第7話 殺しの価値観

所々ヒビの入った純白(じゅんぱく)の石造りの通路。人外と言っても差し支えない彼女らがその気になればすぐに破壊できるような脆(もろ)いものではあるが、その感触(かんしょく)や匂いはどこか堅牢(けんろう)さを感じて、それなりの頼りがいがある。


 愛蘭と遺華は二人仲良く通路を歩いていた。血が繋がっている訳でもない、言ってしまえば全くの他人である二人だが、その仲睦まじい様子は本当の姉妹のように見える。


 先程天道の言った「アンタレス」が配置されているのは第三戦闘司令室。基地の中心に位置する、早い話が司令室だ。


 アンタレスとはエスティオンの運営において欠かすことのできない生命線。成人男性の身の丈を越える巨大な血の色をした水晶状の神器。撮影、録画、録音、何でも可能な超絶万能神器だ。更に表面を削りだすことで小型通信機やドローンの役割を果たすというチートっぷり。天道が二人にお願いしたのはアンタレスで録画した映像をそのまま映し出した水晶の欠片を取ってくることだ。


 楽しげに話しながら歩いていた二人だが、ふっと表情が真面目なものに変わり、話題を切り替えた。


「なー霞。お前、感じたのだ?」


「……どっちを?」


「どっちもなのだ。まず戦闘の時」


「そっちか……」


 二人は春馬との戦闘から今まで、二つほど気になることがあった。


 まず愛蘭は春馬との戦闘を思い出す。別に一人でも勝てたが協力した方が安全なのでそうした。……のだが。どうやら別の効果もあったようだ。いい牽制(けんせい)になってくれた。一人で戦っていたら、最悪途中で邪魔されたかもしれない。


 戦闘中彼女は常に殺気を感じていた。刺すようなという言葉があれほど相応しい殺気は未だかつて感じたことがなく、歴戦の戦士たる愛蘭が僅かばかりの恐怖すら感じた。いつ襲ってくるのか、気性の荒いな彼女でさえ不安になったほどだ。そのせいで焦って突進してきた春馬を吹き飛ばしてしまう失態も犯してしまった。どう考えてもあそこは糸で捕縛して遺華に攻撃させるべきだったのだ。腹が立つ。


 戦闘において基地内トップクラスのエリートである彼女にとって一つのミスであっても屈辱の汚点。別に気にすることでもないとわかりながら、やはりどこまでも苛立ちが募る。


「結局なんだったんだろうなあれ」


「わかんねーのだ……でも、あれなのだ」


「おう。あれだ」


「「姿が見えなかった」」


 殺気は第六感で感じるものだ。故に遠距離から感じることのできるものではない。だが彼女らの索敵能力を持ってしても殺気を飛ばせる限界距離内にその発生源(はっせいげん)の姿はなかった。


 つまり可能性は二つに絞られる。


 その一、姿を隠すタイプの神器使いである。


 その二、超超遠距離から殺気を飛ばせる実力者である。


 残念ながらその一はありえない。どのように姿を隠そうと、例え気配を消そうと匂いを消そうと移動すれば足跡が残るし音がする。それを見逃す彼女たちではない。


 つまりその二で確定。……考えたくもない。それほどまでに強い殺気を飛ばせる者が自分たちを狙っているなど。全く身に覚えはないのだが、どこで買った恨みだろうか。


「まあ、いつか手出されてもそんときゃそん時だ。幸い感じた殺気は一つ。あんなのが複数いて徒党を組んでいる訳ねーし数で何とかできるさ」


「なのだー……で、もう一つなのだ」


「ガキの神器か」


 彼女たちが気になっているもう一つの事柄。それは春馬の神器だった。


 明らかに通常の神器と異なり黒い炎まで噴出させていた彼の神器から感じたのはどこまでも果てしない圧倒的な“力”。


「明らかに強すぎるのだ」


「ありゃバケモンだ」


 春馬自身の強さは大したものでは無かった。ただ早いだけで考えなしの突進、反応。最初から殺していいのなら比喩抜きで「瞬殺」できた。だが、彼の神器の強さが異常なのだ。


 愛蘭は突進してくる彼の足ではなく腕を切り飛ばした。遺華も彼の背後に回って攻撃し、決して腕による攻撃を受けないように立ち回った。


 なぜか。簡単な話だ。当たったら死ぬからだ。


「使いこなしたらマジの化け物なのだ、アレ」


「ポテンシャルエグイよなぁ……」


 彼の神器は恐らく腕だ。神器保管庫からなくなっていたのは腕の神器……「剛腕神器」とタンク状の「戦蓄神器」なので当てはまる。以前の彼女らの見解では、そこまで強い神器ではなかったはずだ。


 だが彼女らと相対した神器の威圧感、内包するエネルギーはとんでもないものだった。極端に相性がいいのか、それ以外の要因によるものなのかはわからないが、もう一度暴走でもされたらたまったものではないだろう。だが、味方ならば頼もしいことこの上ない。


「今後に期待なのだ〜」


「だな」


 それから二人は第三戦闘司令室で欠片を回収し、元来た道を歩き始める。その際一切言葉は発さなかった。


 口では今後に期待などと言いながら、二人の脳内は「暴走」という単語でいっぱいだった。神器は使いこなした時に初めて真価を発揮する。もし春馬が神器を使いこなしその上で暴走でもしてしまったら止められる自信はない。それほどまでにあの神器は強い。通常神器を使いこなした後の暴走……後天的な暴走は起こらないとされているが、前例がない訳じゃない。何にせよ恐ろしい。


 (やれやれ。謎の殺気に予想外の爆弾戦力。なんか嫌な予感がするなぁ……強え奴が揃うと決まって戦争が起こって誰かが死ぬ。やめてくれよ……?)


 いつの間にか目的の扉に到着し、軽いため息を吐く。

 昔から彼女の嫌な予感はよく当たる。過去、最も当たって欲しくない予感が当たった時を思い出して暗い気分になるが慌てて頭を振ってその思考をどこかへ追いやる。今はそんなことどうでもいい。


 いつか魔神獣と戦わねばならない時は来るだろう。今だって戦いの日々だ。疑似魔神獣や絶望の末に心が壊れ、人を襲うようになってしまった人々と戦う毎日は決して平穏とは言えない。だが平和だ。誰も欠けることはない。不可能だとわかっていても、誰も失うことはあってほしくない。


 先程の嫌な予感がいつか当たらないで欲しいと願いながら扉に手をかけると中からなにやら会話が聞こえる。


「……春馬君。つまり砂の石焼きとはこの世で最上の美味である、と」


「そうそう。今度食ってみろよ」


「あまり気は進まないが実食してみたい気持ちがはやってしまいそうだよ……!」


 何やらおぞましい会話が聞こえる。このままではウチで最も優秀な研究員が死んでしまうかもしれない。


 (嫌な予感ってこれじゃねえよな……?)


 ほんの少しだけ気分が晴れ、呆れ笑いを浮かべながら扉を開けた。


 ――――――


「ごほん……では春馬君。これは君とその周囲の行動を詳細に記した手帳だ。今から読み上げる」


「おうよ」


 天道が春馬に手のひらサイズの欠片を見せびらかしながらそう言う。いつの間に仲良くなったのか、天道の先程までの怯えた表情は完全になくなっていた。寧ろ昔からの友達と話すような明るい表情だ。清々しいほどに。


 パラパラと紙を捲り始める。その途中で明るかった天道が心配そうに口を開いた。


「一応言っておくが、君にとってそれなりにショッキングな内容になる……と思う。大丈夫かな?」


「んなことより好奇心には勝てねーよ」


 ハッハッハ、と揃って笑う。一応内容を知っている愛蘭は笑えるような内容じゃないんじゃないかなと思うが口には出さなかった。


 天道が女性二人に指示を出す。仲良くなったからリスクが消える訳ではない。ショッキングな話を聞いて錯乱した新人が暴れだして被害が出るというのは稀にあることだ。二人にはその警戒をしてもらわなくてはならない。


「では……あぁ、言われてもわからないだろうから年月日は割愛させてもらうよ。まず、午前二時十三分四十四秒。戦蓄神器適合開始」


 戦蓄?それが自分の神器の名前か。あまり強くなさそうだしかっこよくない。何だか残念だ。


 一応戦蓄とやらが自分の神器か聞こうとするが、慌てた様子でそれより早く天道が口を開いた。どうやら口を挟ませる気は無いようだ。因みに戦蓄は壱馬の神器のようだった。


 それから天道はこれでもかと言うほど細かく春馬がこうなった経緯を話し続けた。正直瓦礫がどうとかエスティオンの人間がどうとかどうでもいい。なんだ周囲の人間の着ていた襤褸ぼろが飛んでったって。何を思って話したんだ。


 途中壱馬がどこに言ったか聞こうとしたがまた天道に阻止され、意地になって攻撃を仕掛け続けるが防がれ続けて諦めた。子供の意地の張り合いのようだ。


 愛蘭は顔に出すことなく考える。


 春馬は暴走を起こした。暴走は神器と人間の相性がいい際に発生することが多いと推測されている。早い話が神器と人間の喧嘩。あくまで推測だが、より深い場所で両者が結び付くためにあるとされている。


 だが、その被害は大きい。周囲に攻撃を繰り返し、高確率で死人も出る。実際彼女もかつて暴走で大事な人を失った。


 しかし失うだけではない。暴走を経験した人間は神器とより深く繋がり合い、強くなる。現在エスティオンにおいて最強とされる九人、最上第九席。彼らは常軌を逸した実力者だ。単体でかつての『国』を落とせるとも言われている。


 神器も外見も出自も違う彼らだが、共通点が一つだけある。暴走を経験しているということだ。そのせいで大事な人を失ったり、罪のない人間を巻き込んだりしてトラウマを抱えている者も決して少なくはない。


 (……まあ、大丈夫だろ)


 だが乗り越えるしかないのだ。適合者である以上エスティオンに入ることは確定している。これからは殺しの機会も増えるだろう。それにこんな世界だ。『そういうもの』で受け入れる術は、生まれながらに備わっている。


「午前三時二分三秒、剛腕神器同化開始」


「話長ぇんだよお前」


 呆れ交じりに春馬がそう言う。


 同化という言葉に聞き覚えはない。何かしらの状態なのだろうが、それに関しては今後春馬の体か剛腕神器について調べねば詳しいことはわからないだろう。


 だが、心当たりはある。相対した際の剛腕神器の異常なまでの強さ、存在感。あれが同化とやらによるものだとするならば、これからエスティオンは更に強くなる可能性がある。純粋に嬉しいことだ。


「午前三時三分一秒、暴走した皐月春馬が行動開始」


「そっからでも良かった気はするんだがな」


 何気にまだここに来る経緯に微塵も触れていないことを指摘しないのは春馬の頭の悪さ故だ。


 ――――この世界において、死とは一般的なものだ。

 飢えで死に、病で死に、事故で死ぬ。二十歳になるまでに生き残れる者はそう多くない。


 だがその数に反比例するように、殺しを経験したことのある者は少ない。何故なら命の尊さというものを知っているからだ。誰もが死にたくないと思い、死なせたくないと思う。


 命とは決して軽い物ではないと理解し、死とは崇高で絶対不可侵な物であるとさえ思っている。故に誰かの命を奪うということに激しい嫌悪感を覚える。


 他の誰かに致命的な害を与えている訳でもない、生きることが罪とならない人間の命を奪ってしまおうものなら、自ら命を断ちたくなってしまうほどに。


 故に。


「午前三時五分四十八秒、鎌写少佐及び部下数名、剛腕神器により爆死」


「………………………………は?」


 死を与えた者となることを受け入れることは難しい。

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