黒と白の魔導師
邪悪な純黒の群像が、円陣を一糸乱さずに忍び寄る。
「さあロア、一緒に死ぬまで戦おうよ」
「えっ……死ぬまで!?」
「うん、そうだよ。だって、それが戦うってことだから」
真顔に戻ったプリシラは姿勢を正すと、左手の甲を天高く掲げながら、桜色のつややかな唇で神聖魔法の秘術をつぶやく。
天上界の守護精霊の子孫でもあるプリシラが操る神聖魔法の数多くは、超古代の特殊な言語で唱えられる。それは、王都の魔法学院で〝百年にひとりの逸材〟と讃えられたあたしですら、残念ながらさっぱり理解ができない難しい分野だ。
『
頭上高く掲げられた薬指の根元から、白雪を思わせる彼女の肌よりも真っ白な光の筋がいくつも放射状に勢いよく伸びて解き放たれる。その白光を浴びた黒い人影モンスター──あたしは心の中で〝シャドウ〟と名付けた──は、直後に次々と浄化されて灰となり、儚く散って消えていった。
「すごい……」
いつもながら、プリシラの強大な魔力に言葉を失う。
彼女の左手の薬指には、
ただし、全身全霊を永遠の忠誠の
「──ねえロア、ロアったら! もう、聞こえてる? ロアの魔力はもう無いんでしょ? わたしが補助魔法をかけるから、キツいと思うけどそれで頑張ってみて!」
「みゃ? あ、うん……そうだね」
ほんのちょっとだけ考え事をしていたつもりが、気がつけばプリシラに怒られてしまった。不機嫌な顔のまま、プリシラは早口言葉で攻撃補助の精霊魔法をあたしの杖に向けて唱える。
『
みるみるうちに、雷鳴の杖が穏やかであたたかい光に包まれていく。聖なる力が付与された証拠だ。
これで非力なあたしでも、アンデッド系やゴースト系のモンスターに一応のダメージが与えられる。それでもやっぱり、魔法攻撃と違って接近して戦わなければならないから、あたし的にはテンションがまったく上がらないんだけどね……。
「ロア!」
「あーっ、もう! ちゃんと援護してよね、プリシラ!」
杖を構えたあたしは、続々と集まるシャドウの群れに、たったひとりで飛び込んだ。
「でりゃあああああ──うええっ!?」
掛け声を上げながら走りだした直後、盛大にすべってお尻から着地する。
すっかりと忘れていたけど、床も鏡張りだから、足もとはとくに
「痛たたた……何回ラストダンジョンで転ばなきゃいけないのよ、もう!…………ハッ!?」
ふとよみがえる、忌まわしき記憶の数々。
大股開きになった両足を慌てて内股に閉じ、スカートの裾もしっかりと掴む。
シャドウの見掛けは影そっくりだから、表情がまるでわからない。まさかとは思うけれど、こいつらも人間の女性に興味がないなんて断言ができなかった。
スッ転んだときに、パンツが絶対に見えたはずの位置にいるシャドウたちを
「なにやってるのよ、ロア!? すわって休んでないで早く戦って!」
尻餅を着いたままの姿勢で振り返ると、プリシラは魔法じゃなくて、装備している杖の物理攻撃で俊敏に立ち回っていた。だけど、ミニスカートの裾を押さえていないから、結構な頻度でパンツが見えてしまっている。そんな彼女の様子に、あたしは強い違和感を覚えた。
なぜならプリシラは、迷いの森でゴブリンの大群に襲れて以来──偶然通りかかったマルスが間一髪で助けに来てくれて、その事件をきっかけに、ふたりは一緒に冒険の旅をするようになったらしい──例え相手がどんな魔物であっても、性被害を誘発するであろう行為は極力さけていたからだ。
「プリシラ……」
とにかく今は、ふたりで頑張るしかない。
あたしも死に物狂いで立ち向かわなきゃ!
『冬の嵐は無限の叫び……楽園をめざす旅鳥たちの翼は寒さに震え、ふたたび開かれることなくやがて凍てつき、その旅路を闇夜の雪に呑まれて終える……』
残りの魔力すべてを、冷気と氷属性の魔法に込める。尻餅を着いた不利な姿勢だけど、逆にそれで油断しているのか、まわりのシャドウたちは歩みを止めたままだった。
『
猛烈な旋風と雪の
その勢いで浮かび上がり、さらには夜風のハーフマントの特殊効果も使って、より天高く舞う。もちろん、ミニスカートの裾をしっかりと押さえながら、ね。
色あせたショートブーツの下では、猛烈な吹雪がシャドウたちを白くアイシングして塗り潰していく。ほどなくして、黒い人影は次々に霧散していった。
吹き荒れる風があたしの前髪にまで雪を飛ばしてきたけれど、冷たさを感じる程度でダメージは受けないで済んだ。
さて、これからどうしよう。
魔力が無くなったからには、少なくとも、この戦闘を終えるまで己の肉体を駆使して戦うしかない。あたしの杖にかけられている聖属性の効果が続いているうちに、一匹でも多くのシャドウをぶっ倒さなきゃ!
「必殺……
いつの間に覚えていたのか、プリシラが打撃技の奥義を華麗に連続して繰り出す。近くにいたシャドウたちの頭が木端微塵に砕け散り、次いで胴体も倒れながら消え失せた。
だけど、シャドウの数は減ってはいない。
相変わらず鏡のなかから際限なく浮かび上がっては吸い寄せられるようにして、こちらに進軍してくるのである。
あたしはプリシラのそばへ降り立つと、その場で勢いよく靴底を鳴らしながら反転して背中合わせになり、なんの奥義でもない地味な攻撃で頭を狙って杖を振りまわす。手応えはまったくないけれど、一応、攻撃が当たったシャドウたちは頭を抱えて卒倒していった。
「これじゃ、きりがないって! プリシラ、やっぱり逃げようよ!」
「……だね! それじゃあ、あの角の先に別の移動魔法陣があるから、そこまで走って逃げよう!」
「え? あそこってたしか、崖になってて行き止まりだったような……」
「わたしが足止めするから、先に行っててロア!」
「そんな、プリシラを置いてなんて──」
「早く‼」
「う、うん!」
めっちゃ怖い顔をしたプリシラにうながされたあたしは、後ろ髪を引かれる思いで言われるがまま走りはじめる。
けれども、またもや盛大に転んでしまい、今度は後頭部を強打して気絶してしまった。
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