第三章 くものいバス.1

 電車が停車しドアが開いたので降りる。

 二人を置いて電車は走り出した。

 ホームにはNPCの姿はなく次の電車が来る気配もない。

 天井の電光掲示板も相変わらず何も表示されていない。

 カエサルが見上げていると、ライが先に歩き出す。

 慌てて追いかけて、階段を上がっていくと、白い靄が通路を塞いでいる。

 塞がれていない通路を進んでいくと、複数のバスが停車したバスターミナルに着いた。

 ターミナルの外は街が広がっているらしいが、そこに繋がる通路は白い靄に全て塞がれていた。

 停留所の椅子にライが座ったので、カエサルも隣に腰を下ろす。

 ライは一言も喋らず、手に持った銀色の物体を弄んでいる。

 カエサルは沈黙に耐えられなくなった。

「ライさん。さっきの戦い凄くカッコよかったです」

「……」

「その、アクション映画のヒーローみたいでした。もしかしてゲームに参加する前はヒーロー活動とかしてたんですか?」

 まるでカエサルの存在に気づかないように下を向いていたライが不意にカエサルの方を見た。

 その目には燻る怒りの炎が見え、カエサルは思わず身を引いた。

 眼前にライの右手が突きつけられる。

「これ何か分かる?」

「僕が渡した弾。これがどうかしたんですか」

 ライが突きつけたのは、先程リロードしたニッケルメッキの弾薬。

「これはね」

 ライは素早くピストルを取り出すと持っていた弾を込めてカエサルに突きつけた。

「えっちょっと」

 躊躇う事なく引き金が引かれた。

 カエサルは飛んでくる弾を想像して目を閉じたが、何も起こらず銃声も聞こえてこない。

 聞こえたのは撃鉄が叩く虚しい金属音だけ。

「あなたが渡したのは訓練用のダミー弾、つまり実践では使えない弾なの」

「使えない弾……でも僕、そういうの全く分からなくて……」

「言い訳はしないで」

 ライはダミー弾を抜いた。

「カエサルが間違えたから、貴重なアウレウスを一枚失ったのよ」

「あれはライさんの分じゃないんですか」

「ジュエルボックスと守護者は共有なの。どちらかがクリティカル判定を受けたら問答無用で消費するのよ」

「僕のせいだって言うんですか。僕は無理矢理参加させられたんだから、そんな事知る暇なんてありませんよ」

「でも実戦ではそんなこと言ってられない。正しい知識を得なければ、この世界から追い出されるのは私達よ」

 カエサルは言い返せなくなってしまった。

「7.63ミリ×25」

「えっ」

「私の銃の弾。教えるから出してみて」

 言われた通り、リュックから指定された弾薬が纏められたクリップを取り出す。

「これで合ってるわ。底を見て7.63の刻印されているのが正解。さっき出したダミー弾は403と刻印されているでしょう。この違いを覚えておいて」

 カエサルは頷くが、注意された事による不機嫌さは隠そうともしない。

「……はい」

 それ以降会話は途切れる。ライは口を開きかけたが途中でやめ、取り出された弾薬をピストルに込める。

 それきり二人の間で音が無くなる。

 ターミナルの椅子に座っで待っていると、男の声で沈黙が破られた。

「オレ様はまだ死んじゃいねえぞ」

 カエサルは顔を上げ、ライはピストルを手に取って立ち上がる。

 辺りを見回しても人影はない。しかし二人とも心当たりがある野太い声だった。

「今の声、さっき戦ったーー」

「ゾウガメと名乗ったプレイヤーね。まさか生き延びているなんて……」

「急所に攻撃が当たらなかったとか?」

「分からない。でも電車から降りれたと言うことは私達の勝ちのはず……」

「どこにいるか分かんねえみたいだな。テメエらがキョロキョロしている姿は滑稽だぜ」

 ライは声がした方にピストルを向けるが、姿形は捉えられない。

「周囲を見に行きましょう……カエサル?」

 カエサルは動く気配を見せない。

「僕は、足手まといになるので行きたくないです」

「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう」

 カエサルはイヤイヤと駄々をこねるように首を振る。

「嫌です。ここにいます」

 ライは説得しようとしたが、どこかに身を潜めているであろうゾウガメの居所を確認する事を優先した。

「分かった。ここにいて動いては駄目よ。もし奴を見かけたらすぐに私を呼んで。そんな遠くには行かないからいいわね」

 ライは返事を待たず、油断なくゾウガメの捜索をする為にその場を離れた。

 カエサルは頭を抱える。

 望んでもいないデスゲームに巻き込まれ、仲間のライには叱責され、何もかも嫌になりかかっていた。

 しかし、ライの言う事に一理ある事も充分に理解していた。

「戻ってきたら、謝ったほうがいいんだろうなぁ」

 自分を護ってくれるライとギスギスした関係になるよりは謝って仲直りをした方がいいのは分かっていた。だがごめんなさいと面と向かって言えるかと言うと、自信がない。

 今の状態で顔を見たら何も言えず怒られた怒りが沸き上がってくるかもしれない。

 そんな悶々とした気分でいると、近くで空気が抜けるような音が聞こえた。

 顔を上げると一台のノンステップバスが停まっている。

 乗降口が開き中から出てきたのは……。

「ライさん?」




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