見ている。
僕は、きっと、夢を、見ている。
それは、幸せな夢。
失ったものに出会う、夢。
ただ、これはおかしな夢だ。
+*+*+*+
「それでは、これにて最後のお別れとさせていただきます。」
冷たい、石造りの部屋に告げられた「お別れ」の一言。それは、霞むほど高い天井にこだまして少しくぐもって聞こえた。
「………はい。」
小さく、吐息のような声は、果たして職員の耳に聞こえたのだろうか。小さなうなずきで、棺は奥へと運ばれていく。
「それでは、火葬が終わるまでしばらくお時間いただきますので、奥の部屋にてお待ち下さい。」
優しさ、それがかすかに込められた、そんな声だった。
でも、告げられるのは冷酷な現実だ。それでも、親族らはその声でまばらに散っていった。
+*+*+*+
けたたましい足音を立てて担架が運ばれる。その隣では、必死に声をかけている少年の姿があった。
「太陽!返事をして!」
女性には珍しい太陽と言う名前。そこから、彼女の力強さを表しているような、輝かしい夕日を表しているような、そんなまぶしさがうかがえた。
それから、しばらくして。
医者のかけ声とともに、彼女は真っ白な部屋へ運ばれていく。いわゆる、集中治療室と言うやつだ。ここから先はついて行くことができない。
決してそれは彼のせいではなかった。決してそれは彼がなんとかできる物ではなかった。それでも、彼女に、何もしてやれない無力さが、少年の心を埋め尽くしていった。
+*+*+*+
堅いような、柔らかいような、なんともいえない空気感が部屋を流れている。それは、きっとどこかの親族が連れてきた子供たちの賑やかさあってのことだろう。もし、この場に子供たちがいなかったら、どれだけ暗い雰囲気になっていたか見当もつかない。きっと、僕は逃げ出していたことだろう。
「光留くんは、混じらなくていいのかい?」
葬式の場というのは、皆がお互いに遠慮して優しさにあふれる。その優しさは、きっと太陽に対しての申し訳なさから来るものだろう。だからこそ、太陽が本来受け取るべきだった気持ちを僕が受け取るわけにはいかない。そんな思いもあり、なにか抵抗感があった。
「いえ、大丈夫です。」
そう言って柔らかに断る。それに、雑談すら、ままならない僕が会話の輪に入ったとしても暗い空気をもたらして邪魔をしてしまうだけになってしまう。
「そう?ならいいけど。」
そう言って、おばさんたちは離れていった。
+*+*+*+
「十一時三十六分、死亡を確認しました。」
そう言って、黙祷を捧げ、医師は退出した。残された彼女の体は、冷たかった。
少し小さな身長が、弱々しく見えた。
でも、まだすこし優しかった。
気がした。
+*+*+*+
「それでは、ただ今よりお骨上げを始めさせていただきます。」
再び、この石造りの部屋にやってきた。
その部屋は、少し暖かかった。きっと、火葬で入れた火の熱が冷め切っていないせいだ。
けれど、少し彼女の暖かさが感じられたような気がした。
誰も、一言も、喋らなかった。
黙々と、作業は行われた。
正直なところ、あまり覚えていない。
ただ、彼女の骨を掴んだ時に、少しだけ骨が崩れたことだけは鮮明に覚えていた。
それと、僕と彼女との何かが、ゆっくりと崩れていった気がするのも、また、覚えていた。
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とある病院の、とある病室。ただ、それだけでしかないその部屋は、彼にとっては忘れたくもない時間を過ごした部屋として記憶されるだろう。
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00県00市 00区00町00-00
笹 光留様
光留へ
あなたが、これを読んでいると言うことは、もう、私はこの世にはいないのでしょう。
なんてね!
一度言ってみたかったんだ。でもさ、私のキャラ的にあわないんだよねぇ〜。でも、やっと言えた!
じゃなくて!
私が伝えたいのは、次のデートの予定!
何をするのかわからないけど来週の火曜日と金曜日なら空いてるよ!
え?なんで何をするのかわからないのかって?
それはもちろん、前のデートに行く直前にポストに投函するからね!
だから、もし私が倒れちゃってもこの手紙は届くわけ!
それじゃ、話したいことは話し終わったし君と電話でもするよ。
さよなら〜
00県00市 00区00町00-00
日野 太陽 より
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