激突! 闇の使徒 VS 闇の使徒(1)
「やれやれ……相変わらずの、愚か者め!」
盲目的に一直線で突っ込んでくる筋肉の怪物。
難なくそいつを横へ跳んでかわしながら、続いてすばやく魔力を使って大鎌を生成する。
脳ミソが少ないフェルムは単細胞レベルに相応しい攻撃パターンなので、よけるのは初見の子供でもたやすいだろう。
ズガァァァァァァァァァァン‼
だが、少しでも喰らえば岩石でさえも粉々に砕け散る。現に体当たりが直撃した壁には、巨象が通り抜けられるほどの大穴が
「フシュルルルル……この顔か?」
舞い上がる砂煙の中、さらにひとつ向こう側の石壁にめり込んだ肉体を力任せに引き剥がすフェルム。その様はまるで、石壁から生まれ出てきたように錯覚させた。
「この醜い顔が、おまえを拒ませているのか?」
左手で己の額に触れながら、ゆっくりと褐色の巨体が我に近づいてくる。
それ以前の容姿を知らないが、淫魔たちですら嫉妬に狂うほどの美貌の持ち主だったらしい。
「ふん、顔だけで伴侶を選ぶと思うな。ただ純粋に、貴様を生理的に気に入らないだけ──だッ!」
今度は、我が攻撃を仕掛ける
先ずは手始めに、魔力の大鎌で奴の足首を狙う。
もちろん、大振りな動作のため、よけられるのは想定内。その場合も考えての上での、計算された攻撃だった。
だが、フェルムはよけようとも防ごうともせず、足首に直撃した大鎌は刃から徐々に光の粒子となり、やがてすべてが霧散して
「なっ?!」
「……遅いぞ、ミメシス」
武器を呆気なく失った次の瞬間、驚く我の顔が眼前のフェルムの瞳に映る。刹那の躍動で──凄まじいスピードで──そこまでの距離に縮まっていたのだ。
「スロー過ぎる。実に、つまらん」
「うぐっ!」
がっちりと右手の喉輪で我の首を掴んだフェルムは、そのまま軽々と頭上高くまで
「……くっ、ガハッ……あ……」
「これが最後だ。ミメシスよ、オレの愛を受け入れろ。この世のすべてが闇に戻ってしまう前に、オレだけのモノになるんだ」
「こ……と……わ…………る!」
拒絶の意思を再度伝え終えたその直後、足もとのフェルムの影から黒い巨大なドラゴンの腕が伸びて現れ、鋭い爪が無防備な背中を切り裂いた。
「ぐぅがぁあああぁぁあああッッツ!!」
迷宮に響き渡る絶叫。
フェルムが崩れ落ちるのと同時に、我も床石へと倒れる。すぐさま反撃に出ようとするも、思わぬ攻撃が襲いかかった。
死角から伸びてきた青い触手が何本もうねりをあげ、剥き出しの腕や太股を的確に狙ってきたのだ。
それは、
我には覚えがある。
闇の使徒ベルティナのそれだ。
「うぐッ?! ああッ!」
「アーッハッハッハッハ! 無様、無様、無様! ミメシス、あんたにはお似合いの、とっても無様な姿ねぇ!!」
グジュ、ズルルルル……にゅるるるるる……ズルッ、ぷちゅん。
奇っ怪な物音がこちらへと近づき、腐肉と水のすえたにおいが混ざり合ったような、最悪の異臭が辺りに漂いはじめると、そのにおいの元凶である粘液を
半開きにされた肉厚の唇は人間サイズなら魅力的なのだろうが、いかんせんスケールが違い過ぎて、不気味としか言いようがない。長大な背中には、殻を背負っていない代わりに無数の細くて長い触手が手招きと同じ動作で揺れて蠢き、床だけでなく天井や壁面にまでキラキラ光る透明な粘液の痕を残していた。
実に醜悪──グロテスクという言葉の意味を知りたい者がいるのなら、ベルティナを見れば即座に解決できるだろう。
「おまえまでいたのか……
相手の出方を警戒しつつ、静かに立ち上がる。時を同じくして、傷口からにじみあふれ出た血の生暖かい感触が、プリシラに似せた白い素肌を伝い落ちていった。
「ふん! このあたしのフェロモンは、愛しいヴァインに嗅がせるためだけにあるの。肉体すら無いあんたなんかに感じて欲しくないわよ!」
顔と巨体を左右に揺らしながら、カチカチと歯を打ち鳴らすベルティナ。よりいっそう悪臭がばらまかれ、かりそめとはいえ肉体を持った我に頭痛と眩暈が波状攻撃で襲いかかる。
フェルムにベルティナ……それぞれの戦闘力は我よりも劣っているので、個々に戦えば勝てない相手ではない。が、同時に攻めてこられると厄介だ。それに、こんなところで時間を浪費すれば、ロアの命が確実に失われてしまう。
「ああ、そうだったな。……ベルティナ、我は先を急いでいる。フェルムにも言ったが、そこをどけ。不毛なおしゃべりなら、次の機会に遺言として訊いてやってもいいぞ」
「あーら……そうなの。わかったわよ、特別に通してあげてもいいわ」
だが、一対二の戦闘はさけられそうになかった。
目の前の
無論、難なくそれを華麗に飛び跳ねてかわした我ではあったが──。
「うふふふ、捕まえたっ♪」
「──クッ!?」
宙を舞った我の四肢を、ベルティナの青い触手がしっかりと捕らえた。
ベルティナの全身から分泌され続ける粘液には、数種類の毒素が含まれている。そのひとつ、神経毒がプリシラに似せた白き擬態から染み込み、精神までも犯してゆく。
不覚とはいえ、こんな下等な生命体に捕らわれてしまうとは……我ながら情けないが、結果としてこうなったからには、しかたがない。
「アッハッハッハ! ミメシス、いいざまねぇ! その
自由を奪われた肢体が、ベルティナに弄ばれる。両腕は後ろ手に縛られ、両足もM字の形に強引に開かれてしまった。魔法衣のミニスカートに守られていたはずの下着の
こんな下等な輩に辱しめを受けるとは……いや、油断が招いた落ち度だと自らを戒めて強引に納得をし、怒りを鎮める。冷静さを欠いてしまっては、それこそ相手の思う壺だ。
「フェルム、この
青い触手に捕らえられた
これからなにが行われるのか、性の知識に乏しい生娘でも生存本能で理解ができるだろう。
「フシュルルルル……」
同胞に差し出された
一歩、また一歩と、確実に距離が縮まっていく。
「いや、オレは子供など要らぬ。それに
「くっ!」
我の顎を掴んだフェルムは、瞼が失われた双貌を必要以上に近づける。
「ミメシスだけだ! ああ、ミメシス……ミメシス……オレはただ、おまえと
耳まで連なる牙が静かにひらかれ、塞き止められていた唾液が不気味な笑顔を合図に次々と流れ落ちる。
フェルムの言葉の意味は理解ができていた。ひとつになる。それは決して例えではなく、まさにそのとおりに──我とフェルムが同化するという意味だ。
我ら闇の使徒はダ=ズール様の
血肉となったその闇は、元をたどれば同じ闇。その気になれば互いの力を……肉体を取り込むことすらも可能なのだ。
「おまえは黙って……遠くで見ているだけのようだが、オレは違う。自分の欲求に、渇望に、目を背けずに素直に従う。なぜだ? どうしておまえは耐えられる? それだけの力があるのに、なぜ動かない? ミメシス、なぜなんだ? おまえにはその資格があるのに……いや、教えてくれなくていい。オレは……闘争のフェルムは、欲しいものは奪ってでも手にいれるッ!!」
長たらしい文句を終えて絶叫した口がより大きくひらかれ、超古代魔法の詠唱を始める。
「!? や、やめろぉ……!」
「アーッハッハッハッハ! さようなら、ミメシス! 母なる闇が訪れるよりも先に多幸感を味わえるなんてねぇ! 正直、ちょっぴりしゃくだけど、まあ特別に許してあげるわ!」
絶望的な危機。
逃れられない恐怖。
なにか奇策がないかと、必死に知恵を絞り出す。
だが、さすがの我でも、こんな短時間で妙案をひらめきはしない。
(すまない、ロア……このままだと我は……ヴァイン……せめてもう一度だけ……)
謝罪?
なぜ我は謝っている?
それに、ヴァインに対してのこの気持ちはいったいなんだ?
あの少女の脳内に、前意識に、いや、そもそもかかわってしまったばっかりに、我の感情はおかしな働きをみせているようだ。
本当にあの少女は、実に奇妙な言動ばかりして我を困らせてくれたものだ…………ムッ!? そうか!
「うくっ……ま、待てフェルム! ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ待ってくれ!」
「フシュルルルル……〝待て〟だと? まさか、冷厳のミメシスが命乞いとは……」
「あら? どうしたのよフェルム? さっさと喰っちゃいなさいよ!」
──よし。思惑どおり、フェルムが吸収魔法を唱えるのをやめた。
あとは……ロア、おまえならこの先どうする?
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