第4話 陸の決意

 次の日。


 路上ライブを始めようとする、陸のスマートフォンに、着信が入った。


 駅のホームにいる、美月からだった。



 沿線火災の影響で、電車の運行が乱れているとの事だ。


 したがって、ここに来るのに、二、三十分ほど遅くなるらしい。



 仕方がない。


 陸は一人、路上ライブを始めた。





 その陸のいる場所から、少し離れた路地裏に、三人の男達がいた。


 彼らの間には、不穏な空気が漂っている。



「おい小松。あと二日、待ってやる。残りの三万、必ず払えよ!」


 凄んでナイフを見せる、二十代前半の男、中西郁太。


 壁を背にした小松若也は、涙目で、何度も首を縦に振った。


「ひっ……はっ……はひっ……」



 中西の後ろには、小柄な金髪の男が、ニヤニヤしていた。


 中西の弟分、川添研一だ。


「そう言えば、中西さん」と、川添が話しかけた。



「聞いた話ですけど、そいつ動画を配信して、小金を稼いでるらしいっすよ」


「なにぃ」


 中西が、小松の胸ぐらを掴んだ。


「ひっ……ぶひっ……」と、悲鳴を漏らす小松。




「お前、動画配信で稼いでんのか? じゃあまだ、金あるんじゃねえのか?」


 小松は鼻水を垂らしながら、首を横に振った。


「な、無いです。動画配信も、最近はやってません。カメラが壊れちゃったし……」


「本当だろうな。……まあいいや、七万は回収したからな。ほらっ、もう行け! あと三万、必ず用意しとけよ!」



 中西が、小松のお尻を蹴飛ばした。


 小松はバランスを崩しながら、慌てて逃げ出した。

 そんな小松の背中を見つめる、中西と川添。


 彼らは、反社会的な仕事を生業としている、街のゴロツキだ。


 最近は小松のように、闇金業者から借金をしている、債務者への取り立てをしている。






「それにしても中西さんって、やばいっすね。いつもナイフを、ポケットに入れてるんすか?」


 二人が、駅前のラーメン屋に向かって歩いている途中、川添が中西に話しかけた。



「まあな。鬼に金棒って奴だよ」


「なんすか、鬼にカナボーって?」


「そんな言葉も知らねえのか? これだから中卒は……おわっ!」


 ドデッ!


 突然、中西が転んだ。



「いってぇ!」


「大丈夫すか? 中西さん」


 中西は、何かに足を引っ掛けたのだ。


 それはギターを入れる、黒いソフトケースだった。


「なんだ、これ?」




 すると、近くで吃りながら歌う、路上ミュージシャンの姿があった。


 陸だ。



 中西は立ち上がり、両手をポケットに突っ込んだ。


 眉間にシワを寄せ、絡みつくような視線を陸に向け、近付く。


「おい、下手くそ! お前の荷物で転んだぞ、コラ! 慰謝料、払え!」


 陸は、演奏に集中しているため、中西の声は届いていない。



「耳が腐るんだよ、お前の演奏は! 下手の横好きにも程があんだろ、ボケが!」


「なんすか? 下手のヨコズキって?」


 中西が、ギロリと川添を睨む。


「お前は黙っとけ!」



 中西の視線が陸に戻ると、目の前にあるマイクスタンドを蹴り飛ばした。


 ガシャン!


 それでも、陸は演奏をやめない。



「……なんだお前? シカトしてんのか? 怖くて、気付かないフリしてんか? それとも……」


 ジャラーン♪


 ギターを鳴らすと、陸は「お、思い出す〜」と歌い出した。

 


 中西は激怒した。


 陸の髪を乱暴に掴むと、引っ張った。


「なめやがって、このクソガキ! 教育してやる!」


 中西達は、近くの雑居ビルの裏へと、陸を無理やり連れてきた。





 そこは、人目につかない、狭く薄暗い駐輪場だった。


 川添が、素早く陸を羽交締めにした。


 バキッ、ドスッ!


 身動き取れない陸を、一方的に殴り続ける中西。


 

 やがて、力が抜けたように倒れ込む陸。


 中西は、陸の頭を踏み付けた。



「おい、ガキ! 最初から、ペコペコしてりゃ良かったんだよ。そうしたら一発で済んだのによぉ。馬鹿だな、お前は。長い物には巻かれろってのが、世の常識だろ?」



「なんすか? 長い……」


 中西が川添を睨んだ。


 その鋭い眼光に、川添は途中で口をつぐんだ。



 中西の眼光は、川添から陸へと戻る。


 その時、中西はある物に気付いた。


「なんだ、これ?」


 陸のポケットから何かが、はみ出ている。


 美月が作ってくれた人形だった。




 それを、持ち上げた中西。


「人形か? ギター持ってて、お前に似てるなぁ、これ」


 中西は、ニヤリと笑う。


「もしかして、誰かが作ってくれたのか? 良かったなぁ。大事にしろよ」


 そう言った瞬間、中西は力を込め、人形の首を引きちぎった。


 手足も引っこ抜き、バラバラにすると、踏みつける。


「へっ、ざまあみ——



 バキッ!



 中西が宙を舞った。


 陸が、ぶん殴ったのだ。



 吹っ飛ばされた中西は、地面を転がると、並んだ自転車へと突っ込んだ。


 ガシャ!


 予想だにしない反撃に、川添は面食らった。


 慌てて、側に転がる陸のギターを持ち上げると、後ろから陸を殴りつけた。



 バゴッ!



 後頭部に、強い衝撃を受けた陸は、その場に崩れる。


「ううう……」と唸り、痙攣する陸。



 ギターを捨てると、川添は吹っ飛ばされた中西の側へと、駆け寄った。


「だ、大丈夫すか? 中西さん?」


「いってぇ……」


 中西は、頭を押さえながら、立ち上がった。


 その目は血走っている。



「……おい、こいつ殺すぞ!」


 中西は、怒りに震えながら、厳しい口調で言った。






 その後、無抵抗の陸を、ひたすら殴る蹴るの暴行を加えた。


 やがて中西はポケットから、ナイフを取り出した。


「背中に《バカ》って刻んでやる。おい川添、服を脱がせろ!」



 ——その時。


 遠くから、男の声が飛んできた。


「おい! おまえ達、何やってる!」


 中西と川添が、声のした方へと顔を向ける。


「やべぇ!」と、同時に声を出した。



 それは、複数人の警察官だった。


 喧嘩に気付いた雑居ビルの人間が、警察に通報していたのだ。


 二人は、慌てて逃げ出そうとした。


 だが、足が動かない。



 顔中、血だらけの陸が、二人の足首を掴んで離さないのだ。


「こ、こいつ……!」


「離せよっ!」


 中西と川添が、陸を踏みつける。


 それでも、陸は離さなかった。



 とうとう駆けつけた警察官達に、二人は取り押さえられた。


「ち、ちくしょう!」


 地面に押し倒された中西は、無念の声を出した。



 警察官の一人が、陸の顔を覗いた。


「君、大丈夫か?」


「う……うう……」


 陸は返事も出来ないほど、グッタリしていた。


 警察官は慌てた。


「お、おいっ、救急車! 早くっ!」





 ◇ ◇ ◇





 辺りは、騒然としていた。


 何事かと、人々が集まってくる。


 すると「すいません、すいません」と言って、群衆の間を割いて進む、車椅子の女性がいた。


 美月だ。



 美月は、少し前に駅前に着いていた。


 しかし、いつもの場所に陸の姿がない。


 ただ倒れたマイクスタンドと、電源が入ったままのアンプが残されていた。



 美月は不安になり、周りを見渡した。


 ふと、遠くの雑居ビルに、人だかりがあった。


 不吉な予感が膨らませながら、その場所に向かった。



 嫌な予感は、的中していた。


 男性が倒れている。


 側にギターも見える。


 顔は見えないが、美月は陸だと確信した。



 美月は、倒れている陸へと近づいた。


 途中にある段差にタイヤが当たると、車椅子はバランスを崩した。



 ガシャッ。



 美月は、車椅子と共に倒れた。


 上半身を、アスファルトに撃ちつけ、激痛が走る。



 それでも痛みを堪え、両手で這いながら、陸へと近づいた。


 美月の白いロングスカートが、見る見る汚れていく。


「陸君……陸君……死なないで……」




 地面を這う美月に、一人の警察官が近寄った。


「君、大丈夫? 車椅子から落ちたの?」


 美月はボロボロと涙を流して、訴えた。


「陸君は……? 陸君は……大丈夫ですか……? 死んでないですよね……?」



「陸君? あの男の子の事?」


 美月は、グシャグシャになった顔で、首を縦に振った。


「彼、意識はあるから。もうすぐ救急車も着くし、大丈夫だよ……」


 美月は少し安心した顔をしたが、また「ううう……」と唸りながら、陸に向かって這っていく。




 この二人は、恋人なのだろうか。


 警察官はそう思った。


 そう思うと、声がかけれなくなった。


 ただ、二人を見守る事しか出来ない。



 美月は、陸の側へと辿り着いた。


 仰向けになった陸の顔を、見つめる美月。


 顔はボコボコに腫れ、鼻や唇、目尻から血が流れている。



 そんな陸を見て、またいっそう涙が溢れた。


「りくくぅん……りぐぐぅん……」


 美月は陸の手を握り、泣きじゃくった。



 すると陸の掌に、力が入った。


 美月はハッとして、陸の顔を見つめた。



「み、み、美月……ちゃん……。ぼ、ぼ、僕……ア、アメリカに……い、行くよ……」


「アメリカ?」


「き、昨日……ふ、福田さんに言われた話。ア、アメリカで障害を克服して、う、う、歌のレッスンを受ける……い、一年間」


「一年間……?」



「ま、待ってて欲しい……も、もう、下手くそ下手くそ言われてちゃ……だ、だだ、駄目なんだ」


 陸の目から、一筋の涙が流れ落ちた。


「陸君……」



 美月は陸の胸に、顔を埋めた。


「分かった……待ってる……。私、待ってる……。陸君が帰って来るのを……ずっと待ってる……」


 陸は安心したように、ゆっくりと目を閉じた。


「あ、あ、ありがとう……」





つづく……


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