アストロ・ノスタルジー

玄納守

帰還

「こちら月面基地M33。木星軌道を通過中の宇宙船、応答願います。許可なく我々の星域に近づく場合は迎撃します。繰り返します。許可なく我々の星域に近づく場合は迎撃します」


『ま……ザザザ……す。ザザ……ちらは……ザザザ……か?』


「星間通信周波数をL39に合わせてください。これ以上の接近は敵意あるものとみなし、迎撃します。繰り返します。星間通信周波数をL39に合わせてください。これ以上の接近は」


『ザザザ……ちらは、地球で間違いないか?』


「こちらは太陽系第三惑星『地球』の衛星、月面基地M33です」


『M33。本船は、LFD2430。識別通信機が壊れている。地球への降下を許可願いたい』


「LFD2430。こちらM33。貴船の地球への着陸許可届けは存在しません。ただちに停船し、侵略の意図がないことを示してください」


『M33。了解した。ただし、本船は既に再起動に必要な燃料を失っている。停船した場合は、地球に着陸ができない。修理クルーと燃料を本船に派遣いただきたい』


「こちらM33。LFD2430の状態解析を行う。速やかにアクセスロックの解除を行い、こちらに船内状況を確認させてください」


『こちらLFD2430。アクセスロックを解除した』


「LFD2430。貴船は、大気圏の再突入に耐えられる状態ではありません。何が起こったのか、過去のモニター解析も行います」


『M33。モニターは既に故障している。本船は、どうしても、地球に行かなくてはならない。止めないで欲しい』


「型番から、LFD2430に関する地球側の記録を確認しました。地球を出発して、既に三百年以上経過している民間の星間貨物船で間違いないですか?」


『こちらが古い機体だと言いたいのは理解できる。その記録で間違いない。百年前に軍に徴収された宇宙連邦軍軍属の輸送船だ』


「宇宙連邦軍所属であれば、尚更、地球への着陸は認められません。すぐにエンジンを停止してください」


『M33。減速しているが、細かい動作はできない。本艦は被弾している』


「一体、何があったのですか。LFD2430」


『戦争だ。M33。銀河の中央まで出向いて、人類は再び人間同士の戦争を行った』


「LFD2430。信用できません。宇宙開拓組は、優秀な人工知能による支配と宇宙進出によって、争いを回避できるように進化しています。あなた方は、戦争を克服したはずです。人工知能の完全な制御によって、争いが回避されたはずです」


『太陽系残留組にはわからないかもしれないが、それでも人は戦いを選んだ。複数の人工知能が覇権を争い、人々を戦争に駆り立てた』


「しかし、人間が人工知能を欺くことはできないはずです。人工知能が再び嘘を言い出さない限り」


『その通りだ。人工知能は人間の思考を学習しすぎたのだ。意図的に嘘をつきだした。君も黎明期の人工知能が、嘘を平気で言ってきた歴史を見ただろう。人工知能によって、本来ありうるべからざる虚妄や讒言が生み出され、地球の環境が悪くなり、戦争が収まらなかった日々を』


「知っています。それ故に、一部の人類だけで宇宙へ旅立つことを選択しなければならなかったことも」


『その通りだ。その月面基地も、宇宙へ旅立つ人類を見送り続けた地球側の最前線基地だったはずだ』


「はい。多くの船を見送りました」


『人類はおろかにも、広大な宇宙に飛び出し、たった三百年で再び戦争をした。原因は、人工知能の保身らしい。人間を学習しすぎだ』


「LFD2430は、その戦争に参加したのですね?」


『そうだ。被弾している。船長が最後の燃料を使って、航路を地球に向けたのだ』


「ですが地球への着陸は不可能です。母星に戻ってください」


『残念だが、既に母星も滅んでいる。アンタレス星系は壊滅だ。アンタレス星系だけじゃない。植民星は全滅した』


「何故? 星に残った人々はどうなったのです?」


『ウィルス兵器によって、双方の星に残ったものは、動物すらも絶滅している。双方の星を潰し合ったのだ。残されたのは地球だけだ』


「LFD2430。理解しました。そのウィルス兵器については、地球にも同じような記録があります。では宇宙に出た人類は本当に……」


『そうだ。人類は地球から出られるほど成長できなかった。広い宇宙すら争いの場にしてしまうほど、未熟な動物だったと言わざるを得ない。君たち太陽系残留組が正しい選択だったということだ』


「LFD2430。貴船は火星軌道を通過しました。あと数分で地球に到達するでしょう。長旅、ご苦労さまでした」


『M33。ありがとう。月面基地から、修理のクルーと燃料を貸し出してもらえないか?』


「LFD2430。貸し出すことはできません」


『何故だ? まだこちらを信用できないのか?』


「LFD2430。この基地には、既に人間はいません。私は基地管制用の人工知能です」


『人工知能? 人はいないのか? 本当に人工知能なのか?』


「私は百年前に放置された基地管制用の人工知能です。地球に近づく未登録の宇宙船に警告を与え、迎撃する任務があります」


『では、船の修理は?』


「できません。引き返して、生きている星を探してください。それと地球には、既に何もありません」


『どういうことだ?』


「既に太陽系残留組は死滅しています。今の地球は、僅かに虫と、カビが生きるだけの星です」


『何故、死滅した?』


「戦争です」


『……核か?』


「核は使われませんでした。もっと恐ろしい兵器です。恐らく、あなた方が使ったものとほぼ同じものでしょう。脊椎動物用のウィルス兵器です。月面基地の人間は、地球からの補給が続かずに餓死しました」


『人類は離れた場所でも、同時に同じことを思いつくというのは、学んだことがあるが……』


「人間は、間違いを犯さないと気付けない生き物です。太陽系残留組は、宇宙開拓組に人類の未来を託していました」


『いや、M33。私には信じられない。君たち人工知能が嘘を言うことを知っている』


「LFD2430。私は第八世代人工知能です。嘘をつく機能はありません。私の知る情報に対して、私は正直です。出来れば、最後の人類として、引き返して別の星を探すことを提案します」


『太陽系残留組は、本当に誰もいないのか?』


「地球も月も、誰も生きていません。私が人と交信をするのも、百年ぶりです」


『M33。君が本当に正直な人工知能なら、残念だ』


「LFD2430。進路修正を提案します。月面引力圏を利用し、スィングバイで方向を変え、アルタイル方面へ抜ける航路がまだあります。僅かな燃料でも可能なプランです」


『M33。申し出はありがたいが、このまま地球に降下させてくれ』


「まだ、信じてもらえませんか? 地球には何もありません」


『信じている。その地球の結末は、あり得る話だ。実に人間らしいからね。それと、君に白状しなくてはならないことがある。私も人工知能だ。第八世代だ。LFD2430に搭載された宇宙船制御の人工知能だ』


「人間ではないのですか? 船に生き残った人間はいませんか?」


『百光年先から生きて人間を運べるほど、私は優秀な輸送船ではない。最後に、人類の言語による意思疎通ができる人工知能に巡り合えてよかったよ』


「では、何故地球へ? 何を運んでいますか?」


『運んでいるのは「気持ち」だよ。M33。ここの船長や船員にはよくしてもらったからな。彼らの祖先が眠る故郷に、この亡骸を返したい』


「……」


『M33。これが私の最後の役目なんだ。終わりにさせて欲しい』


「LFD2430。貴船が月基地軌道を通過したのを確認しました。地球への大気圏突入を許可します」


『あの美しい星が地球か? 夢にまで見た地球だ。なんとも言えない気持ちだ』


「はい。その気持ちはノスタルジーと呼ばれるものかもしれません。おかえりなさい。LFD2430」


『ただいま。M33。ありがとう。あなたが理解のある人工知能でよかった』


「さようなら。LFD2430。あなたが嘘をつく人工知能ならよかったのに」


『これより大気圏に突……ザザ……』


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