鸚鵡の騎士と亡國の皇女

伽藍堂

第1話

 自分は人ではないと、雨雲を見上げながらそう思った。

 こんな人間がいていいはずがない、だからどうか、自分は世にもおぞましい怪物であってくれと心から願った。

 だってそうだろう?と自問をしながら目の前の地獄へ視線を落とす。

 

 そこには、かつてポーン村と呼ばれていた村が壊滅した惨状があった。

 

 木製の家の数々が燃えている。畑が焼け焦げている。その辺りには多くの人間が苦悶の表情や悲痛の表情を浮かべながら、大量に血を流し死んでいる。


 ――


 ここで育った。ここで暮らしていた。村の住民と苦楽を共にし、一緒に泣き、喜びを共有してきた。

 断じて上辺だけの関係ではなかった。

 本音を語り合う友がいた、いつも一緒に遊んだ年下の子供たちガキどもがいた。捨て子だった自分を自慢の息子だと言ってくれた両親がいた。大切な人達だった。ずっと一緒に暮らしていくと、そう思っていた。


 ――だけど殺した。友達も、両親も、老若男女一切の区別なく、昨日生まれたばかりの赤ん坊でさえ。


 そうだ、殺した。それについては言い訳をする気もない。

 

 ――ああ、だが、だけど、それでも、だとしても。


 「…………それはねぇだろう?」


 絞りだされた、掠れた声でそう呟く。

 人を殺した。両親に手をかけた。数十人を鏖殺おうさつした。1つの村を滅ぼした。自分が今しがたおこなった行為を上げればきりがないが、それらを行った人間は、少なくともその行為を終えた後に

 それは喜びや達成感であったり、あるいは後悔や、悲しみだったりするのかもしれない。

 だが、


 「何も感じねぇ……」


 喜びも、悲しみもない。月夜を移すいだ水面の様に、感情の波が1つも無い。

 ただただ大きな虚無感が、虚しさだけが心にあった。

 

 (おかしいだろ。人を殺したんだぞ?故郷を滅ぼしたんだぞ?なんかあるだろ。)

 

 殺人鬼や狂人でも、人を殺せば喜んだりする。

 だが自分にはそれすらもない。

 ならコレはなんだ?狂人や外道ですらないコレは。


 ……ああ


 「むなしいなぁ……」


 ――――――――――――――――――――



      トリスタン帝國


        判決文


   精歴378年 秋期3月 第2の7


      罪人:


   罪状:ポーン村全住民67人鏖殺


        判決:死刑


 ――――――――――――――――――――


 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ある1つの判決から月日が経ち、場所はあるの部屋へ移る。その部屋は一目見れば誰もがこの部屋の主は立派な家柄の人なのだろうと思うほどに豪華な装飾品に彩られていた。

 置かれている家具には金や宝石の装飾がこれでもかとされており、窓に付けられている深紅のカーテンも1つで数十万は下らず、この部屋にあるものだけで一般人が数年は遊んで暮らせるだろう。

 そんな部屋の主は赤みがかったピンクの長髪が特徴的な一人の少女だった。

 その少女はメイドと執事を侍らせながら一人で優雅にティータイムを始めていた。


 「…………。」


 まずは、と貴賓さを感じる所作で紅茶を口へ運んだ。一口飲み終え、ふぅ…と小さくため息をしながら紅茶を机に置くと視線を動かし、その先にいるメイドに問いかけた。


 「紅茶これを淹れたの、あなた?」

 「え?あ、はい。そうです」

 「そう。……ちょっとこっちへ来なさい」


 何を言われるのかと恐怖していたメイドだが、簡単な質問の応答だけだった事に内心胸をおろした。

 しかしそれも束の間、部屋の主がきめ細かな人差し指をクイクイと内側に軽く曲げ、メイドを呼んだ。

 本当なら近づくどころかこの部屋から今すぐ出ていきたいメイドだが、自分が従者であり、目の前の少女が主人に当たる以上、断るのは論外だった。


 「か、かしこまりました。その、し、失礼いたします……」

 

 声は震えていないか、上擦っていないか、体が震えていないか、心にある恐怖は漏れ出ていないか、仕事の先輩達に叩き込まれた所作が崩れていないか、様々な事を思い描きながら主人に近づく。

 思い起こされるのは数日前、自分がこの主人の専属を引き継ぐ時に見た前任の専属メイドの姿だった。

 酷いものだった。無事な箇所を探すほうが難しいくらいに痛めつけられたその姿に、いずれは自分もこうなるのだと恐怖した。

 そうこう考えている内に主人の元へ着いた、だが主人はこちらを向くどころかピクリとも動かない。

 

 「あの、姫様……?」


 怪訝に思い、覗く様に顔を近づけた次の瞬間。

 姫様と呼ばれた主人はメイドの髪を掴み、机に思いっきり叩きつけた。重い物同士がぶつかったような鈍い音と、叩きつけられた衝撃で落ちたティーセットの乱雑な音が部屋に響いた。

 メイドを机に押し付けながら部屋の主は立ち上がる。そしてゆっくり顔を持ち上げた。

 鼻からは血が出て、目尻からは涙が、口からは嗚咽を小さく漏らしている。そんなメイドを持ち上げるのが疲れたのだろう。部屋の主は無造作に放り投げた。

 

「ひ、ひめざま゛……な゛、な゛にを」


 鼻血を抑えつつ、涙声で問い掛ける。すると姫様と呼ばれた少女は心の底から見下した、侮蔑混じりの声で言った。


 「あなた、でしょう。今日の私は砂糖三杯の気分だったのに…………なめてんの?」

 「なっ…………」


 メイドは絶句した。確かに砂糖は自分が入れたが、闇雲に入れた訳ではない。教えられていたのだ。彼女は、と。

 そして紅茶に砂糖を入れて混ぜるのが面倒くさいからと、従者に任せている事も聞いた。

 それを、いつもと気分が違ったから?……そんなものどうしようもないではないか。


 「そ、そんなことどうしようも……うぐっ」

 「は?なに、私に文句でもあるの?ああ、そう……いいわ。あんたももういらない。」


 反論しようとしたメイドに蹴りを入れ黙らせた。

 そして言葉を続けると少し離れた壁に装飾された模造剣を手に取る。その剣は刃は潰れており切れはしないが、突き刺せば肉を抉ることはできる物だった。

 そしてゆっくりとメイドに近づいて行った。


 「ひっ……!!い、いやぁ……いやぁ……!」

 「あっはははは!!何よその動き?芋虫みたいねぇあなた」


 「ま、実際に見たことないんだけど」と呟きながらわざとゆっくりとメイドに近づいていく。彼女の口は口角が上がり、目尻は垂れ下がっていて、頬は興奮しているのか赤くなっている。

 その顔を見たメイドの顔は恐怖で真っ青になり、部屋の隅で静かに佇んでいる初老の執事に助けを求めた。


 「ガ、ガドラーさん!!助け……助けて下さい!!!」

 「…………………………」


 執事のガドラーもまたゆっくりと視線を動かし、メイドと目を合わせた。メイドは彼なら助けてくれると信じていた。

 ガドラーは彼女が子供の頃から仕えている叔父のような存在であり、実際、渋々ながらも彼の言葉を聞き入れる所を何度か見てきた。

 彼の言葉なら姫様も聞き入れてくださるに違いないと、メイドは期待を込めた眼差しで彼を見ていた。


 しかし、ガドラーはその期待に応える事無く無言で視線を外した。


 「あら?助けを乞うのはやめたの?面白かったのに、犬の鳴き声みたいで!!」


 絶望し、助けを乞う気力すら無くしたメイドは、ただ涙目で振り下ろされる模造剣を見ていた。

 そして、模造剣も切っ先がメイドに触れようとしたその瞬間。


 ――ゴーーン、ゴーーン


 腹の底に響くような音が鳴り響いたと同時に模造剣の動きが止まった。

 体を貫かれるとばかり思っていたメイドは、そうならなかった事にただただ困惑した。恐る恐る彼女へと視線を向けるが、彼女はピクリとも動かず、ただ俯いていた。

 動きを止めたのは間違いなくさっきの音が聞こえたからだ。

 その音の正体は鐘の音。この国で一番大きな聖堂、イゾルデ大聖堂の大鐘の午後5時を知らせる鐘の音だろう。

 音の正体は分かった。しかし、分からない。その音が鳴っただけでは模造剣を止める理由にはならない。なぜ動きが止まったのだろうか。もしや、この鐘の音は彼女にとって何か特別な意味が?。

 そんなふうに思考を巡らせていると。


 ――バッ。と彼女が急にガドラーの方へ振り向いた。


 「ねぇガドラー!約束の時間がきたわよ。今日のお稽古はもう全て済ませたし、もう行っていいでしょう?」


 その様子を傍から見ていたメイドは驚愕した。言葉使いや動作ではなく、顔を見て驚いた。

 笑顔だった。見る物全てを魅了する、天性の美貌を持つ者の笑み。花の様な、お日様の様な、天使と見紛う、そんな表現が出来る様な笑みだったが、それを見たメイドは全く違う思いを抱いた。それはまるで。


 ――恋する乙女の様な顔だった。


 「ええ、そうですな。陛下との約束は全て守られました。会いに行かれても問題ないでしょう。」


 ガドラーは今までの無反応が嘘だったかのように、まるで好々爺のような表情と声で問いに答えた。

 すると彼女は模造剣を放り投げ、扉を勢いよく開けると一目散に何処かに走っていった。

 先程までの所業が嘘のよう、今の彼女にはメイドことなど頭の片隅にも無かった。

 開かれた扉を呆然と見つめていると、ガドラーが近づきハンカチでそっとメイドの鼻を拭った。


 「申し訳ありません。あと少しで鐘が鳴ることは分かっていたので、無理に止めて機嫌を損ねるのは悪手だと判断してしまいました」


 非常に申し訳なさそうな顔でメイドに謝罪する。しかしメイドはその謝罪を半ば聞き流し質問をした。


 「い、いえいえ……そ、それよりも!姫様はどちらに向かわれたのです?」

 「ああ、あなたは新任なのでまだ知りませんでしたね」


 そしてガドラーはその質問に答えた。


 「ムグルーナ大監獄」


 メイドは驚愕した。その名はこの國――トリスタン帝國でもっとも大きい監獄だったはずだ。最近ある凶悪犯がそこへ収容され少し話題になったのは記憶に新しい。そんなところにいったい何をしに行ったのだろうか。


 「姫様をここ毎日、ある死刑囚にお会いになっております」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 意識が曖昧で、軽い浮遊感がある。視界に映る世界が、自分が夢を見ている事を自覚する。目の前には放牧的な世界が広がっていた。

 優しく全て包み込む様な太陽の光に照らされ、1つの村が栄えていた。村の大人達は数人がかりで畑を耕し、村一番の力持ちは薪を割り、弓に腕が立つ者は狩りに出かけていた。それら全てはかつて、自分が暮らしていた村の日常そのものだった。

 ――懐かしい。眩しそうに目を細めて、過去に思いを馳せる。彼ら一人一人に思い入れがあり、情があった。もし彼らの輪の中に入れたら、どれだけ救われるだろう、どれだけ心が休まるだろう。


 そこまで考えた思考を笑い飛ばす。ふざけているな。たとえ夢の中のでも、いや、夢の中でこそ、俺が彼らを慰め物にする事など許されない。


 だって俺はあの村を、彼らを――――――。


 「クライム!!来たわよ!さぁ、昨日の続きを聞かせて!」


 突然響いた鼓膜を刺激する声に、苦笑しながら現実の目を開ける。まず目に入った情報は壁だった。装飾など何もない無骨な石でできた壁。床や天井も同じ様に石で出来ていた。視線を右に動かすと、石の壁以外の情報が2つ入った。1つ目は鉄だ。だがただの鉄じゃない。その鉄は格子状となっていて、壁一面に広がっていた。一面の鉄格子と石壁だけで出来ている部屋、要は牢屋だ。自分は罪人としてこの牢屋の中にいる。

 と、軽く自分の現状を再確認したところで、2つ目の情報に視線を向け、声をかける。


 

 「やぁ姫様。また来たのか?」

 「何度でも来るわよ?あなたの話はとっても面白いもの」


 ――ある監獄の1つの牢屋で鉄格子越しに行われる、世にも奇妙な会談。

 

 

 ――片や、世界で一番わがままな一國の皇女。

 

 ――片や、1つの村を滅ぼし、住民を皆殺しにした死刑囚。


 そう遠くない未来。人々は彼らを、鸚鵡の騎士と亡国の王女と呼んだ。





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最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!

衝動的かつ突発的に始めてしまい、完全な見切り発車状態ですが、見守っていただけると幸いです。


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レビューもして頂けたら発狂して喜びます。


そしてもう一度、最後まで読んでくださり誠にありがとうございます!!!!

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