第13話 黒くて平べったいヤツ

自分の家まで戻るころにはすっかり夜は明けて、眩しい朝日が街にふりそそいでいた。


僕は家のドアの前で立ち止まり、ほんの一瞬息を止めた。


いつからだろう。自分の家に入るのにためらいを感じるようになったのは。


いや、いつからかなんてよく分かっている。


1年前に父さんが死んで、血のつながらない義母さんと2人でこの家に残されてからだ。


もともとそんなに仲がいいわけじゃなかった。それなのに父さんという唯一の縁まで失って、僕達が家族の形を保てるわけがなかった。


義母さんが僕を見る冷たい目線を思い出して、胸がずしんと重くなる。


だけど僕はそれを何とか振り払って、ドアノブを回した。


「マコトくうううううん」


「ふぉわっ」


やわらかい2つの塊に顔が埋まる。


それが義母さんの豊満な胸だと気づいたのは一瞬遅れてからだった。


「ちょ、え、義母さん?」


僕が胸の隙間から何とか声を出すと、義母さんは今まで聞いたことがないような焦った声で答えた。


「ヤツ、ヤツよヤツ。ヤツが出たのよ」


義母さんが震える指先で廊下の方を指さした。


そこには黒くて平べったい、“あの虫”がいた。


「マコト君、早くなんとかしてちょうだいっ」


そう言うと義母さんは僕にすがりついた。寝起きのせいかタンクトップにショートパンツという出で立ちで、目のやり場に困る。


そもそも父さんが十歳も年下の人と結婚したせいで、義母さんはまだ三十歳だ。しかも年齢より若く見える方だから、これだけ近くにいられるとどうしていいか分からない。


僕は気を紛らわせるため、とりあえず口を動かした。


「えーと、何とか、何とか」

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