覚醒した悲運のヒロイン

 ──ゴチン!


「痛っ?!……えっ? なに? なんなの?」


 後頭部の衝撃と割れるような激痛で目覚めたあたしは、膨らみかけのたんこぶを片手で押さえつつ、何事が起きたのかを理解するために上半身を起こして周囲を見まわす。

 大理石の壁と床だけの、調度品がなにも無い殺風景な部屋。そこにあるのは、空の宝箱がいくつかと……血のついた矢がこんなに!? それにどうして、あたしはビキニの水着姿なのよ!? 


「ウソ……やだやだ、怖い怖い怖い……」


 ひょっとして、美少女黒魔導師マニアの変態野郎に誘拐された挙げ句、とても口では言えないようなスケベでエッチなことでもされたんじゃ──このとき、顔から血の気が一気に引いてくのが自分でもわかった。


「あ。ここって、エレロイダにあるラストダンジョンの中じゃん! よかったぁー、スケベじゃなくて!」


 安堵のため息とともに、段々と失われていたあたしの記憶が鮮明によみがえってくる。


 封印されし禁忌の扉を開くマルスの背中、信じていたはずの仲間たちとの別れ、ひとりぼっちのあたし、淫獣との出会い、逃げるあたし、淫獣と再会、逃げるあたし、そして、淫獣に触手攻撃されるあたし──。


「って、思い出のほとんどが淫獣やないかい!」


 違う違う! いや、半分以上正解なんだけど、たしかミメシスと一緒に大邪神ダ=ズールが待ち受ける終焉の起源インナー・ユニバースまで向かう途中、あたしは宝箱のトラップにやられて……。

 そっと胸もとに触れてみる。

 傷も痛みもなにも無い。誰よ、いま「胸もね♡」って言ったヤツは!?


「……治ってる? じゃあ、これって、あたしに突き刺さっていた……矢?」


 傍らに転がっている四本の矢を見つめていると、水晶の小さな空き瓶と盗まれたはずのポーチもその近くで見つけた。

 どうしてこれがここに?

 もしかして……。


「ねえミメシス、聞こえてる? あなたが助けてくれたの?」


 前意識に居るはずの相棒バディに話しかけたけど、いくら待っても返事はなかった。もしかして眠っているのかな?

 また淫らな寝言を聞かされる予感がするけど、生活音だと思ってそれは我慢することにして、ポーチの中をとりあえず探ってみる。

 やっぱり、マルスの大バカ野郎から選別で渡された万能薬エリクサーが無い。それとなぜか、盗られた魔法衣や下着、ショートブーツなどの装備品一式が入っていた。どっかの変態オヤジが触ったんじゃなくて、ミメシスがしまってくれたと信じたい。


「スーッ……大丈夫かな……」


 水着から元の装備に着替えるまえに、魔物や不審者がいないか、周囲を警戒する。

 どんな場所でも、うら若き乙女の生着替えを狙う〝のぞき魔〟は必ずいる。それは思い過ごしなんかじゃなくて、あたしの実体験から学んだことだ。

 あれは忘れもしない、妖精の国に侵攻してきた帝国軍の地上戦艦内での闘いのとき──。


「みゃ?」


 今まで気づかなかったけれど、すぐ後ろに槍なのか杖なのか、なんだかよくわからない物が落っこちていて、しかも一頭の光り輝く綺麗な喋が、羽を休めて止まっていた。

 うーん……もしかして、武器なのかな?

 なんだろうこれ? なんか、先っぽのほうは蜥蜴トカゲみたいな三本指がギュインて内側に曲がったような形をしていて、古代文字によく似た模様が柄の全体に細かく彫られている。

 不気味なオーラと存在感を放つ、槍なのか杖なのかよくわからない物。これって…………絶対に呪われてるアイテムでしょ!


「よし、なにも見なかった!〝触らぬ神に祟りなし〟ってね!」


 その呪われてるに違いない槍なのか杖なのかよくわからない物を無視することにしたあたしは、水着を脱いで生まれたままの姿になり、念のためパンツに悪戯された痕跡がないかを入念に調べてから穿いた。

 着替えをしている最中、光る喋が槍なのか杖なのかよくわからない物とあたしのあいだを行ったり来たりして飛びまわっていたけれど、それも無視をして着替え終えて部屋を出ると、光る喋はまるで先導するように、ヒラヒラとあたしの前を優雅に飛んでいった。

 部屋の外は結構明るくて、移動用魔法を唱えなくてもかなり遠くまで見渡せた。それは、床のタイルとは違うゴツゴツとした立体感のある石壁の片側に等間隔で設置された松明によるものだった。

 どっちに進もう──通路の左右、どちらへ向かうか見比べて思案していると、さっきの光る蝶があたしの目の前を横切って左のほうへ飛んでいった。

 もしかして、野生の本能であっちに出口を求めて行ったのかな? とりあえず、あとを追うことにする。

 光る蝶は相変わらずヒラヒラと、思わせ振りに飛びまわる。あたしがちゃんと迷わずについて来ているのか、気にしてくれているようにも見えなくはない。そんなはずはないってわかっていても、仲間に捨てられたショックを何気に引きずっているあたしには、なんだかちょっぴり嬉しく思えた。


「あっ、今度はそっちね」


 ある程度進むと、道が迷路のように別れていたりしたけれど、光る蝶が先へ先へと案内をしてくれた。

 でも、本当に信じてついて行っていいのかな……それに、だいぶ歩いてるけど魔物が一匹も出てきてないし。

 さっきの不気味な呪われてる疑惑のアイテムといい、もしかしてあの蝶も寝起きドッキリ的な巧妙に仕組まれた罠のひとつなんじゃ?

 そんな疑惑が芽生えはじめた頃、光る蝶がスルーしたほうの通路の片隅に宝箱が落ちていることに気づいた。


「……おっ、と!」


 これまで一時いっときも休むことなく順調に進めていた足を止める。

 見つめる先には、宝箱がひとつ。

 あたしの勘が──乙女の勘が〝ええモン入ってまっせ!〟って教えてくる。

 ラストダンジョンの宝箱だぜ? しかも、ここまで冒険を進めてきてからの宝箱だぜ? そりゃあ、ええモン入ってまっせ! って、頭の中でどっかのオッサンが話しかけてくる。

 視線を進行方向に戻す。少し離れたところでは、光る蝶が優雅にその場で舞っていた。つまり、待っていて・・・・・くれていると都合よく解釈したあたしは、「宝箱をひとつ開けるだけだし、チャチャッと済ませてくるからね!」と、光る蝶に心の中で謝りつつ、宝箱に向かってひとり駆け出した。

 と、まさにそのときだ。











 大爆発。











 びっくりするくらい、それこそ笑っちゃうくらいのタイミングで、宝箱まであと少しってくらいの距離まで近づいてから、まさかの大爆発が辺り一帯で巻き起こった。

 どうやらあたしの乙女の勘は、野生の本能よりも遥かに劣っているようだ。


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