第5話 殺戮
春馬が腕を振りかぶり、脚に込めた力を爆発させ一歩踏み込み、瓦礫を崩しながら凄まじい速度で二人に向かってくる。訓練していない人間では視認すらできないだろう。
なるほどこりゃ少佐じゃ無理だわと思いつつ愛蘭の糸が春馬の両腕を切断する。紅い軌跡を描きながら彼の両腕が宙を舞った。鮮やかな切断面から骨と筋肉が覗く。
予備動作も何もない完壁な不意打ち。糸の戦い方は気付かれぬことが前提だ。
既に周囲には蜘蛛の巣のように糸を張り巡らせている。
しかし春馬はそのままの勢いで突進し、愛蘭に頭突きをかました。が、彼女は根を張った大木のようにびくともしない。体幹が強すぎる。
わざとらしく頬を染めながら悪戯っぽく言う。
「レディの胸に飛び込んでくんなよ……クソガキ」
余裕綽々といった様子だが、直後に全身が一瞬だけ硬直する。にんまりと引き攣った笑みを浮かべながら春馬を蹴り上げてしまった。何本か骨が折れた音がしたが気にしない。実を言うと彼女はこの感触と音が地味に好きだった。
(……ちっ)
だが、先程の春馬の突進速度から考えると全く無意味な行動だ。いくら距離を離そうと一瞬で詰めてくるだろう。つまり判断ミス。それが気に食わない。それ以外にも理由はあるが、とにかく気に食わず腹が立つ。
心中で舌打ちしながら、春馬が血を吐きながら吹き飛んでいったのを確認する。しっかり吹っ飛んでるのを確認してから次の攻撃準備に入るが、そこで愛蘭はとんでもない光景を目にした。思わず目を見開いて固まってしまう。
「……いやいやいやいやいや。早すぎだろ生えるの」
春馬が地面に手をついて立ち上がっている。先程肩から切断したはずの両腕は何事も無かったかのように生え変わっていた。いくらなんでも早すぎる。
無言で糸を放ち、今度は四肢を拘束する。一瞬の隙が命取りになるような戦闘では切断よりも拘束の方が害となる。
一瞬動きが止まった春馬の背後にいつの間にか遺華が回り込んでいる。気付いたところでもう遅い。その小さな手で遺華が春馬の背中と接触する。
「速度をもった動体と接触した場合、被接触物体はその動体の持つエネルギーの進行方向に運動する」
先程の可愛らしい声ではなく、凛とした知的な声が聞こえた。桃髪の幼女の声帯から発せられている。
「変更」
春馬の体がガクンと揺れ、下方に向かって動き出す。
「速度を持った動体と接触した場合、被接触物体はその動体の持つエネルギーの進行方向と垂直下方に落下する」
頭から春馬が地面に突っ込み、コンクリートの砂塵が舞い上がる。一連の戦闘は全て五秒にも満たぬ超高速だ。頭部が割れかけるほどの負荷が春馬にかかり、盛大な隙が生まれる。どこまでも無機質に、機械のように立ち上がろうとするが、見えない何かに押し潰されているかのように動けない。
その隙を逃がす愛蘭ではない。腕を振り上げる。
そして春馬が全身の筋肉をフル稼働し立ち上がる直前に振り下ろす。糸でできた槍や剣が無数に落下した。
血液が飛び散り、春馬がうつ伏せに地面に縫い付けられる。異常な量の血反吐を吐き、苦痛から喘ぎとも取れる声が漏れ出る。ほんの僅かに人間らしさを取り戻した。
口の端で小さな笑みを浮かべた遺華がもう一度接触しようとするが、春馬が驚異的な身体能力でその体勢から動く。
肘鉄で遺華を突き放し、その勢いのまま糸の拘束を抜け出す。頭だけで愛蘭を確認するが
「良くやった姫ぇ!」
春馬が動くより先に愛蘭の貫手(ぬきて)が腹に突き刺さっている。即座に引き抜き、膨大な量の血液を撒き散らしながら腕の太さと同じ大きさの風穴をこじ開ける。
もう動けはしない。直接内臓に糸を打ち込んだ。勝った。
引き抜いた手で大量の糸を操りながら大きく後退する。肝臓、膵臓、胃、果てには心臓まで、全ての重要器官を尽く切断し捻じ切る。柔らかい肉の裂ける感触がした。
生物には有り得ぬ速度で春馬が行動を停止し、数秒後。ヨロヨロと数歩歩いた後バタリと倒れた。ピクリとも動かないが、愛蘭にはわかる。まだ生きている。
「さすがだなぁ……姫、どう思う?」
「まー間違いなく暴走してるのだ。でもなんかおかしい……ま、いいのだ。将来が楽しみなのだ!」
「やっぱ神器だよなぁこれ……じゃ持って帰るか」
「天道びっくりさせるのだー」
服についた埃を払いながら、愛蘭が春馬を担ぎあげる。恐ろしいことに風穴はもう塞がり、健全な肌が露出している。基地外の人間にしてはいい体をしていた。
そのまま基地に帰ろうとするが、ふと思い立ったように立ち止まり、崩壊した元瓦礫の山を見る。春馬の踏み込みによって破壊されたその山の下から、血液が溢れている。
ぽりぽりと頭を搔き、春馬を地面に雑に下ろして合唱した。目を閉じ、許しを乞うように。
「何してるのだー?」
「少佐は別にいいけど部下に罪はねーからな」
「なるほどなのだ」
遺華も手を合わせ、信じてもいない神に南無と祈る。
どうか冥府で幸せになれますよう。
数秒ほどそうしてから春馬を担ぎ上げ、今度こそ基地に向かう。思わぬ新戦力に、二人の心はどこか高揚していた
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