第2話 幾度目の提案

「そういえば聞いて?今日新しく私の専属になったメイドがね……」

「へ~。砂糖の数を間違えて……鼻血出して…………模造剣で?………………えぐいな」


 それから約十分。彼らは鉄格子越しに雑談をしていた。

 死刑囚――クライムは村で過ごした日々を。

 皇女――レナーラ・フォン・トリスタンは今日起こった、正確には起こした出来事を喜々として語っていた。ちなみにクライムは敬語を使っていない。流石に始めは敬語で接していたが、すぐに「敬語はいらないわ。普通なら不敬罪で死刑だけどあなたは死刑囚でしょ?意味ないじゃない」と言われ、もう何でもいいやと半ば適当になっている。


「……ふふ」

「ん?」


 クライムが昔の話――友人と池で釣りをしていると友人が魚を思い切り釣り上げたら針が外れて、その友人の服の中に魚が入り込み、てんわやんわの据え村一番の笑い話になった――をしていると、レナーラが小さく笑った。

 

「なんだ、そんなにこの話が面白かったか?」


 まだ一番面白い所、魚が服の中に入ると友人が奇声を上げながら白目を剥いた時の言動を彼の誕生日にみんなで真似た時の話が残っているんだが。と思ったがそんなことは無く。


「ううん、違うわ。ただ、あなたとこうして話すのが凄く楽しくて、凄く嬉しいの」


 クライムは驚愕した。その言葉が嘘でも何でもない純粋な彼女の本心だと気づいたからだ。

 なぜなら、彼女が今している表情はまるで――。

 

 そんなはずはない、とその思考を一蹴する。

 

「ッ……はは、死刑囚と話して嬉しがる物好きなんてあんたくらいだろうな」

「あら、嬉しいわね。それはつまり、私が特別な存在であることの証明なんだもの」

「無敵かあんた」

 

 お前は頭がおかしい。と伝えたつもりだったのだが、とジト目で呆れながら言葉を返した。


 

「ねぇクライム。いい加減、あの話を受ける気になった?」

「……それはこっちのセリフだ。いい加減あきらめてくれ」


 またか、と思いながらクライム鬱陶しそうに質問に答える。この質問は初めてではなく、さりとて三度目や五度目でもない。この奇妙な関係が始まってから約一ヶ月、ほぼ毎日このような雑談をしては、似たような質問を毎回してくる。牢屋から出れず娯楽のない日々でこの雑談が唯一の楽しみになってはいるが、こうも毎日同じ事を聞かれるとさすがに嫌気が差していた。

 そんなクライムの心情を察してか、レナーラは「む~」と頬を膨らませた。クライムは不覚にも可愛いと思った。


「いい話じゃない、私の騎士になれば栄光が手に入る。少なくとも、こんな牢屋とはおさらばだわ」


 そう、レナーラがクライムにしている”あの話”とは、クライムを自分の専属騎士にすること。

 この世界の王族は、自身の傍に侍り、守護する騎士を一人だけ選ぶことができる。それが専属騎士だ。

 中でも一國の王の専属騎士は別名『國銘騎士』とも言われ、國を代表する最強の騎士とされる。もちろん、普通は騎士団の中から選出され間違っても犯罪者から選ばれるなんて事はない。が、レナーラはそんな事は知ったことかと、今までの候補を全て押しのけクライムを指名していた。


「だから言ってるだろ。俺は栄光やら名声には興味ないんだ。だいたい、なんで俺なんだ?今の國銘騎士は俺と同じぐらいの年齢なんだろう?お前の親父さんに続いてそいつに守ってもらえば――」

「いやよ、そんなの。私は貴方に守ってもらいたいの」


 クライムの提案にレナーラは強く拒絶した。それはもう力強く、嫌悪すら感じる拒絶だった。

 そんなに嫌なのか?その國銘騎士が。――とクライムは少し外れた感想を持った。

「それに――」と、レナーラは驚きの言葉を口にした。


「あの國銘騎士より、

「――――ハッ」


 その言葉をクライムは笑い飛ばした。


 「このトリスタン帝國が誇る最強の騎士より、牢屋こんなとこに入れられたただの犯罪者の方が強い?姫様は冗談の才能もあるようで」


 おどける様に、嘲る様にその言葉を否定した。冗談にも限度があるだろうと。

 するとレナーラはまた頬を膨らませ、若干ムキになりながら反論した。


「冗談なんかじゃないわ。だってお父様が――」

「そこまでだ。レナーラ」


 しかし反論の言葉はクライムではなく、その場に近づいてきた第三者が声を被せた事で中断された。普通なら、一國の皇女の言葉を遮るなど不敬罪ものである。彼女の過激な性格を抜きにしてもそれなりの罰を受けるだろう。

 しかし他でもない彼は、おそらくこの國で唯一彼女の言葉を遮る事が出来た。


「お父様、また来たの?」

「また、はこちらのセリフだぞレナーラ。それに私が行かぬと、お前はここから離れようとしないじゃないか」


 レナーラの父、トリスタン帝國現皇帝、レザール・フォン・トリスタン十二世。國の全てを取り仕切る皇帝がなぜ監獄にいるのか、その理由は彼が先程言った言葉にある。

 

 そもそも、当人達は気軽に行っているこの会談だが、レザールはこれを実現させる為に様々な苦労をした。

 事の発端は約一ヶ月前、その日レザールはある重罪人――クライムに判決を言い渡す為に裁判所へ向かう時だった。普通の犯罪者ならいざ知らず、1つの村を滅ぼした男だ、それを皇帝直々に裁くというパフォーマンスを兼ねた物だった。そして向かう最中にレナーラが突然現れ、私も行くと言いついてきたのだ。今までこんなことは一度も無かった為、レザールはとても驚いた。理由を聞くと一言、興味がわいたと答えるだけで、娘の事がよく分からなかったレザールだが、普段城ばかりいる娘にはいい刺激になるだろうと、あまり深く考えずに一緒に連れて行った。

 

 それが行けなかったのだろう、レナーラはクライムに強く惹かれてしまった。

 彼にがあるのは認めよう。事実、彼の秘密を知った時にはレザールさえも強く惹かれた。いや、自分だけではない。他の王侯貴族がもし彼の秘密を知ったら、恐らく全ての國がクライムを欲しがるだろう。それ程までに彼は魅力的だ。

 少し話がそれたが、そんな彼に惹かれ興味を持ったレナーラは、レザールに彼と話してみたいと言い出した。そこからレザールの苦悩が始まった。レナーラは話してみたいと言ったが、口で言う程簡単ではない。

 

 

 

 普通の騎士では何十人いようと歯が立たないと判断したレザールは國銘騎士の立ち合いの下、牢屋で鉄格子越しのほんの数分間の会話だけならと話し合いを許可した。それで興味を失って欲しかったが、レナーラはその真逆で、どんどん彼に興味を示した。しまいには護衛も付けず、二人きりで話したいと言われ、さすがのレザールも眩暈を覚えた。


 確かに彼には魅力的な秘密があるが


 正確には、秘密があることは知っているがそれがどんな秘密かは知らないのだ。彼女に彼について聞かれ、その秘密をちょっとチラつかせた事はあるがそれだけで、レナーラは秘密については殆ど知らない。なのになぜ、なぜこうも彼に惹かれるのか。レザールはそれが分からなかったが、いくら一人娘の頼みでもそれは聞けなかった。

 なにせ、安全性が皆無なのだ。確かにクライムは牢屋の中で四肢と首が鎖で繋がれているが、何の意味も無い。

 彼はだけで、拘束力など皆無だった。その気になればいつでも脱獄できるような犯罪者と愛娘が二人きりで会談。何も起きないはずがないとレザールは断固拒否した。

 

 それから数日たったある日、帝宮からレナーラの姿が消えた。レザールは驚愕し、帝宮はてんやわんやの大騒ぎになった。

 レザールは配下達に娘の捜索を命じ、すぐさま当時の専属メイドと執事のガドラーに詰め寄った。最初は頑なに口を閉じていたが、拷問をチラつかせてようやく吐いた。

 なんと、一人でムグルーナ大監獄に向かったと言うのだ。ばらしたら生皮剥がすと脅されていたらしいが、そんな事はレザールは心底どうでもよかった。


 先程述べた様に、クライムに拘束の意味は無い。今頃はレナーラが殺され、脱獄している事だって有り得るのだ。そこまで考えた時、全てを失った様な巨大な喪失感がレザールを襲った。すぐに國銘騎士と数人の指折りの騎士数名を連れ、恥も見聞も知った事かとレザール自らが先頭に立ち、走ってムグルーナ大監獄へ向かった。息を大きく上げながらクライムのいる牢屋へ向かうと、驚くべき光景を目にした。一国の皇女と大罪人が、鉄格子越しに楽しげに話していたのだ。それは薄暗い監獄の中の景色だが、妙に絵になっていた。


 その様な騒ぎが幾度か起き、とうとうレザールが折れた。条件付きで、クライムに会いに行く事を許したのだ。

 その条件は『その日の稽古を全て受けて、午後5時の鐘が鳴ってから10分だけ』という物で、レナーラもこの条件を飲んだ。因みにレザールが折れた最大の要因はレナーラの嫌いになる発言だったりする。


 という訳で10分の会談は実現した訳だが、レナーラは少し悪知恵を働かせた。10分になるとメイドやガドラーが迎えに来るのだが、彼女は権力に物を言わして黙らせ、会談を数十分近く延長させていた。レナーラは皇女であり、そんな彼女に逆らうどころか意見する事すら憚られていた。


 かと言って大臣や宰相の様な人は忙しく、迎えに行くためだけにわざわざ監獄まで行くほどの余裕も無い。

 仮に行ったとしても彼女が言う事を聞くとは限らないため、彼女が唯一言う事を聞いているレザール本人が行くしかなかった。


「も〜分かったわよ。またねクライム」


 レナーラも簡単には折れず、会談そのものをなくす事をチラつかせる事で漸く帰って行った。

 レナーラを見送ったクライムは未だにこの場に留まっているレザールに話しかける。


「いやー、毎度の事ながら大変だねぇあんたも」

「…………」


 会話するのも嫌ですか。とクライムは肩を竦めた。

 しかし不満はない、彼からすれば自分は愛娘を奪った様な物だ、出来る事なら視界にすら入れたくないだろう。


 しかし今回は少し妙だった。いつもなら娘と一緒にここを去るのに娘が見えなくなっても微動だにしない。

 怪訝に思い眉を顰めていたが、唐突にレザールが口を開いた。


「私は……」

「?」


「私はお前を騎士として迎え入れようと思っている」


「…………はぁ!?」





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最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!

衝動的かつ突発的に始めてしまい、完全な見切り発車状態ですが、見守っていただけると幸いです。


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そしてもう一度、最後まで読んでくださり誠にありがとうございます!!!!

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