惣闇に舞う孔雀(3)
エレロイダにある安全な隠れ場所とは、ラストダンジョンのことだった。
移動魔法陣を何度も使い、地下迷宮も迷うことなくキリ=オに導かれてたどり着いた先──そこは、異次元要塞エレロイダの中心地・総司令部だ。
と言っても、調度品はなにも見当たらない、だだっ広いだけの空間なんだけどね。
「この奥の部屋に、ささやかながらベッドが一台あります。どうかそこで休んでください」
「あっ、うん……え? キリ=オはどうするの?」
「ボクはエレロイダを本格的に稼働させる準備をしてから、休ませてもらいます」
「ふーん……あんまり無理しないで頑張ってね」
「ありがとうございます」
キリ=オにつられて、あたしも笑みを返す。
マピガノスと違って彼はよく笑顔を見せてくれる。同じ竜人族でも全然印象が違う。彼のように竜人族全員が友好的であれば、きっと滅亡なんてしなかったと思うんだけど……歴史を変えることなんて、神様でも出来ない無理なことなのかな……。
*
あたしが仮眠したあとも、キリ=オはずっと休まずに魔力を使っていろいろと操作を続けていたようで、なにもなかった空間に、エレロイダ全体やラストダンジョン内各所の映像が細かく割られて壁面いっぱいに映し出されていた。
その中には、ここ総司令部の画像もあって、なぜかあたしの胸の谷間がクローズアップされていた。
「ええっ?! ちょっと、キリ=オ!?」
「ハッハッハ! すみません、
「もう!」
少しだけ頭にきたあたしは、彼の引き締まったお尻をパチンと平手で軽く
「おっと、クリティカルヒットです!
「んなわけないでしょ、もう。そういえばさ、どうしてあなたたちって全裸なのよ? 鎧とか着れば守備力がもっと上がるのに」
「ああ……それはですね、普段はなにかと便利な人の姿をしていますが、本来はドラゴンの姿をしているので、変身を解いたときに衣類は邪魔にしかならないんですよ」
「あっ……そっか、ビリビリって皮膚が破けるもんね」
あたしは、変身したマピガノスの姿を思い出していた。
「おや? よくご存知で……むっ?」
「どしたの?……あ!」
禁忌の扉が映されている画面に、大勢の竜人族が進軍してくる様子が見える。でも、マピガノスはいないようだ。
「ええっ!? ガッツリこっちに来てるじゃん!」
「ボクだけの魔力で禁忌の扉を閉じることは出来ません。こうなったら、戦うしか……」
「ちょっと!? ひとりでどこ行くのよ!?」
「この要塞には、開発されたばかりの新しい宝具がいくつかあります。それを使ってボクが時間稼ぎをしているあいだに、デレリアは逃げてください」
「そんな……絶対に死んじゃうって! 戦うなら、一緒に行きましょうよ!」
「それはなりません。また捕まってしまえば、今度こそあなたは……」
「フフッ、あたしの魔力は全回復してるから、少なくともキリ=オよりは強いわよ」
「
「げっ!? そうなの!?」
なんかよくわからないけれど、そういうことらしい。
つまりあたしは、今も昔も、やっぱり要らない存在みたい。
「……そんな悲しそうな顔をしないで。あなたが悲しむと、なぜかボクまでとても心苦しくなります」
「うん……ごめんね。ちょっといろいろとあって、ね」
「…………」
なにやら考え込むキリ=オ。
深いため息のあと、
「わかりました。あなたも宝具を使って一緒に戦いましょう」
そう言ってくれた。
*
「えっ、宝具って……これのことなの?」
それは、いつか見た、なんか先っぽのほうが
「ええ、そうです。これは一見すると普通の槍ですが、とてつもない破壊力を秘めた武器でもあります。一瞬にして生命体を溶かしてしまうんですよ」
「へぇー、そんなスゴい槍だったんだ。置いてきて損しちゃったな」
「? とにかく、デレリアは扱いやすいこれを。ボクはこちらの
「それもなにか特殊な効果があんの?」
「いえ……ただ
「どんな物も? それはそれでスゴいわね」
ふたつの宝具を装備したあたしたちは、ラストダンジョンに続々と侵入してくる竜人族の兵士たちを協力して倒し続けた。
それでも、一向にその数が減らない。むしろ、増えている気がした。
「おかしい……どうやら援軍要請をしたみたいだ。それにマピガノスの姿が見えないのも不気味でならない」
マピガノスは絶対にいるはず。
だって、ラストダンジョンの地下迷宮に閉じ込められていたのだから。
「ねえ、もしかしてさ、マピガノスは総司令部を抑えるつもりじゃない?」
「……なるほど。あそこへの移動魔法陣は、ひとつだけじゃない。しかし、このまま向かうのも退路が断たれて危険です。それにこの状況で戦力が二分されるのも厳しい」
「どうすんのよ、それじゃ!? 迷ってるあいだにもアイツ──」
「デレリア、危ない!」
戦闘では一瞬の油断が命取りになる。
ましてや、百戦錬磨の竜人族を相手にするなら尚更だ。
脇腹が熱い。
生暖かい感覚が広がっていく。
この感覚は、矢で射ぬかれたときと同じで大嫌いだ。
「くぅ……あ……」
膝から崩れるあたしを、キリ=オが受け止めて支えてくれた。
「デレリア…………ウォオオオオオオオオオオオッ!!」
緑青の肌を突き破り、岩石のような皮膚が現れる。怒りの
*
それから先のことはよく覚えてはいないけれど、傷だらけの変身したキリ=オに横抱きにされたまま、総司令部までたどり着き、ベットにあたしは寝かされた。
「キリ=オ……敵は……どうなったの?」
「そんなことはどうだっていい。今はゆっくりと休むんだ」
「だけどあなたも……酷い傷……」
ゴツゴツとした身体からあふれ出る群青色の血液にそっと触れる。
冷たくて硬い皮膚。それでも、流れる血はたしかに温かかった。
「ボクは……大丈夫だから。デレリア、ボクはようやくわかったんだ。今になって……遅いけど、わかったんだよ」
キリ=オがなにかの言葉をあたしに優しく語りかけてくれている。けれども今のあたしには、どんな言葉も──部屋の外の爆発音ですらも聞き取り難くなっていた。
「お願い……キリ=オ……お願いが……あるの……あたしを……あたしの身体を食べて……」
「?! デレリア、なにを言うんだ!」
「あたしはもうすぐ死ぬわ……だけど、あたしが死んでも、マピガノスたちは別の女神を捕らえるはずよ。だから止めなくちゃ……お願い、キリ=オ……あなたなら……あなたになら……」
「デレリアッ!!」
そこで、あたしの意識は途切れてしまった。
あたし、このまま死んじゃうのかな……?
キリ=オは……。
デレリアは……。
ふたりは、いったいどうなったの?
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